憧れるもの10
「……村一つ、丸ごと、か」
険しい顔になったデュアンが呟いた。
何かを思い出した様子のジョイスが、奥歯をぎりりと噛みしめている顔になっている。
グイードも、ぐぐっと眉間に皺をよせ、何か考えているようだった。
「えぇ、丸ごとよ。雪で閉ざされているうちにやられて、発見が遅れた場所もいくつか。警戒して数人騎士を配置した所は、騎士ごとやられたわ」
だから、本気で手掛かりはなし、と私は言い切った。その追加情報にデュアンの顔が更に険しくなる。
ずっと黙って聞いていたクリスがやっと動いた。王宮魔導士に与えられる黒いローブを揺するようにして片手を出し、ピンの一つを指差した。
「一番最近やられたここは、騎士と一緒に待機していた魔導士もやられました。風属性の守護もちで防御が得意な者だったのに。現場は僕も見に行きましたが、魔法を使った形跡はなし。襲撃側も、こちらが配置した者も何も使っていなかった」
「秘密裏に結成された調査団では、大規模な人攫いの路線と、なんらかの超現象に巻き込まれた路線、どちらも視野に入れているわ」
「そういや、数年前にも人の少ない集落を狙っての事件があったな」
あれは人身売買絡みだったか、と、グイードがぼそりと言う。
「えぇ、あれも完全に解決しきっていないから、今回の件との関連を疑ってる。三の騎士が担当しているわ」
「でも、あれはもっとやり方が杜撰だっただろ。話を聞く限り、今回のは……」
「えぇ」
ジョイスが途中で言葉を切った。その続きが容易に想像できた私は、促さずに頷くだけで留める。続きを言わなくて済むよう、短い相槌の後、全員の表情を確認するように見渡した。
「知っての通り、この件に合わせて最近はまた魔素溜まりの出現が増えてきている。今日、朝一で片付けてきたもので、今年に入ってすでに三つ。この発生速度は四十年前、『神樹』を切り倒す前にも相当している。おそらく戦乱期前、『神樹』の苗が出現する前にも同じぐらいだった時期があったはず。どちらにせよ、早急にどうにかした方が良いのは間違いないでしょうね」
一度、ちらりと師匠の方を見る。村の世話役の一人としてなのか、それとも聖騎士の一人としてなのか、私たちの話を見守っている彼は、今も沈黙を守っている。先ほど姉に出してもらったお茶のカップを持ち、椅子に深く座って、地図を見たまま静かに聞いている。
その様子を見ていたら、私の視線に気づいたらしい。ふっと眼差しを上げ、目を合わせてくれた。
「師匠、どう思う?」
私の声に、皆の視線が、初代村長であり零の聖騎士である男に集まった。
「……現時点では、何とも言いようがないな。情報が足らな過ぎる」
師匠は、そんな私たちの表情を確かめるように目を細めた後、緩く首を横に振った。
その答えに、グイードが小さく息をついた。
「リチェ。さっき協力を求むと言っていただろう。村の警備や警戒の強化は分かるが、捜査の協力とは具体的になんだ? 何をしたらいい?」
どうしても暗くなりそうな場の雰囲気に、ジョイスが敢えて軽めの口調で言う。なんだか彼が若かった頃を思い出すような、そんな口調だった。わざとだったらしく、彼の方を向けば皺の増えた口元をくいっと上げて笑んでくれた。
「ありがとう。お願いしたいのは二つあるの」
礼を言ってから、視線を現村長のデュアンに向ける。言ってみろと言う風に目で促されて、私は目で頷く。
「一つはこの村にいる守護の狼たちのうち何頭かを貸して欲しいの。彼らの方が私たちより気配などに敏感だからね」
「なるほどな、捜索の手伝いを頼むのか」
「そう」
わかった、話をつけよう、とデュアンが請け合ってくれた。
モーゲンの村が普通とは違うところ、その一つは銀色の大きな狼たちが自由に出入りしていることだ。四十年前の『神樹』が出現した頃、縁あって村に住み着いた古き一族は、今もこの辺り一帯を守りながら村の人たちと共生している。
「もう一つは、次のターゲットになりそうな地域の人たちを、一時的で良いから受け入れて欲しいの」
なるほど、と、デュアンが頷いた。まだ了承の首肯ではない。続きを聞こうという頷きだ。
私は一度目を閉じ、言葉を組み立ててから口を開く。
「避難する人たちを王都に受け入れることも検討したのだけど、それまでの生活とあまりに違うところは互いに辛いし、王都は人の出入りが多いからね。その点、ここなら王都並みの守備力がありながら、穏やかな暮らしをさせてやれるから」
私の言葉に一つずつ頷きながら聞くデュアンはしっかり村長の顔をしていた。前代と前々代が同席はしているが、決定権をもっているのは現村長としてこの村の責任を背負っているデュアンだ。
デュアンは少し考えてから、一度リドルフィを見る。意見を求めるというより、何かを案じる目だった。
リドルフィはその視線を受けて、苦笑するように目を細め、僅かに首を横に振る。
「……リチェ、その件については少し検討の時間を貰おう。基本は少人数なら受け入れるつもりだが、時期はこちらで決めさせて貰いたい。理由の説明は、悪いが今は省かせて貰う」
「わかった。早めに色良い返事を貰えると嬉しいわ」
「あぁ」
そこまで話せば、今、私ができることは終わった。村の警備計画などはデュアンが中心となってジョイスやグイードと相談しながら村の面々とするだろう。そこは私がしゃしゃり出るべきところではない。
地図に立てたピンを抜き、回収しながらいくつか雑談を交わせば、この場はお開きになった。
早速相談をし始めたデュアンたちを置いて、私は部屋を出る。折角自分の家のベッドで眠れるのだ。少し早いがしっかり休もう。
「……リチェ」
部屋を出て階段を上がりかけたところで声を掛けられた。
振り返ると、ジョイスがこちらを見ていた。
「……大丈夫か?」
さっき言葉を切った時と同じ表情をしている。
その言葉だけで言わんとすることが分かった私は、そっと微笑んだ。
「大丈夫だよ、ジョイス。そんな顔しないでよ。もうあれから何年経ったと思ってるの」
私を案じる視線に向き合えば、小さく肩を竦めて言う。
意識して明るい笑顔を作る。
「私を誰だと思ってるの。天下の聖騎士様よ? 女性初の。それも、一の聖騎士! そりゃ、たまに思い出して、うーーってなる時はあるけれどさ。でも、大丈夫よ。何が来たって負けないんだから」
すでに上っていた数段をととんと降りてジョイスの前に立てば、相手の肩を、ぽんと叩く。
昔、あれだけ背が高く見えていた二代目村長も、今は重ねた年と苦労から随分と小さくなってしまったように感じた。女性にしては背の高い私と、目線があまり変わらない。
「心配してくれてありがとう。大丈夫よ、私は諦めが悪いからね」
にーっと笑ってみせれば、やっとジョイスも笑ってくれた。




