のぞむもの3
王都の街を通らずに、騎士団の敷地から直接王城へと戻る。
出兵時やそれ以外でも、何かにつけて街を経由せずに出入りしなければならないことも多い。騎士団や王宮魔導士たちが使う通用路は数本あり、私自身もよく使う。
先ほどのやりとりにげんなりした気持ちを、背筋を伸ばして歩くことでリセットする。いっそ、言葉にのって少し打ち合いをしても良かったのかもしれない、と思いかけて首を横に振った。負ければあの若造にバカにされ、勝てば仲間になれと口説かれるのだ。全然良くない。あそこまでのは流石に初めてだが、過去にも何度か決闘を申し込まれたことはあった。そのたびに返り討ちにはしてきたが、どの時も負かした後も面倒くさかった記憶しかない。
「……勇者、ねぇ」
師匠から少し聞いた覚えがある。戦乱期中は勇者と呼ばれる者、もしくは勇者だと名乗る者が多数現れたと。そのうちの何割かは、局所的だったとしても確かに魔物を倒し、人々を助け、そして散っていった。人々はその背中に希望を見出し、過酷な戦乱期を生き抜く心の支えとした。そう言う意味では、たとえ根本を解決できなかったとしても、その勇者たちは本物だったのだろう。間違いなく「人々に生きる勇気を与える者」だったのだから。
ならば、さっきの二人組との違いはなんだ。彼らは完全な自称でしかないが、集団行方不明のことを聞いて怯え、王都に逃げてきた難民たちを自らの力で帰してやろうという辺りは、確かに過去の勇者たちがやってきたことと変わらない。
違うのは、時代だ。今、この王国は戦乱期とは違い一枚岩ではないとはいえ、騎士団や他の組織がしっかり機能している。問題の解決は有象無象の勇者が行うのではなく、女王の名の下、騎士団や私たち聖騎士などが行うのだ。
すたすたと足早に歩いていれば、王城の通用口へとあっという間に辿り着いた。入城管理の事務官が私を見つけ敬礼する。顔パスでも入れるのだが、私は胸元から身分証を出して見せる。事務官は特殊な魔道具を使ってその身分証を確認し、どうぞ、と手で促してくれた。
「ありがと」
「お疲れ様です」
挨拶言葉に微笑んで、私はまた歩き始める。城内でも騎士団管理の区画は質実で実用一辺倒だ。時折すれ違う騎士たちは私を見ると笑顔で会釈してくれる。
「……彼らをなんとかするために動いてるのは騎士団なのにね」
その騎士たちを雑魚扱いし、私を呼び付けるとは。どうやら私はそこに一番腹を立てていたらしい。彼ら……騎士団員たちは雑魚ではない。みんな厳しい訓練を経て騎士に叙任され、騎士となった後も日々鍛錬を怠らない。有事には真っ先に動き、平時も人々のために尽くしている。それを雑魚扱い。はぁ、とため息がこぼれた。後で顔を合わせた際にはそこも含めて説教をしよう。
歩いていけば、やがて廊下の様子が少し変わる。先ほどまでと違い板張りになる床に足音も変わった。すれ違う者も騎士よりも文官やメイドの方が多くなる。周りの歩行速度も先ほどよりもゆったりしている。私もそれに合わせ、少し歩く速度を落とした。
そのまま歩いていくと更に様子が変わっていく。板張りの床には絨毯が敷かれ、足音がほとんどしなくなった。廊下はまた広くなり、所々に装飾品も置かれている。ほのかに良い香りがすると思ったら、角に置かれた台の上に花が生けられていた。行き交う人の中にはドレスを纏った貴婦人も混ざるようになった。
若い頃はこの区画により変わる様子に戸惑ったりもした。歩き方や会う者との接し方、立ち居振る舞い。そういったものを意識して変えねばならないのに困惑し、変えなくてもいいじゃないと言って師匠に大笑いされた。今では意識せずとも歩調も対応も変えられる。変えねばならない理由もしっかりと分かる。私も大人になったということなのだろう。
「……」
あぁ、そうか、と私は納得した。
さっきの自称勇者たちは、年齢的には成人しているがまだ子どもなのだ。あの頃の私と同じように。自分の物差ししか持たず、他者が何を考え、何をしているのかを見て理解できるだけの視野と経験をまだ持っていない。頭が悪いのではなく、育っていないのだ。
思わずまたこぼれそうになったため息を、口を閉じて飲みこむ。今いるのは貴族たちも出入りする区画だ。こんなところでため息なんてつこうものなら、変な憶測を立てられ、あることないこと囁かれてしまう。私はぐったりした気持ちを隠して、自然な笑顔を装ったまま歩く。ここが苦手だと思う辺り、私もまだ育ち切っていないのかもしれない。
やっとたどり着いた目的の部屋の扉をノックし、内側から開けてもらう。
「遅くなったわ」
メイドが扉を閉めたのを確認して、私は一度息を吐き出してから言う。
顔を上げれば、予想外なことに私をここに呼び出した男がソファで座っていた。
「……セシル、暇なの?」
呼び出しは彼の名だが、この場に彼がいる必要はなかったはずだ。つい訊けば、セシルは軽く肩を竦めた。
「自分が用意したものがどうなるかぐらい見届けに来てもいいだろう?」
暇ではない、と言い置いてからそういう男は眼鏡をかけている。それで私はなんとなく察する。多分彼は逃げてきたのだ、ここに。彼が眼鏡をかけている時は、御令嬢や貴族の婦人たちと距離を置きたい時だ。四十半ば。もう適齢期はかなり過ぎているが、彼の肩書や能力はそれを補って余りある。生誕祭の関係で久々に王都へときた女性たちから声をかけられる機会も増えているのだろう。
「モテる男は大変ね」
うるさい、と、怒られた。




