失われるもの27
しばらくして、そろそろ戻った方が良いだろうと立ち上がる。
扉を開く前に私は首元のスカーフをしっかり巻き直し、髪も軽く整え直した。
セシルに「どう?」と訊けば、ややおざなりに「いいんじゃないか?」なんて返ってきた。そこで大袈裟にカッコいいとか綺麗だなどと褒めてみたりしない辺りが、やっぱりセシルだな、と思う。
師匠リドルフィという、大きな存在を私は失ってしまった。
いや、私だけではない、きっと私以外にも彼の死を重く受け止めている者は多い。
こんな歳になっても、知らないところで守られていたのだと、ここ数日だけでも随分と痛感させられた。クリス経由で聞いた、魔素溜まり絡みのこともだし、史上初の女性聖騎士としての立場もだし。実質上社交界では引退し、姿を現さなくなっていても彼の存在が大きな抑制力になっていたのだろう。令嬢たちはともかく、さっき挨拶しに来た者の中には、今まではしないような態度をとった者も何人かいた。肌感覚的に、舐められている、と思ったのは恐らく気のせいではあるまい。
ちらりと横を向けば、セシルが何かを考えこんでいた。
「どうした?」
扉の前、隣に並び聞けば、視線がこちらを向く。
私をじっと見て、しばらく考えた後、うむ、と頷いた。
「いや、この配色のドレスを作るのありかもしれないな、と」
「……」
返ってきた予想の完全に外の言葉に、私は思わずセシルの横腹を軽く小突いていた。
「大真面目な顔して何考えてるのっ。……何、聖騎士色のドレス作って、セシルが着るの?」
「なんで俺なんだっ」
着るのはお前だ、お前! と言われて、私は顔を顰める。
ちらっと彼自身が言ったドレスの話からここまで頭の中で捏ね繰り返していたのだろうか。だとしたら、さっきの彼の言葉に少し救われていたのに、台無しだ。私の感動を返して欲しい。
「なんで私がドレス着る必要があるのよ。私は聖騎士よ。ドレスなんて要らないじゃない」
「俺が見たい」
真顔で何か言ってきた。思わず見上げた私を、手のひら一つ分ほど上からセシルが見下ろす。
冗談を言っている顔ではなくて、大真面目な表情で彼は続けた。
「確かに少しばかりお互い歳はとったが、お前は綺麗だ。あの令嬢たちよりも、ずっと。……男扱いされて困惑するなら、こういう場では聖騎士の騎士服ではなく、聖騎士としてのドレスを着るのはありだろう」
「……ちょっと、何言い出してるのっ」
さっきと違う方向で励まそうとしてるのか何なのか。しかもこんな内容なのにどこか理路整然としているあたりが彼らしい。
「よし、作ろう。今まで女性聖騎士はいなかったのだから、リチェ、お前が前例を作ればいいんだ」
俺が用意してやる、と微笑んだ男に、私は大きくため息をつく。
多分こうなったら私が何を言っても聞かない。そのうち忘れた頃、私の目の前にドレスが出てくるのだろう。聖騎士の騎士服と同じ色彩のドレスが。彼の実家は貴族だ。別行動の時には貴族の一員として社交場にも出ていると聞いている。そうすることで私ではできない情報収集や折衝なども行ってくれている。以前、若い頃に成り行きで贈られたドレスは、それなりに目が肥えているらしくセンスの良いものだった。彼を黙らせるために私が自分で作るよりも、彼に用意させた方が確実に良いものがでてくるだろう。
「セシル、もしかして飲んでる?」
「初めの一杯だけな。酔ってはいない」
「そう……」
ゆるく首を横に振れば、頬に手が伸びてきた。そのまま額に一つ口付けが落ちてくる。
さっきと少し似ているのに、さっきと違って微妙に脱力するのは何故なんだろう。
「俺らは師匠とは違う時代の聖騎士だからな。お前がお前らしい聖騎士であるために、俺たちとは違う戦衣装があってもいい。戦いは何も剣を振るうだけとは限らない」
言いたいことは分かるが、彼の欲の方が大きいような気がする。社交界において同じ色彩の衣装を着るということは、パートナーであると周りに知らしめることでもあると聞いたことがある。獣人であるガルドはこういう場には基本出てこない。ヴィンスは年若いが妻帯者だ。叙任された次の年に許嫁と結婚している。つまり、私が聖騎士の配色のドレスを着た場合、揃いの衣装とみなされるのはセシル一人だ。
先ほど、私が一人になっていた間、そういえばセシルは何人かと話をしていた。そこでまた何か言われてきたのかもしれない。先日の実家に帰ったら見合いの席が設けてあり、しかも相手に夜這いをかけられそうになったなんて話もまだ覚えている。
「セシル、レースふりふりとかリボンいっぱいとかは勘弁してね」
諦めた口調で言えば、彼は頷いた。
「あぁ、お前に似合うカッコいいドレスを用意してやる」
そう言いながら、彼は扉に手をかけた。
私をエスコートする風に振る舞う様子に苦笑する。こちらは今は騎士服なのに。
二人揃って扉をくぐろうとして……。
「リチェ、待て」
潜めた声に制止された。先ほどまでの大真面目なのに少し楽しそうだった声とは全く違う。明らかに警戒している風の声音に、私は素直に従う。
「……やっとですな。本当にしぶとかった」
聞こえてきた知らぬ低い声に、私は眉を顰めた。間近にいるセシルを見上げる。彼はこちらを見ず、ぎりぎり外の声が聞こえるだけ扉を薄く開いたまま、向こうを窺っている。抑えるように、彼の片手が私の肩に置かれた。
X上でバズってしまったおかげで、前作がとんでもないところ(総合ランキングとか)まで飛んで行ってしまいました……(汗)
本当は100話目いったよ!とちょっとX上でもアナウンスしたかったのですが、びびりーな私には出来ずにいます。
ここまでついて来て下さった皆様、本当にありがとうございます。
何十年も前に失踪してしまっているトゥーレの話、神樹絡みと思われる集団行方不明の話、そして二章での模倣犯の話と、今回の怪しい人たちの話。
物語はどんどん複雑な方向に。大丈夫なのか、私、本当に描き切れるの!?とビビりながらも書き進めています。
よかったら引き続き、物語の行方を見守って頂けると嬉しいです。




