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探求者  作者: あきみらい
第三章 失われるもの
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失われるもの28


 扉を薄く開けた状態で聞き耳を立てているセシルに抱きこまれ、私もそのまま身動きできず様子を窺う。

どうやら扉の向こう、廊下に男性ばかり何人かいるようだった。

どこかの個室に入る気配はなく、たまたますれ違ったから挨拶ついでに話しているといった雰囲気だ。

聞こえる声からすると、割と年配な男性が、多分三人?


「ですなぁ」

「準備の方は順調に進んでおりますよ」

「あぁ、助かります」


 交わされている会話の内容と、そしていつもよりもピリピリと張り詰めたセシルの様子に、私は少し落ち着かなくなる。何? 何の話をしている? さっぱり状況は分からないのに、なんだかひどく嫌な感じがする。

 説明を求めて視線を上げるも、セシルはこちらを向かない。薄く開いた扉の隙間に目を眇めている。私のところからは見えない何かを見ている……?

全神経を集中して情報を収集しているのだと分かるその様子に、私は問うことをやめる。代わりに私も耳を澄ます。


「おや、先日のは失敗したと聞きましたが」

「あれぐらいは想定の範囲。いくらでも替えはいます。それより……」

「あぁ、大丈夫です。ちゃんとご用意できますとも」


 注意深く聞いていたのに一部聞き取れなかった。くくくっと笑う声が響く。


「しかし、ようやく本格的に動き出せますな」

「いやぁ、長かった……。あの歳でいつまでもくたばらないから、危うくこちらが先に逝くかと思いました」

「ははっ。ご冗談を」


 段々分かってきた。しぶとかった、なんて言われていたのは師だ。死を待ち望んでいたような言い分にぎりぎりと奥歯に力が入った。ぎゅうと握った拳にも痛みを覚える。あんな、あんな言い方……っ!!


「やっと我らが英雄殿がいなくなりましたからな」

「まったく、老害とはまさにこのこと」


 聞こえた内容に思わず声が上がりそうになるも、その直前にセシルの手に口を覆われた。

むぐ、っとくぐもった呻きが零れる。

 それを警戒したのか一瞬あちらの会話が途切れた。その瞬間に、私はセシルから抱き込まれ、有無言わさぬ強さで唇を奪われた。


「ん、んんん……っ」


 あまりのことに荒めの吐息が漏れる。唐突な唇をただ合わせるだけではない口付けにびっくりして、何度かセシルの胸を叩くが離れない。


「……やぁ、若いっていいですな」

「お邪魔しては申し訳ない、年寄りはホールに戻りますか」

「そうしましょう」


 はっはっはっと、どこか演技かかった笑い声と共に足音が遠ざかっていく。

しかし、私はそれどころではなくて。

かくん、と、力が抜けたところを、私をそんな状態に陥れたセシルが支えた。

荒く息を吐きながら、恨めしげに見やるが、セシルは真顔のまま扉の外を窺っていた。

あれだけ熱い口づけをしておきながら、そんな淡白な様子に私はなんだか悔しくなる。こちらのミスを咄嗟に隠すためにやったのだと頭では理解したのだが、微妙に体の芯に残ってしまった熱に感情が振り回されている。抱き支えられた状態で、半ば縋るようにしながら項垂れた。


「……すまない」


 やがて、ぱたんと扉を閉めたセシルが謝った。


「こっちがごめん」


 あの場で強引に止められなかったら、多分私は扉を開けて出て行っていた。

師であり養父である零の聖騎士リドルフィの死を、あんな風に言ったのが誰なのかを即座に確かめに行ってしまっただろう。場合によっては胸倉を掴んで怒鳴り散らすぐらいやってしまったかもしれない。

それを止めて、しかも零れてしまった気配をカバーするには、ああするしかなかった。分かってはいるのだ。分かってはいるけれども。


「……セシルは、なんとも思わないの?」


 つい、食って掛かる口調になる。あんな口付けをされたせいで目尻に溜まっていた涙が、その勢いに散った。抱き合う至近距離で、顔を上げて睨めば、やっとセシルと視線があった。

彼は直には応えず、扉の施錠を確認してから、私を抱き込んだまま道連れにしてソファへと戻る。

座れ、と、肩を上から押されてソファに腰を落とせば、そのすぐ横に自分も座り、私を抱きしめた。


「思わないはずがないだろっ」


 彼にしては強めの言い切りが、私の耳を打った。私はぐぐっと口や目元に力を入れる。でも、無理だった。ぼたり、と雫が落ちて騎士服の黒いズボンを濡らした。それを追うようにして、ぱたぱたといくつも涙が零れ落ちる。どんなに抵抗しても涙は止まらなくて、嗚咽まで零れ始める。


「……あんな、言い方って」


 私は、師がどれだけのことをしてくれていたのかを知っている。長く知らずにいた部分も先日クリスが教えてくれた。

 零の聖騎士リドルフィは間違いなく、この国の人々を守っていた。まるで神樹を背負った聖女グレンダと同じように、ただ一人静かに。誰にも言わずに、他の誰も背負えないものを背負って、それでも何でもないことのように笑っていた。人知れず、ごく当たり前のようにあの人たちのことも守っていたのだ。


「くやしい……っ」


 子どもみたいに俯いて肩を震わせ泣く私を、ぎゅっとセシルが抱きしめる。


「リチェ、あれは、俺が対処する」


 口調が怒っていた。私と違って静かに、だけど、より深く怒っていると分かる声音に、私はビクッと震える。私はセシルを怖いと思うことは基本ない。でも、今はその様子が怖いと感じてしまうほどに、彼は怒っていた。


「というより、もう既に俺とヴィンスで対処し始めている。女王陛下の耳にも入っている」

「え……」

「だから、お前は関わるな。あれは俺にやらせろ。俺の領分だ」


 反論を許さない声音で言い切った。その強さに、気が付けば私の嗚咽も止まっていた。

自分でもかなり情けない顔をしていると思う。それを自覚しながら顔を上げれば、ゆっくりと腕を解かれる。見つめ合う。端正な顔が近づいてきて、その唇が私の濡れた瞼を拭うように触れた。右に、そして左に。


「……すまない。あんなものを、お前に気付かせるつもりはなかったのに、聞かせてしまった。リド師匠に叱られるな」

「セシル?」

「お前は、本当の方の行方不明の件を追え。あれはお前しかできない。こっちは騎士団と俺らでなんとかする」


 さっきまでの怖いほどの怒りを治め、セシルは小さく苦笑する。


「葬儀の後は、また別行動する。……リチェ、だからって言って一人で変なものに飛び込むなよ? 現場へはせめて暁も連れていけ。頼むから」


 その言葉に、私は、うん、と頷いた。




砂吐きバケツ、一応置いておきます。(脱兎)

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