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憧れるもの12


 王都からきた騎士をクリスの元へやって、私は屋敷に戻る。


「リチェ、おかえりなさい」

「ミリ、師匠と姉さんは? すぐ出なくちゃならなくなったの」

「リドなら二階です。エマは食堂かと」

「わかった」


 玄関を開けて広間にいた精霊に声をかける。そのまま足は止めずに階段を駆け上がる。まずは自分の部屋だ。荷物を取ってこなければならない。

こんな仕事をしているおかげで、いつも荷物はいつでも持ち出せるようにまとめておく癖がついている。

それは実家に帰ってきていた今にも当てはまっていて。帰ってきた日に早々に洗濯やら季節のものに詰め替えなどを終えていたバッグがチェストの上に鎮座していた。

それを引っ掴む。

一瞬だけ自室を見つめてしまったのは、未練だ。久しぶりの我が家。もう少しゆっくりできると思ったのに。朝起きてそのままの上掛けがくしゃくしゃになったベッドに視線が止まるも、踵を返す。行儀が悪いが今は僅かな時間も惜しい。申し訳ないがミリエルに片付けて貰おう。

 バッグを手に持ったまま大股に歩いていく。

その物音で気づいたらしい。向かう先で扉が開いた。


「リチェ」

「師匠、またやられた。これから直行する」


 それまで横になっていたらしい。部屋着姿の師に告げると、そうか、と頷きが帰ってきた。


「ごめん、多分セシルもこっちに来れなくなる。話は帰ってきてから聞くね」

「あぁ。シルバーへの手紙もその時だな。……いってこい。気を抜くな。いつでも良き風がお前に吹いていることを祈る」

「ありがと。私も師匠にいつも良き風が吹いているよう祈ってる」


 養母がよくしてくれた見送りのまじないの一文を贈られて、私は目を細め、同じ言葉を返した。

そんな私に、零の聖騎士は手を伸ばした。

向けられた優しい表情に、そのまま立ち去りかけた私は思わず止まる。


「師匠?」

「……お前の、思うようにいきなさい。光は常にお前と共にある。……体には気をつけろよ」


 ゆっくりと確かめるように、よくして貰った子どもの頃と同じように、大きな手が私の頭を撫でた。

その仕草に、そしてかけられた言葉に、私は師を見つめた。

深い青色の瞳に浮かぶ色を見て、ゆっくりと頷く。思わず、くっと何かを堪えるように下唇の真ん中が上がった。眉間に寄りかけた皺を意識して表情を整える。にやっと笑ってみせる。


「私は天下の、一の聖騎士リチェルカーレ様だからね。ちょっと今回のは手こずってるけれど、それも今だけ。さっさと解決してくるわ。でもって、エマ姉のごはんをたーんと食べて、お腹いっぱいの状態で師匠の打ち明け話とやらを聞くよ。だから、ちょっと待っててね。すぐ帰ってくるから」

「あぁ、そうだな。頑張ってこい!」


 師匠が、私に似た笑顔を浮かべた。

血は繋がっていないのに、私たちを知る人は皆、よく似た親子だと言う。……似せようと頑張ったからね。私にとっては最高の誉め言葉だ。


「いってきます!」


 私は今度こそ、師匠に背を向ける。

そのままの勢いで階段を駆け下りていけば、ミリエルが食堂に向かう扉を指差していた。

そちらへ行けということらしい。


「ミリ、ごめん、部屋ぐちゃぐちゃだから片付けといて!」


 すれ違いざまに言えば、柔らかい笑顔が返ってきた。


「はい。いってらっしゃい、御武運を!」

「ありがと!」


 屋敷と食堂を区切る扉を開けて、食堂の厨房側に出れば姉と姪が待っていた。


「リチェ、ミリから聞いたよ。これ持っていきなさい!」


 待ち構えていた姉から包みを渡される。

バッグを持たぬ方の手で受け取れば、たぽんと包みの中で水が揺れる気配がした。

水筒なども入っているのだろう重さを感じる。姉のことだ、携帯食と一緒に今夜分として何か用意してくれたのだろう。


「ありがと。助かる! ちょっと行ってくるね」

「リチェさん、気を付けて……! いってらっしゃい!」


 姪のウィノナが心配そうな顔をしている。私は大丈夫、と笑みを作って頷いた。



 食堂を出れば、広場を横切り一本の木の下へと急ぐ。

そこにいた大きな狼に声をかけた。


「今すぐ出なきゃなの」


 寝そべっていた老狼が体を起こした。一度私の顔を見てから、ぶるると体を震わせると息を吸い込む。

喉を反らし、遠吠えのような声で大気を震わせた。


「……ありがと。蒼き風。行ってくるね。村をお願い」


 私の言葉に返事のような短い唸りが返ってきた。私はそれを聞きながら、村の門へと向かう。

視界の端に銀色の何かが走ってくるのが見えた。

門近くの厩舎に指笛を鳴らす。

さっきの使者が来た時点で、門番が私の馬をこちらに連れて来てくれていることだろう。


「……」


 門の手前で一度目を閉じ、はっと息を吐き出す。

ここから先の私は、この村のリチェではなく、一の聖騎士、リチェルカーレだ。

瞼を上げ、真直ぐ前を向けば、白馬と銀色の若い大狼が待っていた。



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