のぞむもの4
改めて室内を見渡すと、名も知っているメイドが数人。目が合えばにこにこと微笑んでくれる。いつもの穏やかな笑みというより、ちょっと楽しそうな笑い方はこの後に控えていることのせいだろう。
ソファに座っているセシルの前にはお茶やちょっとした軽食が置かれていて、その様子から彼が少し前には来てここで待っていたのだと知れた。食事の横に書類束がある辺り、ここで仕事していたのかもしれない。
「リチェ様、早速ですがこちらに」
メイドが寄って来て、私の剣を剣帯ごと預かり、別のメイドがマントを外して持っていく。この場で一番年配のメイドに促されて、私は一度セシルに視線を投げた。彼が早く行けという風に目線だけで言うので諦めてメイドについて行く。
続きの間に入れば、すぐに目に飛び込んできたのはセシルが用意したものだった。
聖騎士の騎士服と同じ色調で作られた、ドレス。それにあわせた華奢な靴と、髪飾りが横の台に置かれている。それを見て私はまたため息をつきたくなった。
用事とは、このドレスの試着である。
「とりあえず、今着てるものを脱げばいい?」
「えぇ、お願いします」
楽しげな声に、微妙に引き攣りながら分かったと頷く。貴族社会で生きていない私は、正直、人前で着替えるのには抵抗があるのだが仕方ない。恥じらっていても終わらないので、すぱすぱと身につけた物を脱いでいく。外したスカーフや上着などは、メイドがテキパキと畳んだり整えられ、横に置かれた棚に置かれた。ブーツを脱げば、さっと敷物を用意される。素足でその上に立ち、残りも全て脱ぎ去る。やがて下着のみになれば、「ありがとうございます」と礼を言われた。なんだかちょっと複雑な気分になった。
「では、ドレスをお着せしますね。まだ仮縫いのところなども残っているので、こちらがすべてやります。出来るだけ動かずにお願いします」
「わかったわ」
待っていると、トルソーに着せられていたドレスが目の前で丸く広げられる。他のメイドが私の横に来て、「失礼します」と声をかけてから下着をドレスに合わせたものに付け替え始めた。数人のメイドがパタパタとそれぞれの役割に従って動き回っている。
「……リチェ様の体は本当に綺麗ですね。全然余分なお肉がない」
「なのにお胸とお腰はあるし、姿勢も良いから……」
「これなら、コルセット要らないかも」
どこかうっとりした声で言われて気恥ずかしくなる。周りは皆メイド服だが、私はほぼ裸なのだ。綺麗、と賛美の声を貰ったはいいがどうしていいか分からない。普通なら数人掛かりで締めるというコルセットは、つけてほとんど軽く後ろを調整するだけで終わった。その間も肌についてなど、あれこれ褒められ非常にくすぐったい気分になる。
「……肉はともかく、腕や脚は太いと思うのだけども」
居た堪れなくて自分で難点と思う場所を上げれば、きゃらきゃらと楽しげに笑われた。
「確かに聖騎士様だから筋肉はついておられますね。普通の令嬢や婦人に比べると肩幅もありますし」
「でも、大丈夫です。そういうところも考慮されたデザインになっています……!」
「リチェ様の美しい体を十二分に活かして、誰よりも麗しい仕上がりになりますわ」
「そ、そう……」
だから安心してくださいとその場にいるメイドたち全員に太鼓判を押される。これは何を言っても負ける、と、私は悟った。私が勝てる相手ではない。今の私にできるのは大人しく着せられることだけだ。ここに足を入れて下さい、こちらに腕を、顎を引いて……云々。私は言われるままに従い、彼女たちはあれこれと楽しげに喋りながら私に着せていく。
やがて、「出来ました!」と満足そうな声を貰い、私は顔を上げる。
こちらに、と促された先にあった鏡で、ようやく自分の姿を見ることになった。
スカート部分の前側はすっきりとしているが腰は大きく優雅に盛り上がり、黒い上質の布がふんだんに使われている。裾は長く後ろにに引いている。対して上半身はスッキリとしていて、どこか騎士服のシャツと上着の組み合わせに似ていた。首元にはスカーフの代わりに真っ白なリボン風の飾りがつき、刺し色のように鉄紺色光沢のある布が胸元を覆っている。その上、薄鈍色の上着風に仕立てられた部分は、聖騎士の騎士服よりも絞られたデザインになっていた。あちこちに銀糸で刺繍が入り、華やかだが上品だ。そして上着の肩からは宵闇色の透ける布がまるでマントのように後ろに流れていた。
いつの間にか整えられていた髪には、ドレスと同じ布で作られた小さな帽子風の飾りがついていた。小ぶりだがさりげなく宝石が付いている。
「とてもお似合いです」
私は呆然としたまま鏡に映る自分を見る。普段の自分の恰好と同じ色彩なのに、貴婦人めいた格好につい……。
「馬子にも衣裳……」
ぽそりと言えば、聞き取れなかったらしいメイドに聞き返された。私は何でもないと首を横に振る。なんで自分でそんな言葉を言わねばならないのか、なんだかとても複雑な気分だった。
「では、あちらに。二の聖騎士様に見せましょう!」
さぁ、どうぞ、と促された私の顔は、きっと引き攣っていたと思う。
遠い昔の自分の結婚式を思い出しながら書いていました。
私自身は言うまでになくぎちぎちに締められました。
ちなみにリチェのドレスはバッスルスタイル風です。




