命じるもの
国葬を数日後に控えた夕刻。王城、執務室。
「報告は以上になります」
若く見目麗しい青年が洗練された仕草でお辞儀をした。
さらりと真直ぐな髪に整った顔立ち。纏うのは、よくある旅装束だが清潔感があり、全体的な印象も優しく誠実そうだ。よくもまぁ、こんな人材を見つけられたものだと今更しみじみ感心する。
彼は、表向きは、王都やその近辺の街や村で武勲詩を歌う吟遊詩人である。その正体は、私、グラーシア王国女王エレノアの部下の一人だ。市井に放っている諜報員。前王エイドリアンもかなりの数の諜報員を抱えていたと聞く。私も、この吟遊詩人以外にも何人か直属の部下として抱えており、その彼らの下には、さらに手となり足となって働く者たちもそれなりの数がいる。
「分かったわ。……そう、リチェが泣いてたの」
そうわざと口に出してから、ちらりと横に視線をやる。
私がいる執務机から斜め前、宵闇色のマントを付けた男が切れ長の目を更に細めていた。笑ってはいない。むしろ、面白くない、と言った表情だ。それもそうだろう。この男は、昔から名を出した一の聖騎士のことに執着しているのだ。ごく普通の恋慕というより保護欲と独占欲。こじれまくった恋心と仲間意識に、私は心の中だけでため息をつく。ある意味とても扱いやすいけれど、こんな思いを向けられているリチェは大変だとも思う。いっそ早く一緒になればいいのに。
「そう、ねぇ。……リチャード、あなた即興もできたわよね?」
「はい、ご用命とあれば。今すぐに?」
「えぇ、お願い。あの歌にワンフレーズ足して欲しいの」
ならば、竪琴を用意します、と言う彼に、頷き、それを許可する。すると、私たちのやり取りを受けて端に控えていた侍女が、すっと彼の隣へと近寄った。その侍女に促されて吟遊詩人は一度脇へ行く。目で追えば、小さなテーブルを使って自分の鞄から楽器を出し準備を始めた。
「二の聖騎士、敢えて今、私があの歌を弄ることにどう思う?」
視線をずらし、先ほどから微動だにせずに見守っている聖騎士に問えば、ほんの一瞬、間があった。
「……良いかと思います」
「なぜそう思う?」
「もし変えるのであれば、今ほどの機会はこの先にないからです。それに……」
「それに?」
先を促せば、二の聖騎士がこちらを見つめた。一の聖騎士とは違う、心を見透かすような視線に、私は微笑みで返す。やがて聖騎士は一度目を伏せると、またこちらを向き、口を開いた。
「陛下は怒っておいでですよね? それも大変に」
「えぇ、その通りよ」
一瞬躊躇いはしたものの、きちりと口にした男に、私はにこりと笑みを浮かべた。及第点だ。そう、私は現状に非常に怒っていた。裏でこそこそやっている者たちに。リドおじ様を侮辱する発言をしていることにも、あの武勲詩を改変してグレンダおば様を悪者に仕立てようとしていることにも、そして私の国を荒そうとしていることにも。表には何も出していないが、それでも、こちらの陣営にいる者のうち幾人かは、私が怒りで腸が煮えくり返りそうになっていることに気づいているだろう。今、私の目の前にいる二の聖騎士のように。
「準備ができました。陛下、どのように変えることをお望みですか?」
部屋の隅で何度か竪琴を鳴らし、調弦していたリチャードが戻ってきた。私がそちらを見やると、男は竪琴を片腕に抱いた姿勢で一礼する。その仕草は市井で歌う詩人のそれというより、宮廷楽師のそれだ。
侍女が用意した椅子に浅く腰掛け、竪琴を構える。こちらを見る目は真剣で、知的な光を帯びていた。
「最後の一つ前のところに、ワンフレーズ足して。……そうね、星になった英雄はずっと見ている。目を光らせているって内容がいいわ」
「……承知いたしました。初めから歌えばよろしいですか?」
「えぇ、お願い」
ぽろろん、と、竪琴がかき鳴らされる。幼い頃から何度も聞いた旋律だ。私も歌うことができるほど、この国に馴染んだ歌。新しい神話とも言えるその武勲詩を、リチャードはゆっくりと歌い始める。柔らかくメロディアスなのに、きちりと言葉を聞き取れる歌声と、それを支え絡む竪琴の響きが部屋を満たす。
「二の聖騎士」
「はっ」
椅子にもたれるようにして吟遊詩人の歌を聞きながら、私は呼ぶ。間髪入れずに返った応えにそちらに視線をやる。多くの民や、そして一の聖騎士が知らぬ表情で、私は言う。
「これで、あの者たちは本格的に動き出すでしょう。私はそれを許す気はないわ」
「……」
続く言葉を待つ男も、こちら側の人間だ。光以外をも直視し、抗い、時に食らう者。影で動くことを躊躇わない者。眩いばかりに真直ぐで、聖女のごとく清廉な一の聖騎士とは違う。
「おじ様には悪いけれど、リチェを旗として使うわ。だから、あなたは全力で守りなさい」
男の眉が、ぐっと寄った。表情が険しくなる。だが、全てを呑み込み堪えて、二の聖騎士セシルは口を開いた。
「この身に代えても」
「……あなたも生きていてもらわないと困るわ。これ以上駒が減ると不便じゃない」
そんなやり取りをしているうちに、曲は進み、クライマックスへと向かう。
私が指定した部分に差し掛かると、吟遊詩人は今まではなかった旋律を竪琴で奏で、繋ぎとした。ここまで繰り返された主旋律を少しアレンジした、感動を誘う響きに、私は口を閉じる。
「やがて空へと還りし英雄は
優しき光放つ乙女星の隣
一際明るく輝きて 迷いし我らを導きたもう」
柔らかく英雄譚を締めくくる言葉を足して、その余韻を残すように竪琴をかき鳴らした後、吟遊詩人は元々あった武勲詩の最後のフレーズを力強く歌う。
「我が歌うは 真実の歌
神と謡われし大樹より 民を守りし英雄たちの歌
朝を取り戻した英雄を称えよ
光を取り戻した英雄を称えよ」
目を伏せながら歌い、竪琴の残音も消えたところで、リチャードは顔を上げた。是非を問う視線に。私はにこりと微笑む。
「もっと天罰でも下してきそうな言葉にしても良かったけれど、まぁ、いいわ。この方が民には受けがいいでしょう」
ありがとうございます、と礼を言う男に、続ける。
「リチャード、国葬の後、それを国内に流行らせなさい。一番初めは……そうね、折を見て一の聖騎士を広場に向かわせるから、彼女の前で歌ってみせなさい。新たな英雄として彼女を民に覚えこませるのです」
「承知いたしました」
二の聖騎士が小さく眉を動かしたのが見えたが無視する。
一度目を閉じ、覚悟して、瞼を上げる。
「反撃に入ります。前王が広めた英雄譚を汚し、我が王国の秩序を乱す者たちに制裁を!!」
私、グラーシア王国女王エレノアは、宣言した。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
これにて第三章は終幕です。次より第四章に入ります。
今回のこのシーンは入れるかかなり迷っていました。ただ、ないと締まらないのですよね(汗)
今作では各キャラの視点とそれぞれが持つ物差しを強く意識します。
主人公リチェが見ているもの、その相方のセシルが見ているもの、亡くなったリドがみていたもの、そして女王エレノアがみているもの。
同じ方向を向いていそうで、見えているものは全く違う。それをしっかり描き切れるかが、今の私の課題のように思います。
ここ数日で、読んで下さっている方が一気に増え、少し、いや、かなり驚いています。白状すると心配で胃が痛いです(苦笑)
必死に書いてはおりますが、それでも拙い私の文章。
もしも誤字など見つけましたら、そっと報告を入れて下さると助かります。
また、実は今作は前作と微妙にテイストが違うし大丈夫なんだろうか、読者の皆様を置いてけぼりにしていないだろうかと結構びくびくしております。
もし、本当にもしお手間でなければ一言で良いのでお声を頂けたら嬉しいです。
もし良ければ、この先もお付き合いくださいませ。
どうぞよろしくお願いいたします。




