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憧れるもの13


 まだ春も浅い街道を走って行く。

馬の蹄が立てる音、風を切る音が、耳にうるさい。背後ではマントもばさばさと靡いて音を立てている。

幸い今日は晴れているが、少しばかり風が強い。

頭上では雲がいつもより早いペースで流れていく。

街道横の草原や木々がざわざわと不安を煽るような音を立てている。

 ちらりと横に視線をやれば、こちらの斜め後ろを銀狼が併走している。

詳しい説明はまだ何もできていないが、こちらの様子から感じ取ってくれたらしく、ぴりりと警戒を含んだ気配を漂わせていた。


 馬を走らせながら、私は考える。

知らされた集落は、サイルーンから更に奥だ。

先の四カ所目と違い、事前に警戒して騎士などを送り込んではいない。まだ何も知らせておらず、完全に守備範囲から外れてしまっていた場所だ。

まだ公に知らせていない分、この件に使える駒は多くない。自衛を呼びかけるにしても、ここまでターゲットにされているのがどこも住民が三十人もいないような村や集落だ。モーゲンのような特殊なところならいざ知らず、普通の村では出来ることが限られる。

ましてや、四カ所目に至っては訓練された騎士や魔導士を配置しても、小さな手掛かり一つすら残せなかったのだ。住民たちに警戒してもらっても出来ることはほぼないのかもしれない。


「……」


 思わず、舌打ちする。気がつけばぎりりと歯を食いしばっていた。

必要以上に力が入り過ぎている。こんな状態では逆にミスしかねない。

私は頭の中の地図と、見えている景色を照らし合わせる。


「……少し休憩しよう。ブライア」


 目的地までは、まだしばらくある。ブライアは強い馬だけど、ぶっ続けで全行程走らせるわけにはいかない。併走している銀狼だって現地につく前に疲れ切ってしまう。

手綱を操り、徐々に速度を落としながら街道横が少し拓けたところで立ち止まる。

旅行く人たちが休憩を取る場所なのだろう。街道沿いにはよくある小さな広場だ。

先客はいない。

私はひらりと馬から降りると、その首筋を軽く叩いてやる。振り返り、銀狼にも声をかける。


「ありがとうね。今、水を出すわ。暁、少し休憩ね!」


 見渡し、木製のバケツが落ちているのを見つければ、そちらに足を向ける。

よくここを使う行商人か誰かが置いていってくれたのかもしれない。

拾い上げて、壊れていないのを確認する。大丈夫そうだ。逆さにして軽く振るい、生活魔法で綺麗にしてから水を満たした。

手綱を放してもトコトコと私の後ろからついて来ていたブライアが、待っていましたという風に水を飲み始めた。同行してくれている銀狼、暁の風も一緒に飲んでいる。

二頭がそれぞれに体を休め始めたのを確認し、私も近くにあった切り株に腰を下ろす。


「はぁぁ……」


 思わず、息がこぼれた。

大きく頭を振って、長い髪を揺らす。前髪をかき上げ、空を見上げた。まだ明るい。もう二時間ぐらいはお日様が道を照らしてくれるだろう。

かき上げた手でそのまま、首筋やこめかみを何度か揉み、ついでに首を横に倒したりして凝りをほぐす。

変な風に力が入っていたと自覚し、意識して全身の緊張を解いていく。

ほどよく体がほぐれたところで、荷物に手を伸ばす。この先の工程を考えると、少し早いが今だろう。

姉がくれた包みの一つを開ければ、やっぱり瓶に詰められたスープとパンが入っていた。おまけにいちごまで潰れないように小袋に詰められている。


「……いただきます」


 食前の祈りを捧げた後に、瓶の蓋をあける。根菜のポタージュのようだ。冷めてしまっているが、それでも美味しいと感じられるように調整された味わいに、私はちょっと寂しくなる。本当ならこれを温かい状態でみんなと一緒に味わえたのだ。鼻の上に皺が寄った気がして、瓶を持たぬ側の手で己の鼻筋の皺を伸ばすように撫で摩る。温かくないスープは、ここが村ではないことを改めて突き付けてくるようだった。

 パンを包みから出せば、しっかり焼いたソーセージと野菜が挟んであった。誰もいないから大きな口を開けてかぶりつく。子どもの頃からよく知っている村の味だ。村の牧場で育った豚をつぶして作ったソーセージに、村で採れる菜っ葉ものの野菜や、酢漬け野菜。パンも馴染み深い味だ。

 銀狼に手招きして、挟んであったソーセージの一つを指先で抜き取り、投げてやる。

器用に口で受け止めた銀狼が美味そうに咀嚼している様子を見ながら、私ももそもそと食べ、スープを飲む。


「暁、いきなり連れ出してすまんね。今度は二十二人。職人ばかりの村がやられたんだって。子どもも多い。……何考えてるんだろうね、犯人は」


 人が聞いていないからこそこぼれた愚痴。部下たちがいるところでは口に出すことは出来ない、そんな呟き。それを受け止めるように、咀嚼しきった銀狼が、ぐる、と小さく唸った。視線を向ければ草を食んでいた白馬も一度顔を上げてくれた。まだいいよ、と、緩く首を横に振る。後でイチゴを少し分けてやろう。この後も走らなければならないから、そのご褒美だ。


「……」


 重いため息を吐き出す。今度こそ手掛かりを見つけなければ。気持ちばかり逸る。

瓶の中の冷めてしまったスープを飲み干せば、そんな私を宥めるように姉が背を叩いてくれたような気がした。




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