失わなかったもの
王都の広場は今日も賑わっている。
「あー、もう疲れた……」
王都にいるなら出席してください、と引っ張り出された会議で、数字だらけの資料と、いつ終わるのかも分からない言い合いにげんなりした私は、また広場へと逃げて来ていた。
何度言えば分かってくれるのだろう。予算申請だとか書類だとかは私は苦手だと。戦術考察とかなら喜んでやるが、帳簿云々やら書類の型がどうこうだとかは得意な人たちでやって欲しい。私に聞かれても困る。どうせ私がいなくても決められることなのに、なぜ会議に出したがるのか。
会議の休憩時間に素知らぬ顔をして王城の会議室から逃げ出し、そのまま城下町の広場へと来てみれば、青空の下、多くの人たちが笑っていた。
広場に面した店で忙しく働く売り子、冒険者ギルドから出てくる若者、商業ギルドに入っていく商人、街を行き交うたくさんの人たち。話し声も足音も賑やかだ。
広場の真ん中、噴水のところには、いつかの吟遊詩人が腰かけている。まだ調弦の最中らしい。時々ぽろろんと鳴らしては竪琴を弄っている。
「おにいさん、一つちょうだい」
「はいよ。味はどうする?」
広場に出された屋台の一つに近づけば、私は店主に声をかけた。
屋台の棚にはいくつもの種類の果物やソースなどが入った瓶が並んでいる。美味しそうに見えるよう並べた順も工夫してあるようで、彩り豊かで華やかだ。
「そうだねぇ。チーズクリームとー……あれ、桃なんてもうあるの?」
今はまだ春だ。桃の季節じゃない。なのに籠に盛られていた小ぶりな桃を見つけた私は店主に聞いた。
「あぁ、なんでも新しい品種らしいよ。甘いし瑞々しい。おススメだよ」
「じゃあ、それで。あと、そこのナッツもかけて」
「いいねぇ。間違いない組み合わせだ」
店主はにかっと笑って、丸く薄い皮の上に、ぽてっとチーズクリームを落とす。
その上に、目の前で器用にむいて見せながら桃をカットしてのせた。さらに刻んだナッツを散らす。
慣れた手つきでくるくると細く巻き、更に紙で包めば、ほい、と私に差し出す。
ありがとう、と礼を言い、私はコインを五つ懐から出して渡してから、それと交換するように出来立てのお菓子を受け取った。
「ん-……」
どこに座ろうかと辺りを見渡す。また会議に連れ戻されるのは嫌だからできるだけ見つかりづらいところがいい。ぐるっと視線を走らせれば、ちょうど王城への道に背を向ける角度で、しかも木陰になる位置のベンチが空いていた。おまけに吟遊詩人からも近い。ちょうどこれから歌うようだしあの席が良いだろう。
私は右手に買ったお菓子、左手に別の店で買ったレモネードを持ってそのベンチへと歩いていく。
念のため、もう一度周りを見渡してから腰を下ろした。いい感じに木陰になっているし、騒がしい店等も近くにない。とても良い感じだ。
「本当ね、こんな晴れた気持ちのいい日に数字ばかり見てたらカビちゃいそう」
風通しが大事だよ、なんてついついボヤキながら、レモネードのカップを自分の横に置き、お菓子の包装紙をむく。逆側から中身が垂れてこないように包みを折りながら引き出せば、大きく口を開けて一口齧った。
生地の控えめな甘さに、チーズクリームの滑らかさ、桃のみずみずしさが合わさってとても良い。
追加してもらったナッツも良いアクセントになっている。もぐもぐとよく噛んでから飲みこみ、カップを持ち上げてレモネードを喉に流し込む。
「あー、生き返るー……」
本当はエールの一杯でもひっかけたいところだが、流石にそれは自重した。
ぽろん、と、竪琴の音が今までより大きめに響いた。どうやら歌い出すらしい。視線を向ければ、吟遊詩人が立ち上がり、洗練された仕草で礼をしている。
「我が歌うは 真実の歌
神と謡われし大樹より 民を守りし英雄たちの歌……」
馴染みの歌い出しに、私は目を細める。
ほんの一瞬、フォーストンのあの歪められた武勲詩を思い出したが、今、歌っているのは少し前に私の涙を拭いてくれた吟遊詩人だ。彼が歌ってくれるのなら、正しい歌詞の、私がよく知っている養父母の物語だろう。
よく響く柔らかな歌声に、街行く人々がそちらを向く。連れとおしゃべりをしていた人も、会話を一度止める。
私はそんな様子を眺めながら買った菓子を少しずつ食べる。
その土地の美味しいものを食べること、そして、吟遊詩人の歌を聞くことは、私の数少ない趣味だ。立場柄あちこち出向くため、気が付けばそんな状態になっていたのだ。
むぐむぐとクレープを口に運びながら、すっかり覚えてしまっている武勲詩の歌詞に、一つずつ頷く。養母はこんな歌困るなんて恥ずかしがって言っていたが、歌詞はよく考えられているし、旋律も覚えやすく耳に残る。この武勲詩が流行るまでも養父があれこれ画策していたのではと今では思う。それぐらいやっていてもおかしくない人だった。
「……え?」
のんびり食べていたクレープも終わり、包み紙を畳んでいれば、ぽろろろん、と竪琴が、覚えのない部分を奏で始めた。びっくりして顔を上げる。見れば周りの人たちも足を止めている。
「やがて空へと還りし英雄は
優しき光放つ乙女星の隣
一際明るく輝きて 迷いし我らを導きたもう
我が歌うは 真実の歌
神と謡われし大樹より 民を守りし英雄たちの歌
朝を取り戻した英雄を称えよ
光を取り戻した英雄を称えよ」
私と、街行く人々の注目を集めながら、吟遊詩人は今までなかったフレーズを謳いあげ、そこに元々あった終わりの部分を繋げた。
余韻を残して竪琴の弦から指を離せば、歌い始める前と同じように立ち上がり優雅に一礼する。
ほんの一瞬、広場から音がなくなって……。
次の瞬間、初めは静かに、そして段々にたくさんの人々を巻き込んだ大きな拍手が沸き起こった。
その様子を見ていた私は、何度も何度も瞬く。
「……師匠、みんな、師匠のことを覚えているみたいだよ」
年配者を中心に何人もが吟遊詩人を囲み、「もう一度歌ってくれ」「今の部分を覚えたい」なんて言っているのを聞いて、私は目元を拭う。
ここにはまだ、謳われている英雄がちゃんと実在していたことを覚えていて、この先まで歌を残したいと思ってくれている人たちがいた。
養父母たちの歌は、ちゃんとこの地で愛されていて、それがなんだかひどく嬉しかった私は、この前のように両手で顔を覆う。
ふ、と、気配を感じて顔を上げれば、多くの人に囲まれた吟遊詩人が目の前にいた。
「涙を拭いて下さい。聖騎士様」
いい声と共に、白く清潔そうなハンカチが差し出される。
私は名前も知らない街の人たちが、彼の周りでうんうんと頷いていた。
この中に、私が歌の英雄と聖女の娘だと知る人はきっといないだろう。それでも、私が纏う騎士服が聖騎士のものだと知っている人はたくさん居る。この色彩の騎士服を着て、この街を歩いていた英雄の姿を覚えている人たちがいる。彼らにとって私は、謳われた英雄と同じ聖騎士なのだ。聖騎士という存在の意味は、ここ王都ではまだ失われていないのだ。
だからこそ、つい先日英雄であり聖騎士だった仲間を失った私を、こんな温かな目で見守り、微笑んでくれているのだろう。
きっと情けない顔になってるな、と自覚しながら、泣いた目のまま、私はくしゃりと笑った。
……気付いた人、いるかな?(笑)
第三章の本編はこれにて閉幕です。
ここまでお付き合い下さり、ありがとうございました。
この後オマケのシーンを三つ挟んで、第四章開幕となります。
第三章。前作を読んでから今作を読んだ方だと、色々と思うところもあったのではないでしょうか。
リチェが十八の時に星になったグレンダ、そして今、リチェは四十六。
二十八年、亡き妻を想いながら、亡き妻が愛した世界を守り続けていた英雄リドルフィ。
自分が書いている物語の登場人物ですが、私は他の誰よりもリドルフィ視点だけは書けないなと常々思っています。
他の登場人物たちよりも覚悟が強すぎて、私では彼の思考が追いきれそうにないのです。
そんな彼が去った後も、リチェたちの物語は続いていきます。
もし良ければ、この先も見守って下さい。
おまけ。
すごーくどうでも良いのですが、リチェが食べている屋台のクレープは、前作第三章冒頭でグレンダが食べていたものと同じでした。(笑)
実はあっちこっちにこっそり、前作や短編集からのネタを使っています。
モーゲンのカエルの干し肉とか、ね。ちょっとでも楽しんでもらえたら嬉しいです。




