失われるもの29
その晩は、王城の自室に泊った。
ごく当たり前のように部屋に来たセシルと、候補生時代やその後の思い出話に花を咲かせる。
会話の内容は自然と亡くなった師匠のことや、さらにもっと前に亡くなっている養母のことが多くなった。
師匠がいた頃の他愛のない日常を、一つずつ丁寧に掬い上げるように話題に載せた。
誰でもない、セシルとだから出来た昔話。共有した時間が長いからこそ、故人を偲んで何時間でも話すことができた。
夜遅くまで話して、笑って、泣いて、師匠はもういないのだという事実を噛みしめた。
彼の亡くなった当日以外、わざと忙しくして置いてけぼりにしてしまっていた気持ちを、ようやく抱きしめて自分の中に収めた。必要な時間だった。多分、付き合ってくれたセシルにとっても。
そうして、私はセシルの腕の中で眠った。夢も見ず、ただ深く、深く眠った。
ほんの少しだけ、昔、養父母と姉と私、四人で眠った夜のことを思い出した。
「リチェ、来てくれてありがとう」
そんな言葉と共に座るよう勧めてくれたのは、女王エレノアだった。
つい先日と同じ部屋だが、前回と違い飾られた花は少なく、テーブルに用意されているお茶菓子も控えめだ。何よりこの部屋の主であるエレノアの服装が違う。普段であれば、国を導く者として、明るい将来を予感するような、白を基調とした映える色合いのドレスを着ていることが多い。しかし、今日は喪に服し限りなく黒に近い紺色のドレスを着ている。化粧などもとても控えめだ。
「エレノア、ううん、女王陛下。この度はありがとうございました」
私は勧められた席に腰を下ろす前に、一度丁寧に礼を言った。身につけている聖騎士の騎士服に合わせ、男性のやり方でお辞儀をする。そんな私に女王エレノアは、ゆっくりと頷いた。
「英雄リドルフィ殿の冥福を祈ります。……彼は、きっと一番明るく目立つところで光る星になるわね。グレンダおば様の優しい光り方をする星のすぐ横で」
「えぇ。きっと」
女王としての表情で悔やみの言葉をかけてくれた後、エレノアはいつものように私に身内として微笑んだ。続けられた言葉に、私はくすりと笑う。たしかにそうだ。養父は誰よりも大胆にその身を晒し、揺らがず、人々を導き続けた。星になっても、きっとそれは変わらないだろう。そして、この先はもう離れることもなく、ずっと養母と一緒だ。仲睦まじく空から二人、私たちを見守っていてくれるはずだ。
「さぁ、座って。今日はあまり時間がないから、これ以上はお作法的なやつは抜きよ」
「はい」
もう一度着席を促されて、今度は素直に座る。目の前にさっと用意されたお茶とお菓子にはまだ手を伸ばさず、次の言葉を待った。対してエレノアは、カップを持ち上げる。優雅な仕草で一度カップに唇を付け、こくりと飲んでから話し始めた。
「リチェ、あなたの場合、少しでも耳に入ってしまった時点で隠してもダメよね。だから、話すわ。察している通り、リドおじ様が亡くなったことで動き出そうとしている勢力がいます」
カップを置いたエレノアは、真直ぐに私を見て言い切った。私はその青い瞳を真正面で見つめ返す。
可憐な整った彼女の顔が、悲しげに曇る。そんな曇り顔すらも計算されたような美しさだが、私にはわかる。これは本当に悲しいと思っている顔だ。
「おじ様はセドリック大司祭と共に、神殿が掲げていた神樹崇拝を排除し、崇拝の対象を聖女へと変えました。神殿は、神樹と聖女についての真実の隠ぺいを行っていたことを認め、全信者への謝罪を行い、改革を受け入れました」
淡々と事実としてエレノアは続ける。彼女の言っていることは私も実際に見てきたことだ。当時まだ子どもだった私は、神樹が切り倒されるその場にいたし、聖女と神樹の関係についても一般人より遥かに知らされている。
「……その宗教改革を行う際、処罰を受けた者がいます。戦乱期に何人かの聖騎士たちの殺害に関わった可能性もあるとされた者も含め、一族丸ごと処罰対象となった家系もいあったわ」
私はその言葉になんとなく察する。フォーストンで聞いた、書き換えられた武勲詩は意図的に聖女の部分だけをぼやかされたり、神樹との関係を逆転させられていた。気が付けば奥歯をきつく噛みしめていた。今、きっと私はとても険しい顔をしていることだろう。
「前王エイドリアンの頃から、彼らは機会を探していたようだけど、何か起こそうとするたびに、どうやってか事前に察したおじ様が未然に防いてくれていたの。私に世代交代した後も、ね。自分では動かなくても、私に知らせてくれたりなど、必ず対処できるようにしてくれていた……」
そこまで話して、彼女は目を伏せた。エイドリアン前国王が亡くなった後、王族でもあり零の聖騎士でもあるリドルフィは、まだ年若かった女王エレノアの相談役として政界にも目を光らせていた。かなり高齢になるまで王城に出入りしていたことは私も知っている。ただ、貴族たちにそんな動きがあり、そしてそれを師匠が沈静化させていたことは知らなかった。
「おじ様が亡くなったことは、多分皆が思う以上にこの国にとって大きいわ。……まだ、全ての裏付けはとれていないけれど、おそらくあなたが行ってくれたバーレアの件も、この者たちの仕業でしょう」
「……」
「彼らは、近いうちにこちらに宣戦布告を叩きつけてくるでしょうね。今の聖女信仰の神殿は私の配下だから。聖なる神樹を排除し、崇拝対象を聖女などと怪しげなものへと信仰を変えたとして、私を断罪するつもりなのでしょう。そして、それに関わっている貴族たちは、残念ながらそれなりの数がいそうよ」
淡々と。淡々と、感情をのせぬままエレノアが言う。矛先が自分に向かっていると知りながら、嘆くでもなく、怒るでもなく、高い可能性として冷徹に処理すべき対象としてとらえているのだと、その口調で分かった。
「……リチェ、そんな顔をしないで。私、これでもかなり怒っているの。おじ様は間違ってなんていない。この国のために、そして未来の聖女たちのために、正しい情報を残し、誰かが犠牲になることなく続く明日を作るためには、あの改革は必要だったの。それを踏みにじろうとする者は、私、女王エレノアが許さないわ。あなたにそんな顔をさせたことも含めて」
先までの声色から、ふっと揺らいで悲しみののった声になった。ほんの僅かに震える声に、憂えるような静かな微笑みに、納得ができないことがあると大泣きしていた幼き日のエレノアを思い出した。




