見つけるもの30
「……リチェ……リチェっ!」
ぺちぺちと頬を叩かれたその刺激で、意識が浮かび上がった。痛くはないが煩わしくはある。右手で叩く手を止めようとするが、緩慢にしか動かない。目を開けようとするとまるで瞼が糊付けされているかのような抵抗感を感じた。それを剥がすようなつもりで無理矢理瞼を上げる。
「リチェっ!!」
瞼すらも緩慢にしか動かないのかと辟易しながらようやく視界を確保すれば、覗き込んでいたのはよく知った顔だった。考えるまでもない。こんな役を他の誰かに譲るわけがないのだ、この男は。私を抱きかかえるようにして頬を叩いていたのは二の聖騎士、セシル。私の相棒だ。魔法の明かりに照らされている顔は白い。
「……セシル、うるさい」
喉に何かが貼り付いているようなそんな違和感を呑み込んで、ぼそりと言うと、目の前の男の顔が分かりやすく歪んだ。せっかく男前なのにそんな顔をしたら勿体ない。私はだるさを我慢して彼の手を止めていた手をそのまま上げる。男の頬に手を伸ばす。なんだかこのポーズ、昔、演劇で見たななんて思った。あの時はそんな風にするものかと思ったけれど、確かにこの状況だとするみたいだ。そんな風に状況を観察しているのが自分でなんだかちょっとおかしかった。そんな私の手をセシルが握る。やっぱりそうするのか。
「一の聖騎士の目が覚めたぞ!」
「おぉぉーー!!」
どうやら、周りに何人もいたらしい。この声はザザか。報告が上がれば周りから歓声が上がった。それで我に返る。セシルの頬に触れていた手を慌てて引っ込める。見つめ合っていた視線が逸れた。なんだか恥ずかしい気分になりつつ、確かめるように手を何度か握り開きしてみる。さっきは動かし方を忘れしてしまったみたいに鈍かったが、今はこわばりとだるさがあるぐらいで、まともに動きそうだった。
そこでやっと自分が左手に何か持っていることに気が付く。握りしめていたのは小さな何かが、かしゃんと音を立てて落ちた。それを近くにいた誰かが拾った。
「二の聖騎士、ちょっと退いて下さい。診ます」
「あ、あぁ」
私に覆いかぶさるようだったセシルに割り込むようにして視界に入ってきたのは、司祭のゲイルだ。私の手を取り、脈を確認する。目を閉じ、魔力を流して私の状態を診ていく。念入りに確認しているのが分かるだけ時間が経って、ようやく彼は目を開けた。笑顔で頷く。
「大丈夫そうですね。少し疲弊してる感じはしますけど、どこも異常はないようです」
言われて頷く。確かに痛みなどはない。強いて言えば休暇に図らずも長時間眠りこけてしまった後のような、変な倦怠感があるだけだ。寝疲れた時にちょっと似ている。
「……ありがと。そうね、なんかすごく疲れた」
「休まれた方が良いと思います」
「うん、そうね」
でも、その前にすることがある。
「状況を教えて。あれからどれぐらい時間が経ったの?」
辺りはもう真っ暗だ。あちこちに魔法の明かりが揺れている。見た感じ魔物はいなさそうだが、私が『何か』に入った以降に何が起きたのか、あれからどれだけ時間が経過しているのか、現在の状況を把握しなければならない。『何か』があった場所の確認と、もし他の場所と同じように『欠片』が出現しているなら私が浄化をする必要があるだろう。この場に『欠片』の浄化ができるのは私しかいないのだから。
やっとはっきりしてきた頭を軽く振り、立ち上がろうとしたら、私を支えていたセシルの手によって止められた。中途半端に抱き起されたような姿勢で不満の目を向ければ、ダメだという風に首を横に振られる。
その顔を見て私は動作を止めた。確かにミリエルの言葉などから勝算があると踏んで臨んだが、『何か』に入ろうとして死ぬ可能性だってあったのだから。それを承知で彼は私をいかせて、そしてずっと待っていたのだ。
「およそ半日だ。『何か』は現在は消滅している。魔物は出現なし。後はテントに戻ってから話す」
セシルはすらすらと答えた後、それ以上は後だというように口を閉じた。
そのまま私を抱え直し、立ち上がる。
「ちょっと、歩ける!!」
「ダメだ」
「みっともないっ!」
「恥ずかしいなら寝たふりでもしてろ」
どこぞの令嬢でも運ぶかのように姫抱きに抱え上げられた私は慌てて文句を言う。降りようとすれば力づくで止められた。上からばさりと宵闇色のマントがかけられる。セシルではない。彼は私を抱えるために両手が塞がっている。顔にかかったマントを退かして、やった人を確かめたらクリスが微笑んでいた。
「リチェ。ここにいる全員一致の意見だよ。今すぐ休みなさい」
にこやかな笑顔なのに眼鏡の奥の目が笑っていない。声は穏やかだが反論できない気迫を感じて、私は首を竦める。そんな私の様子を見てクリスが念押しのように、一つゆっくりと首を縦に振った。私にかかったマントを直して、おまけのように鞘に収まった私の剣を私に抱かせる。
「ザザ、後を頼む」
「承知した」
大人しくなった私を抱きかかえてセシルが歩き出す。彼が声をかけた方を向けば、ザザや他の騎士たちが私に向かって敬礼をしていた。指示を出したセシルにではなく、私に対してだとその視線で分かった。少し視線をずらせばさっき私を診てくれたゲイルも、そしてさっきの場所に立ったまま私を見送っているクリスも……、この場にいるセシル以外のすべての者が、私にそれぞれの立場で敬礼していた。
「……ごめん」
ぽつ、と、言えば、セシルが吐く息で笑った。




