見つけるもの28
『何か』が現れたのは、更に数日後の、昼過ぎのことだった。
見つけたのは見張りをしていた、騎士たちと一緒に見回りをしていた守護の狼、暁の風。場所は村の中央からやや離れたところにある麦畑の中。
サイルーンの時と同じく、人よりも敏い銀狼が、まずその違和感に気が付いた。ぴくりと反応した銀狼に、付き添っていた騎士がすぐさま場所を特定し、滞在している調査隊全体へと知らせた。
そこからの動きは迅速だった。予め決めていた通りに各員が動き出す。アティスの人々はレゼたち騎士の誘導で速やかに避難を始めた。先日花冠を被せてくれたあの姉妹も両親と一緒に村の自宅へと戻った。すれ違った時には「聖騎士様、頑張って!」なんて可愛い応援をくれた。
調査隊のメンバーは、村の防衛を担当する者と、『何か』の直近で魔物の出現に備える者の二手に分かれた。前線に出るのは班長のザザをはじめとした少数精鋭の騎士たち、それに司祭のゲイル、魔導師のクリスといったおなじみのメンバーだ。そのメンバーを束ねるのは二の聖騎士セシル。対して、防衛を担当するのは、レゼたち女性騎士の所属する班の班長レオンを中心としたメンバーだ。司祭のヘレナや、暁の風も防衛側だ。セティも今回は師であるクリスと分かれ防衛側に回っている。
「……」
出現したばかり『何か』を取り囲むように配置した前線。
その正面とした場所に、私はいた。
ハイネックになったシャツの首元を確かめるように、指を入れて軽く直すと顔を上げた。そんな私の隣で、セシルがこちらをじっと見つめている。いや、セシルだけでなく、ザザやクリスなどもこちらを見ていた。視線に気が付いた私は、軽く肩をすくめてみせる。
無言のまま、剣を抜く。
細身の剣は、淡く金色の光を放っていた。先日の戦闘後に無理を言ってもう一度調整をして貰った鞘も、刃こぼれがないかの確認をして貰った剣身も、どちらも最上の状態だ。その、剣身に左手を当ててゆっくりと発音する。
「光よ、ここに」
ふわり、と、淡い光が剣を包んだ。その光は全体に広がり、剣の輪郭をあいまいにする。やがてそれは剣よりも長いものとなって形を取り直した。四つの輪を持つ錫杖。聖女グレンダが残した聖具として具現化する。
剣の形をしていた時に上から柄を持っていた右手は、その向きのまま錫杖を握っていた。左手も同じ向きで握っているので、右手は離し、下から握り直す。そうして、左手を離すと、錫杖の先が、とん、と地面についた。
私は、肺に溜まっていた息を一気に吐き出す。前を見据える。『何か』の周りにはまだ暗がりはない。魔素が周囲から集まり始めている気配は感じるけれど、まだ、だ。
今回は、本当の意味で、間に合った。
「……それじゃあ、後は頼むね」
軽く皆を見渡し、笑む。
「あぁ。行ってこい!」
皆を代表するように、セシルが言った。その向こうでクリスが頷いている。ゲイルやザザが少し心配そうな顔でこちらを見ている。普段の聖騎士の騎士服とは違い、白い聖衣の上下を着た私は、そんな彼らに大丈夫だという風に笑い、身につけていた剣帯をはずし、ブーツをぽいぽいと脱ぎ捨てた。素足のまま、『何か』に向かい、歩いていく。
自らを神のレプリカだと言った精霊ミリエルは、欠片化した鉛筆を見て『何か』の向こうにあるのは、『神』たちのいる場所だと言った。そして、それは王城にある神樹の森と同じ性質をもつ場所でもあると。彼女の言葉が本当であるなら、私はあの向こうに行くことができるはずだ。確認したところ、ミリエルもおそらくは、なんて言葉をくれた。
その言葉に、私たちは、養母が残してくれた聖衣を纏い、錫杖を持った私ならば、神樹の森と同じように私は『何か』を扉にしてあちら側に行けると、仮説を立てた。もっとも詳細を知っているのはここにいる者でもごく一部だけではあるが。
「……」
ゆっくりと大きさを増す『何か』は、発見された時の数倍のサイズにまで広がっていた。私が立ったままくぐれるどころか、大型の馬車一台でも簡単に飲みこめるだろう。目で見ようとしても上手く視点が合わないため分かりづらいが、それでもかなりの大きさにまでなっていることは感じられた。
それに、何かが呼んでいるようなそんな気配を感じるのだ。先日ボロボロになるまで戦う羽目になったあの時に感じたものと似ていて、でも少し違う。懐かしくて、胸が詰まるようなそんな感覚。理由もわからないのにただ「帰りたい」という思考が頭の中を埋めていく。事前に『何か』の出現を予測し、身構えていたからそれをおかしい認識出来ているが、何の前触れもなくこれに襲われたなら、ふらふらとその理由を探しにいってしまいそうだ。おそらく、過去に行方不明になった者たちはこの感覚に誘われて『何か』に踏み込んでしまったのだろう。
「……リチェっ!」
『何か』まであと一歩というところで、名を呼ばれた。確かめなくても誰の声だか分かった。
私は振り返る代わりに、手に持った錫杖で一度、とん、と、地面を叩く。
しゃん。
四つの遊環が揺れ、澄んだ音が辺りに響き渡った。
全てを浄化するようなその音に、私は、魔素溜まりを浄化する時と同じように前を向く。
そうして、靴を履かぬその足で、『何か』の中へと、踏み込んだ――……。




