託されたもの
「……僕でいいんですか?」
「あぁ、クリス、お前だから頼みたいんだ」
そんなありがたくも勿体ないような言葉と共に、リドさんが頷いた。
知らせを受けて走っていってしまったリチェを見送った後、僕、クリスはリドさんに呼び止められた。
リチェたちへの伝言を預かって欲しい。そんな言葉に、僕は予感する。なんとなく、昔グレンダさんに頼まれた時の表情に、リドさんの顔が似ていて、不安になった。
そうして、彼の部屋で聞かされたことは、あまりに衝撃的で……。でも、なんだかとても腑に落ちた。
あぁ、だからだったのか、とあちこちの答えを貰ったような気分だった。
「……ご自分では伝えないんですか?」
穏やかな、でも、ほんの少し陰もある老聖騎士の微笑みに、僕はつい訊いてしまう。
訊いても意味なんてないって分かっているのに、それでも口から出てしまった。
そんな僕の様子に、リドさんは笑った。
「そうしたくはあるが、リチェたちは忙しいからなぁ」
離す約束をしていたのに今日もすっ飛んで行ってしまった、と笑う表情は師弟関係の師というより、父娘の父親のもので。その優しい微笑みに、つい僕まで苦笑してしまう。
「その点、お前さんなら事情も知っているし、何より誰よりも神樹や聖女についても詳しい。そして、リチェたちのことを頼めるだけの人柄も備わっている。……クリス、すまんが、保険として預かってくれ」
「……勿体ないお言葉です」
静かに目を伏せると、ありがとう、と、老いても低く心地の良い声でお礼を言ってくれた。
彼はソファに深く沈むようにして座ったまま、目を細める。
聖騎士養成校にある、主のいなくなって久しい部屋は、それでも掃除が行き届いていて、あちこちに置かれた植物たちも枯れたり萎れたりすることなく、元気に葉を茂らせている。部屋全体を包む、飾りっ気は少ないのに柔らかで温かい雰囲気は、晩年のグレンダさんにそっくりだ。
「クリスとも気が付けば長い付き合いになったな」
「そうですねぇ。僕が十七の時だから、もう四十年ぐらいです」
「もうそんなになるか。あの時のひよっこが、今では賢者だからなぁ」
育ったなぁ、なんて、彼は楽しげに言う。
僕もなんだか、懐かしくなって当時のことを思い出す。
昔、まだ駆け出しだった僕と幼馴染たちは、冒険者ギルドで受けた初めての依頼で、このモーゲンへときた。頼まれたのは魔物ですらない、毎年季節になると大量発生する大きなカエルの退治。大型犬ほどの大きさにまでなるカエルがわんさといる沼地で、ひたすら狩り続けるだけ。放っておけば襲ってもこないようなカエル相手に、わぁわぁ言いながら奮闘した。仲間の一人、短剣使いのアレフがカエルの亜種に気絶させられて、慌てた剣士のバーンがアレフを担いでグレンダさんのところに助けを求めたなんてこともあった。
その後、ちょうど僕らが村にいる間に大熊の魔物が出て、リドさんをはじめとしたベテラン冒険者たちがそれを退治するのも見学させてもらった。その際に馬鹿をやらかしたバーンとアレフを助けるために、グレンダさんは聖女としての力を使って僕らを助けてくれた。大人とは、こういうものだ、と、身をもって教えてくれた。
「アレフのやつも冒険者ギルド本部のギルドマスターですしね。バーンは今も現役ですが、そろそろ腰を落ち着けようかなんて言っていました」
「悪ガキどもも、本当に立派になったなぁ。俺も歳をとるわけだ」
もちろん、リドさんはアレフが今ギルドマスターをやっていることは知っているだろうけれど、言えば、そうだったなぁ、と、嬉しそうに頷かれた。アレフも多忙だし、ここ数年はリドさんも王都に顔を出す回数がめっきり減った。僕は神樹や聖女の研究をしていることと、リチェの手伝いもしている関係でモーゲンにもよく来るが、アレフは多分もう何年も来ていない。バーンも多分同じような感じだろう。今度の星送りの時にでも二人を誘ってみようか、なんて思う。
「……その、リドさん。一つお聞きしてもいいですか?」
「ん。なんだ?」
僕は、壁の本棚に収められたグレンダさんの日記などに目をやってから、もう一度リドさんに視線を戻す。以前から気になっていたこと、今まで聞かずに来てしまったことを、聞ける機会があるとしたら、もう今しかないように思えた。なのに、いざ聞こうと思うと中々言い出せない。
口を開き、だけど言えず、一度閉じ。視線が床に落ちる。頭の中で言葉をもう一度組み立て直してから、再び顔を上げ、彼の青い目を見つめる。
僕の様子を、ただ穏やかに微笑みながらリドさんはじっと待っていた。急かすことも、促すことも、そして遮ることもなく、ただ、待っていてくれた。
やがて、僕がやっと口にした問いに、最後の聖騎士は、そっと微笑んだ。
「そんな風に考えるお前だから、託すんだ。……リチェたちを頼む」
老聖騎士は、老いてもなお、揺らがない。
あの頃、僕が見た背中は今も大きく、追いつけそうにはない。
それでも、僕はゆっくりと目を閉じ、頭を下げた。
「確かに承りました」
さやさやと風が木の葉を揺らしている。その木漏れ日が窓から差し込んでいて、部屋を優しく照らしている。
あの時……聖女自らが書き上げた文献を預かった時に似た光景に。
僕は、自分が託されたものへの覚悟を決めた。
番外編の、クリスがグレンダから託されたシーンも良ければどうぞ。
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