憧れるもの15
門番に心配そうな顔で見送られながらサイルーンを後にし、夜の道を走る。
領主館で貰って来た地図は、街を出る前にしっかり覚え込んできた。
もうすっかり暗くなっており、空には星が瞬いている。
前に出してやった魔法の明かりを頼りに、白馬が慎重に進んでいく。その少し前を銀狼が先導するように行く。
まだ、やっと雪が溶け切ったばかりの浅い春。こんな時間ともなれば吐く息は白い。
「寒いね……というか、付き合わせて、ごめん。ブライアも、暁も」
どこまで気持ちが伝わっているのか、ぶるん、と白馬が鳴いた。
暗い道の前方で、明かりに白く照らされる銀狼の毛皮が、心細さを少し和らげてくれる。
割と度胸はある方だけども、これから行くのは人々がいなくなった直後の村だ。しかも夜に、一人きり。
普通に考えたらしっかり準備をして明るい時間帯に、複数人で訪れるべきだろう。
そんなことは百も承知だけれども、それでも急いだのには理由がある。
先を行く銀狼が立ち止まった。その先を見れば木製の門がある。集落の入り口だ。
開け閉めする者がいなくなってしまったため、開きっぱなしになった門。その前で馬から降りる。
ありがとう、と軽く白馬の首筋を叩いてやれば、寄り添うように顔を寄せてくれた。強く、勇敢で優しい子だ。きっと私の不安を感じ取ったのだろう。
「いこうか」
ここに残すわけにはいかないので、ブライアも暁の風も連れて、集落に入る。
歩きながら口の中で呪文を唱え、探査の術を発動させた。
事前に得た情報では建物は六棟。家として使われているものはうち三棟で、残りは鍛冶場と倉庫、馬小屋だとのことだ。サイルーン近くの鉱山で採れた鉱物を使い、鍛冶で生計を立てる小さな集落。住んでいたのは代々鍛冶師である二世帯と、その家族、そして職人の弟子たちだという。
戦乱期にもなんとか生き残って続いたその血筋は、どちらも十代ほど遡れるとのことだから立派なものだ。
魔法の光の明るさを少しばかり強めて高さを上げた。私はその明かりの下、ゆっくりと集落の真ん中へと歩いていく。
こういう時、私は、出来るだけ辺りを照らす。
それでまだ見ぬ敵を刺激することになるのだとしても、それでも私は明るさを選ぶ。
暗闇は、必要以上に緊張と恐怖を与える。
かつて、神樹が具現化した時、故郷は神樹の影に入ってしまい真っ暗闇になってしまった。その中で、幼かった私は村の人々に明るさの重要性を説いたのだそうな。
残念ながら、私自身は何を言ったのかを全く覚えていない。当時大人だった人たちによると、暗い中、神樹と戦う人たちのために、村の星送りの祭りと同じように明かりの魔法を飛ばして欲しいと、必死に訴えたのだそうな。
どんなことを話したのかは覚えていないけれど、その時の光景なら今でも覚えている。
湖へ飛んでいく村人たちの作りだした無数の明かり。蛍のように頼りなく小さいのに、真っ暗だった世界を照らし、そこが真の闇ではないことを示してくれた。その場にいるすべての者に勇気を与え、そうして、温かな光が満ちた。きらきらと舞う光の中、切り倒された神樹の向こうから、朝がきた。
あの光景があったからこそ、私は今、こうして聖騎士として立っている。
「……」
どの建物も木造。建物の向こうには魔物除けの塀があり、更にその先は森が広がっているようだ。家屋として使われている三棟はほどよい距離で寄り添い、それに対面するような位置に残りの建物がある。真ん中には小さな広場があり、井戸もそこにあった。
まずは広場の真ん中で立ち止まり、ゆっくりと辺りを見渡す。目で見る視界に、探査の術による光がいくつか重なっている。私は目を細め、それらを一つずつ確認する。
少し大きめの光が二つある建物を見つければ、私はそちらへと歩いていく。気配で察したらしい暁の風が建物の前で立ち止まった。私は、ぽん、と、銀狼の体を叩くと扉を開ける。
見当を付けた建物に入れば、やはり馬小屋だった。二頭、ずんぐりした馬が身を寄せ合っている。
私が近づいていけば、顔を上げてこちらを見た。今日はどうやら馬に縁のある日らしい。
「よしよし、心細かったね。今、お水をあげる」
辺りを見渡して、彼らの餌を見つけ飼い葉桶に足してやるなど、簡単に世話を焼く。この集落の人たちがいなくなったのは恐らく昨晩だ。それ以降放置されて、普段と違う様子に怯えもしていたのだろう。水をやってもすぐには口をつける様子がない。
「ブライア、頼めるね?」
私は少しの間、彼らの様子を眺めた後、自分の相棒に声をかけた。
私自身はまだまだやらねばならないことがある。それに、いかに賢いといってもブライアは馬だ。他の家屋の中まで連れてはいけない。
承知したという風に素直に二頭の近くへと行く白馬に、「お願いね」と声をかけ、私は馬小屋を出た。




