のぞむもの6
ドレスを着たまま簡単な立ち居振る舞いのレクチャーを受けた。メイドには褒められ、セシルからは微妙にダメ出しをされる。小一時間もする頃には「まぁ、いいだろう」とこれまた微妙な合格を頂き、やっと私は普段の騎士服に戻ることができた。ドレスより騎士服の方が着こんでいる枚数も多く帯剣するから重さもあるのに、こちらの方がやっぱり楽な気がする。
私が着替え終わる頃にはセシルは別の仕事があると言って、書類束を持って行ってしまった。せっかく久しぶりに手合わせできるかと思ったのだが、さすがに無理なようだ。
にこやかなメイドたちに見送られて、私も自分の仕事に戻る。幸い、今日は会議の予定は入れられていない。後で調査隊本部と騎士団事務所に顔を出す必要はあるが、それ以外はほぼ自由だ。
「……自由じゃなかったわ」
思い出した。勇者殿とその相方が騎士団事務所のどこかで私を待っているんだった。
優雅な絨毯敷きの区画を出て、板張り廊下のエリアに入り、立ち止まる。すれ違う文官たちに会釈されながら私は少し憂鬱になる。あれをどうにかしなければならないのか。いっそ、本人が言う通り勝負でもしたらいいのか、ちょうど体を動かしたい気分にもなっているし。
「……一の聖騎士様、大丈夫ですか?」
つい廊下の角で考えこんでしまっていれば、顔見知りの女性文官に声をかけられた。心配してくれたようで、そっと横から覗きこまれていた。
「あ、あぁ、ごめん、ちょっと考え事をしていただけ」
「聖騎士様方、みんな、忙しそうですものね。……あ、そうだ。もしお時間とれるなら、今、食堂に行くと良いことがありますよ」
小柄な彼女はうんうんと頷き、思い出したように付け加えた。
「食堂?」
「えぇ、当日出すお菓子の試作品が振舞われているんです」
私も食べてきました、と、にこにこしながら教えてくれた。彼女の言う食堂は、城に勤める者たち用の食堂のうち、ここから一番近いところのことだろう。城内にはいくつか食堂があり、ここに勤めている者であれば手軽に食事をとれるようになっている。基本的にどの食堂を誰が使っても良いが、騎士団近くの食堂は体を動かす者向けのボリューム満点な定食が多かったり、文官向けの場所は胃に優しいメニューが常時あったり、メイドたちが多く使うところは女性向けに盛り付けが凝っていたりなどなど、雰囲気や出される料理が少しずつ違う。
「それは素敵ね」
「行くなら早めにしないとなくなりますよ」
「わかったわ。ありがとう」
どうせこんなところで考え込んでいるなら、座って美味しいものでも食べながらの方がいいだろう。勧めを素直に受け取って、礼を言い、文官とわかれた。向かう先はもちろん食堂だ。
ふと、私は思い出す。
こうして生誕祭の準備に注力していられるのは、あの時『何か』から持ち帰ってきたもののおかげだ。
帰還した際に私が手に握りしめていたらしい、透明な板にはいくつかのことが書かれていた。
その中の一つに次に彼らと接触可能とされるタイミングが記されていたのだ。
『神』とやらについては多少なりともあの場で話をしたとは言え、今でもよく分からない。でも、トゥーレの筆跡で書かれたそれは信じていいように思えた。何より、書かれていた場所と目安に、少なくとも私は信じずにはいられなかったのだ。だって、それはトゥーレが居なくなった時に、私が初めて『何か』を見たところであり、そして指定されたのもその季節であったから。
「聖騎士殿も試食にきてくれたんですね!」
「えぇ。やってるから是非って、勧めてくれた人が居たのよ」
考えながら歩いていたら食堂まではあっという間だった。私の姿を見つけた食堂の職員が出迎えてくれた。その声に数人がこちらを向く。きゃぁとあがった歓声に私はつい笑顔になった。どうやら食堂の一部を使って、本番と同じように立食形式で何種類か並べているらしい。見ればテーブルのいくつかに料理や菓子が並んでいる。どうぞ、と皿を渡された。これに取れということね。
「好きなのを選んでください。良かったら後で感想を聞かせてくださいね」
「ありがとう。少し頂くね」
言って、料理のテーブルの方へと向かえば、そこにいた休憩中のメイドたちが楽しげにあれこれ勧めてくれた。試作なので量は多くないが、甘いものもしょっぱいものも並んでいた。野菜とハムを組み合わせたものや、何かのパテが薄切りパンに乗せられカナッペになっている。果物が合わせてあるものもある。一口大に切られたパイや、ピンチョス、どれも美味しそうだし見た目も綺麗だ。勧められるままに皿に取ろうとしたら、自分たちも食べる側だろうにメイドたちがきゃっきゃっと楽しそうに盛り付けてくれた。一緒に隣のテーブルに移動すると、そちらにはこれまた華やかに盛り付けられたスイーツが並んでいる。小さな器に盛られたジェリーや、食べられる花が添えられた焼き菓子、これまた一口大になっているミニタルト。惜しむらくはパーティ会場の端に供されることが決まっているため、匂いが控えめということか。着飾った婦人たちのドレスに焼けた肉の匂いがついても困るし、こればかりは仕方ない。
「これは、食事一回分になりそうねぇ」
自分の皿を見て、そう呟けば周りの女性たちが笑った。
私は誘われるままに数人のメイドたちと一緒にテーブルにつき、試食というにはしっかり過ぎる量の料理を堪能した。




