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憧れるもの14


 サイルーンに到着したのは、日没から少し経った頃だった。

当初の見込みではもう少し早めに着く予定だったのだが、途中で立ち往生をしている馬車に出会ってしまったのだ。

道の端に止まった乗合馬車を発見し、どうしたのかと訪ねてみたところ、馬が動かなくなってしまったのだという。

他の動物はともかく、馬は私にとって身近な動物だ。多少はその体についても学んである。

患部を確認したところ腫れてはいるが、骨に異常はなさそうだ。おそらく道に落ちていた大きめの石などを踏んでしまった時に捻ったか何かしたのだろう。

困り果てている御者と少し話し、私はその場で馬に治癒の魔法をかけてやった。

幸い、私の術でも用が足りたらしい。感謝の言葉に見送られて彼らとは分かれたのだが……。そのロス分で目的地への到着は遅れることになり、街の門が閉じるギリギリに飛び込むことになった。


「お疲れ様です……!」


 扉を閉めようとしていたところに駆けつけ、ブライアが止まり切る前にひらりと飛び降りる。

緩めた首元から紐を手繰るようにして首に下げていた身分証を引っ張り出し提示すれば、門番は一瞬訝しげに私を見て、それから慌てて姿勢を正した。あわあわと敬礼する様子に私は苦笑する。


「閉めるところにごめんね。連絡を受けて飛んできたの。領主館はあっちであってるね?」

「はいっ!」


 門から続く道の先、一際大きな館が見えた。

本当は今すぐ現地に行きたいところだが、立場上一言かけてこない訳にはいかない。

しかも既に、一個分隊呼び寄せている。先に断りを入れておかないと先々面倒なことになりかねない。


「後で私は外に出ることになるわ。逆に、多分王都からかなり遅い時間に十名前後到着するかもしれない。今夜の当直に話を通しておいて」

「承知いたしました!」


 体の大きい暁の風に微妙に怯えている門番に、さくさくと用件だけ言い付ける。

確かにこの大きさは初見だと怖いよね。私に寄り添う銀色の毛並みを、大丈夫だという風に撫でてみせる。


「遅い時間にごめんね。よろしく!」


 もしかしたらこちらの言葉で彼は今夜寝ずの番になるかもしれない。少し申し訳なくは思うが仕方ない。調査のためには聖騎士の特権をフルに使わせてもらう。

せめて気持ちよく受けて貰おうと、私は笑顔を彼に向ける。ぱちりと片目を瞑ってみせた。

相手が一瞬見惚れた顔になったのを確認して、踵を返す。

ここの領主はどんな顔だったか記憶を掘り起こしつつ、ブライアを引き、暁の風を伴って歩きだす。

……ぼふ、っと、何か言いたげに太い尻尾が私の腕を叩いた。




 かつては、ほとんどの街の統治は、そこを治める貴族が行っていたそうだ。

統治は元々いた領主を中心として街を代表する数名が、王都より派遣された役人と行っているケースが多い。戦乱期の後の大粛清や、四十年前の神樹の件の後起きた神殿の改革などを経て、貴族の立場はかなり変わった。

それでも、いや、それ故に色々と面倒くさい。面子をつぶすと碌なことにならない。


 領主館までの道のりで、先ほど緩めた首元を正し、手櫛で髪を整える。

唇を軽く舐めて湿らせる。さっきもだが、こういう時には自分の容姿がある程度武器に出来るもので良かったとしみじみ思う。

館までつけば馬を預け、一瞬だけ迷うも暁の風にもここで待機してもらうことにする。

ついていくか? という風に、見上げる銀狼に小さく首を横に振った。


「夜分にすまない。知らせを受けて駆け付けた。詳細の報告を!」


 こういう時はこちらに主導権があると早々に態度に出した方がやりやすい。

執事に案内された先、応接間で少しの間待たされることになった私は、館の主をはじめとした数人が入ってくるのを見、立ち上がる。

予め用意していた言葉を、硬質な声で告げた。


「一の聖騎士殿におかれましてはご機嫌麗しゅう……」

「そういうのはいいから、本題に入れ! 情報の交換が終わったらすぐに現地に行く」


 こちらを上目遣いに見ながら悠長な挨拶をしようとする男に、すぅっと目を細める。

そういえば若い頃、こういう時に使う顔を何度か鏡の前で練習したな、なんてどうでも良いことを思い出した。正直、会議もだが政治的な駆け引きとかは、好きじゃない。こういう場は、他にもっと得意な者がいるから、そちらに任せたいが本音だ。現場で指揮を執るとかの戦術は得意だけど、あれこれネゴを回してとかの戦略は、自分でもあまり上手くない自覚がある。多分今の自分の様子も、あいつが見たら笑うだろう。

 こちらの声の鋭さに、男は「はっ」と畏まると連れてきた秘書官らしき者に慌てて指示を出し始めた。

それを意識して作った冷徹そうな顔で見守り、現在把握できている情報を残さず吐き出させる。

行方不明が出ている集落は、ここサイルーンから馬で半刻ほどの距離らしいが、途中の山道は細く路面もあまり整えられていないようだ。家屋がどんな風に配置されているか、それぞれの世帯の構成や、最後に連絡が取れていたのがいつだったのか……など。必要な情報を得た私は、早々に領主館を後にした。



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