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憧れるもの19


 暁の風と共に、『何か』があったところとその周りを何度も調べたが、何も残っていなかった。

クリス辺りに頼んで魔導士の目で探して貰ったら何かあるかもしれないが、少なくとも私たちが分かる範囲では、何の痕跡も見つけられなかった。

また、耳が痛いほどの音量に感じたあの音も、暁には聞こえなかったらしい。

怯えて暴れたりしていないところを見ると、馬たちにも聞こえてはいなかったのだろう。

 投げた鉛筆も、いくら探しても見つからない。

可能性の一つとして考えつき、だからこそあんな手紙をつけたりもしたのだけど、いざ実際になくなってしまうと困惑する。鳥肌が立つような『何か』の気配はもうないはずなのに、気味が悪くて落ち着かない。

色々と上手く説明のつかないことだらけで、気が付くと眉間に深い皺が出来ている。


「……」


 家屋の中に入る気にもなれず、倉庫横に積んであった薪を拝借して、広場で火を熾した。

割っていない丸太の一つに腰を下ろし、背を丸める。

焚き火の上、熱せられた空気が揺らいでいるのを眺める。

先ほどの現象と似ているようで、明らかに違う、光景。

これは、温かく、頼りになる、安心していい光で、揺らぎ、だ。


「……暁、いる?」


 携帯食の一つ、干し肉を出せば、一切れ銀狼に差し出す。


「人間用は要らん」

「これ、味ついてないやつ」

「なら貰う」


 大きな鼻面が寄ってきて、私の手にあった干し肉の匂いを嗅ぎ、べろりと舐めるようにして受け取っていった。そのまままた体をうつ伏せ、干し肉を咀嚼する様子を眺める。


「……カエルだ」

「そう。縁起物じゃない、よかったね」

「牛の方が良い」

「それしか持ってない」


 文句を言う銀狼に、諦めて、と、もう一つ同じものを渡した後、自分も味を付けてある人間用の干し肉を齧る。

本当は湯でも沸かして温かいものを口にするべきなのだろう。

しかし、今はそんな気にもなれそうにない。何も食べないのも良くないかと口には運ぶが、食事らしい食事をとれるほど気持ちが回復していないのだ。

 もそもそと齧る干し肉は、故郷であるモーゲンの名物の一つ、イエローフロッグのもの。

村から少し奥に行ったところにある沼に、夏少し前になると大繁殖する大蛙。これの討伐依頼を受けた冒険者は大成する、なんてジンクスがある。その大蛙の肉を使ったのがこの干し肉。私が子どもの頃に冗談半分で売り出したところ、縁起物として村の名物になってしまったのだ。

先ほど銀狼にあげたものと違い、しっかりと味付けしてある人間用の干し肉は、香辛料で少し刺激がある。小さく割いたそれを口に入れ、唾液でふやかすようにして、もそもそと噛み、飲み込む。


「ねぇ、暁」


 なんだ? と問うように大きな耳がこちらを向いた。

隣で小山になっている銀狼に寄りかかるようにして目を閉じる。


「暁は、あのこと、まだ、覚えている?」

「あのこととは?」


 あげた干し肉をまだ大事に齧っているらしい。時々くちゃくちゃと咀嚼音が混ざる。


「暁の兄弟や、……が、いなくなった時のこと」

「あぁ、夜闇のことか」

「うん」


 銀狼に問いながら、思い出す。

瞼の裏に、何度も再生してきた光景を、今一度思い起こす。


「さっきのは、あれと同じだったよね」

「あぁ」


 返ってきた肯定の言葉に、こちらも毛皮に埋もれたまま頷く。




 今から、三十年ほど前。

モーゲンで、行方不明になった者たちがいる。

村の住人が一人。そして、その者と特に仲が良かった守護の銀狼が一頭。


 いないと分かったのは、今日みたいなまだ浅い春の、冷えた夜のこと。

帰宅するはずの者が帰ってこなかった。

いなくなった者はまだ未成年で、言わずにどこか行ってしまうような性格でもない。

なのに、いつまでも帰ってこないことに心配した家族が、村人たちのたまり場でもある食堂に探しに来て、行方不明が発覚した。

 当時村長だったジョイスが中心となって、村全体どころか、その周辺も含めての捜索を行った。誤って川に落ちたのではないかとか、森で迷ったのではないか。何日もかけて、考えられる可能性をしらみつぶしに確認していったが、事故に遭った痕跡も全くなかった。

手掛かりは何一つ、残っておらず、ただ、忽然と居なくなってしまった一人と一頭。


 その時の私はまだ、十代の子どもで、聖騎士候補生だった。

居なくなった少年とは同じ年。この先も一緒にいるのだと信じて疑わない、そんな仲だった。


 もしものことがあった時に、惨い光景を私に見せないための考慮だったのだろう。

私はまだ子どもだという表向きの理由で、村の外の捜索からは外されていた。

当時の私はそれがとても悔しくて、泣きながら村の中を探し回った。

村中の扉という扉を開け、倉庫の中、屋根裏、家畜小屋や農作業小屋、あらゆるところを調べて……。

それでも、見つからない。


 やがて、その日も夕暮れを過ぎてしまった頃。

村の横にある湖近くで、私は『それ』を見つけたのだ。





もし良ければ、短編集のep.22もどうぞ

https://ncode.syosetu.com/n9890ju/22

カエルが名物になってしまった時の話を書いています。


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