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憧れるもの16


 再び、銀狼と合流して広場に戻る。

馬小屋の扉は大きく開けたままにし、中には魔法の明かりを一つ残してきた。

辺りを見渡し、改めて気配を探る。集中して探査の魔法の範囲を広げる。ゆっくりと首を巡らせ、広場の真ん中から一周見渡しが、先ほどの馬たち以外、集落内にある生き物の気配は、どれも小さい。人の気配はない。

 そこまで確認した私は、探査の魔法を解いて、一度目を瞑った。かかった負担をほぐすように、片手で前髪をかき上げ、そのまま頭を軽く揉む。やっぱり髪を短くしたいかもしれない。長くしているとそれなりに重さがあり、頭や肩が凝るのだ。いや、今はそんなことはどうでもいい。……一瞬、現実逃避的に浮かんだ考えを、頭を振るうことで追い払う。


「暁、何か気になるものはある?」


 問いながら、横で私と同じように気配を探っていたらしい銀狼に触れる。すると、あぁ、と、掠れた返事が返ってきた。

 モーゲンにいる銀狼たちは、普通の狼とは違う。彼らは守護者の系譜だ。養父母たちが神樹と対峙することになった際、村に訪れた守護者、蒼き風は、人の世に伝わっていなかった古の出来事を教えてくれたのだという。暁の風は、その蒼き風の子の中でも、特に守護者としての力を強く受け継いだうちの一頭だ。彼らの声を聞くには触れなければならないという制約はあるが、こうやって会話できるのはとてもありがたい。人とは違うものを感じることができる存在からの意見は、貴重だ。


「変な匂いがするし、何か背中がぞわりと来るが、何もいない……ように感じる」

「そう。匂いはもしかしたら鍛冶場のかもね。鋼を鍛える匂いは他の街などにはあまりないものだから。……背中がぞわり、か」


 ふむ、と、私は相槌を打つ。


「あぁ。毛が逆立つ感じだな。あまりここに居たくない」

「ん、分かった。……とは言え、色々調べなきゃだからすぐに立ち去るわけにはいかないわね。悪いけど付き合って」

「……承知した」


 ものすごく嫌そうだが、了承してくれた。

「ありがと」と短い言葉と一緒に、ぞわりとすると言っていた背中の毛並みを一撫でしてやる。その礼なのか、それとも甘えたのか、暁の風は私に一度顔を摺り寄せてから、もう一度前を向いた。

ここに居るのは嫌なのだろうが、それでも落ち着いた様子で文句も言わずに付き合ってくれる辺り、私よりずっと大人だと思う。私が彼の立場だったら、文句を言うか、交換条件に何かを要求している。


「リチェ、どこを見る?」

「……そうね、まずは外を一周するわ。家の中に人は残っていなさそうだし。家に入るには扉を壊すなりなんなりしなきゃだから。あと、そのぞわぞわが何なのか気になる」


 分かったという風に、ゆらりと暁の風の太い尾が揺れた。


「どっちからその感じがする?」

「……奥、だな」

「了解」


 少し考えた結果、私は、魔法の明かりを点々と残しながら、集落を囲む柵に沿ってぐるりと歩いていくことにする。

 夜も深まり、さらに冷え込み始めている。ぽつぽつと残していく明かりの下、息が白い。土が露出した地面のおかげで足音はほとんどしないが故に、返って辺りの静寂が耳に痛い。横を歩く暁の風の呼吸音と一緒に自分の鼓動まで聞こえそうなぐらいの静けさだ。

自分が歩いたところに残る明かりだけが、ほんの少しだけ私を慰めてくれる。やはり、暗闇は良くない。人には光が必要なのだろう。


「……リチェ」

「えぇ」


 しばらく歩いたところで、銀狼が立ち止まった。私はその体に触れる。

 ……こういう時、彼の体の大きさは頼もしい。その大きな頭は私と同じ高さにある。頼めば乗せて貰うこともできる大きさは、しっかりした質量がある。話せることもあり、猟犬というより対等な相方めいた存在感だ。

 その、暁の風がじっと見つめる先、私も、目を細める。

暗闇の中、きらきらと、何かが魔法の明かりに反射して光っていた。


「……ぞわぞわは、あれね?」

「あぁ」


 返事をした暁の風に、ほんの少し体を寄せる。彼の言葉ではないが、私自身も背筋がぞくぞくするものを感じていた。ともすれば震え出しそうな体に、左手が己の右の肩を掴む。無意識にぎりりと奥歯を噛みしめる。逃げ出したい気持ちを抑えて、睨むようにして、その『何か』を見据える。

 今、ここに居るために、かなり無茶をした自覚はあった。それでも、無理矢理単身でも駆けつけて良かった。私は、ようやく見つけた手掛かりに苦い顔になる。



 私は、あれを知っている。

一番初めに見たのは、もう三十年以上前のことだった。




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