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憧れるもの1


 王都の広場で吟遊詩人が歌っている。

手に持つのは小さな竪琴。かき鳴らしながら歌うのは、今ではすっかり聞き慣れた武勲詩だ。

おそらく小さな子どもでも知っている、新しい神話にも似た、聖女と聖騎士の物語。


「我が歌うは 真実の歌

 神と謡われし大樹より 民を守りし英雄たちの歌……」


 置かれたベンチに腰を下ろしていた、私は欠伸をかみ殺した。

長閑な昼下がり。ここに座る前は長旅から帰ったばかりだというのに延々会議詰め。いい加減疲れている。欠伸の一つぐらいしたって罰は当たらないだろう。

欠伸のせいで目尻にたまった涙を指先で払落し、ついでに長い髪をかきあげる。正直邪魔だとも思ってはいるのだけど、切ろうとするたびに昔、綺麗だと褒めてもらったのを思い出してしまって、なんとなく短く出来ないのだ。後はまぁ。普段から女捨ててるとか好き勝手言われる有様なので、髪ぐらいはいい女のふりをしたい、なんてしょうもない理由である。


「一人は優しき乙女

 隠されし聖女 静かなる守り手 慈しむ者 光に包まれし者」


 私は広場の真ん中、噴水の近くで歌う吟遊詩人をぼーっと眺める。

なかなか良い声だ。男の声としての好みはもっと低く太いものだけど、歌として聞くにはとても綺麗で心地よい。竪琴の腕前も悪くない。今回は当たりだな、と、ちょっと満足する。後でコインでも渡してこよう。

 武勲詩とは、英雄や偉人と呼ばれる人たちの武勇を人々に伝えるために作られた詩だ。魔物が多かった時分には人々の心の支えにと多くの人物の武勲詩が作られ謳われていた。

剣士が大きな魔物を倒し人々を救った話や、新しい魔法を作った魔導士の話、人々をその神聖魔法で守った司祭の話、中には色男が何人の女性に言い寄られた話なんてしょうもないものもあったりしたが、基本的にはどれも格好よく、人々を勇気づけたり、謳われる者への感謝を込めた詩として、吟遊詩人たちによって歌い継がれている。

私も武芸に身を置く者としていつかは、と思っているが、今のところ私についての武勲詩は聞いたことがない。中には自分から吟遊詩人に売り込み詩を作って貰う者もいるらしいが、流石にそこまでするのはどうなのだろう。


「一の聖騎士殿」


 横から声を掛けれられて、私はわざとのっそりした仕草で声の方を振り返った。

いたのは神経質そうに見える文官だ。まだ若い。


「会議から抜け出されては困ります。戻って頂けないでしょうか」


 口調は丁寧だけど、早く戻れ、迷惑だろ、と目が言っている。

いいのかなぁ、私がそういう態度とられたって彼の上司に報告したら大目玉を食らうだろうに。

とは言え、会議を抜け出したのは私だし、彼もまさか抜け出したやつがこんな広場のど真ん中で吟遊詩人を眺めてるなんて思いもしなかったのだろう。こめかみに汗が浮いてるところを見ると、かなり探し歩き回ってからここに来たのかもしれない。


「……ん~、だってあの会議、全然先に進まないんだもの」

「それはですねぇ……っ!」

「あと、予算案とかは、私、ぶっちゃけ関係ないじゃないの。戦えとかなら、いざ知らず」


 そう、数字いっぱいの予算案とか出されても私は困るんだよね。そういうのが得意なのは姉さんだし。正直そういう細かいのは私抜きでやってほしい。陰で脳筋と呼ばれててもいい。小難しいこと聞きながら延々座ってるよりも、きつめでもいいから体を動かす任務をくれた方が私としては嬉しい。

 文官青年の言葉を遮って主張すれば、ものすごく渋い顔をされた。いや、私だっていやだよ。


「とりあえず、私、実家帰るから。後適当になんとかしといて。困ったら二の聖騎士に言えばなんとかしてくれるはずよ」

「え。……ちょ、ちょっと待ってください!」

「待たなーい。みんなによろしく。零の聖騎士のとこにいるから、文句あるなら来いって言っといて」

「……っ!!」


 私は、よっと勢いをつけてベンチから立ち上がる。お尻に敷いてた宵闇色のマントがその動きに合わせてばさりと揺れた。薄鈍色の上着に黒いズボンとブーツ、鉄紺色のシャツに白いスカーフ。私の体に沿って作られているがベースは男仕立てだ。

聖騎士の騎士服。この姿を許されているのは、現在、私と師匠、それにほぼ同期の二の聖騎士と、後輩が二人。

ちなみに女性でこの服を着るのは歴史上私が初めてだという。ちょっと嬉しいよね。


「我が歌うは 真実の歌

 神と謡われし大樹より 民を守りし英雄たちの歌

 朝を取り戻した英雄を称えよ!

 光を取り戻した英雄を称えよ!」


 吟遊詩人の歌もちょうど終わったようだ。


「いい声ね。よかった!」


 近くを通って、置かれた袋にコインを投げれば、優雅な仕草でお辞儀された。

文官青年が我に返って、私を追いかけながら文句を言っているが、右から左に聞き流す。会議に戻る気はないしさ。

私は、そのままわざとゆったりと歩く。

すれ違う人が何人か振り返った。男勝りな服装と身長、それに仕草。なのに上についてるのは女性の顔だ。腰近くまで伸ばした栗毛が男物のマントの上でふわり揺れるミスマッチ。なかなかいい女に見えそうでしょ。それなりにめりはりのあるプロポーションも維持してるしね。


「……待ってくださいって!」

「待たなーい。あはは。ごめんねー」


 追いかけてくる青年をあしらって、私は騎士団の厩舎に向かう。

そうだよ、初めからこうしたら良かったんだ。ちょっと後輩を揶揄おうと王都に寄るなんてしたから、眠くなるような会議に巻き込まれたんだ。


「エマ姉、今日は何を作ってくれるかなぁ。」


 知らせずに帰るから好物を用意してもらうって訳にはいかないだろうけど、姉さんが作るものは基本どれも美味しい。養い親の味をそのまま引き継いだ料理は、優しくてほっとする味だ。

数日滞在して、その間に私の好物もたくさん作って貰おう。やっぱりチーズたっぷりのグラタンは欠かせないな、後はトマトの肉詰めとか、根菜をしっかり煮込んだスープとか……。

思い浮かべるだけで口の中にあふれた唾液を呑み込んで、私はいそいそと愛しの故郷への帰路につくのだった。




ep.3は本日22:10にアップします!

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