憧れるもの9
その日の夕食後。食堂裏の屋敷にて、会議が始まった。
元々村の村長宅として作られた家は大きく、客間や余剰の部屋が用意されている。
初代村長のリドルフィがまだ存命のため、二代目ジョイスが屋敷を継ぐことはなかったが、三代目はリドルフィの養女エマの伴侶となったデュアンだ。実家の宿を妹に継いでもらったデュアンは婿として屋敷に住むことになり、図らずも屋敷は再び村長宅として使われるようになったのだった。
「姉さん、ありがとう。ごめん、部屋から出ていてね。ちょっと聞かせられない話をしなきゃだから」
「どういたしまして。わかった。部屋に誰もいれないようにしておくわ」
着席した全員にお茶を配って歩いていた姉に、礼と共に言う。
追い出すような物言いになってしまって申し訳ないが、内容が内容なだけに、一般人である姉エマにはまだ聞かせるわけにいかない。こちらの言葉に苦笑を浮かべ、姉は、分かったわ、と素直に頷いてくれた。
「……あまり遅くならないようにね。リドさん、無理しちゃダメよ」
「あぁ、わかった」
私の隣にいる養父に声をかけ、ついでに持ってきた上着を彼の肩にかけると、すっと去っていく。
こういう気遣いをさりげなく出来る辺り、姉はすごいなと感心する。私には未だに真似できそうにない。
「さてと。まどろっこしいのは嫌だから、さくさく話すわ。質問は都度挟んで」
会議卓にグラーシア王国内全域を含む広域地図を広げて、私は切り出した。子どもの頃から知っている身内ばかりなので口調は砕けたままだ。だって畏まった話し方は疲れるし、別に今は必要ないもの。
あらかじめ用意しておいたピンを、プスプスと地図に刺していく。
王都から近いものもあれば、遠いものもある。どれも村や街のある場所だ。合わせて五カ所。ピンを刺し終えた私は顔を上げる。
その場にいる他の五人に一人ずつ目を合わせた。
「今から話すことはまだ一般には告知されていないので、私から良いと連絡がいくまでは他言無用でお願い。悪いけど家族にもまだ黙っていて」
「了解した」
「わかった」
二代目だったジョイスと、現村長のデュアンが頷く。同席している聖騎士養成校の学長グイードも了承したと首肯する。
師匠であり零の聖騎士であるリドルフィには昨晩話してあるので確認する必要はない。また、リドルフィに呼ばれて王都から駆け付けた王宮魔導師のクリスは、ここしばらく私と同じ仕事をしていた。これから話す内容をすでに知っている。こちら側の陣営の一人だ。
「今、ピンを刺したところ。小規模集落が四つ、街道筋の街が一つ、合計五カ所。公にはされていないけれど、この半年の間に立て続けに行方不明者が出ているの。三カ所目が発覚した時から極秘に調査を行っているけれど、未だに手掛かりはゼロ。少なくない人数が消え失せているのに目撃者情報すらまったくなし。国は本件を特級の警戒案件と設定。現在、私を含め三人の聖騎士がこの案件の調査を行っているわ。私が今回帰ってきたのも、その一環ね」
一気にそこまで話し、一度言葉を切る。
全容を知らぬまま同席している三人は、真剣な顔をして聞いているが、まだその重大さにぴんと来てはいなさそうだ。それもそうだ、こんな事件、詳細まで聞かずに察する者がいたらそれこそあやしい。重要参考人として引っ張っていった方が良いレベルだ。
「かなり地域がばらけているな。若干西寄りには見えるが……」
「温泉地のポロもか。あそこは集落自体が小さいからいなくなった者がいたらすぐに騒ぎにならないか?」
「それを言ったら、こっちのイーレアもだろ。織物で知名度はあるが確か数軒のみの村だったはずだ」
「えぇ」
あそこはどこの村だ、こっちは……と、あがる声に、一つずつ頷く。皆、元は騎士や冒険者だったのもあってよく知っている。
「……しかし、行方不明なんてこんな言い方したらあれだが、よくあること、だろ? また、なんで……」
普通は聖騎士が対応するような案件にはならないし、それこそ箝口令なんて話だって出てこない。
この場にいた全員を代表するように呟いたグイードに、私は、うん、と頷いてみせる。
「そう、普通の一人や二人ずつの行方不明者ならね」
私の言葉に今度こそ察したらしいデュアンが、苦虫を噛み潰したような顔になった。
「村落や、街はずれの一角、人数としては最小は六人、多いところで三十人弱、そこにいた住人が丸ごと、ある日突然行方不明になったの」
こちらの言葉を待つ視線に、私は目を伏せて、吐く息に混ぜるようにして告げる。
「繰り返すけれど、現時点では手掛かりは一切なし。段々に一度の人数が増えている。……そのうち、この村、モーゲンと同等レベルの集落も丸ごといなくなる日も来るかもしれない」
「……」
話す間、皆がこちらを見ているのが分かった。
「モーゲンの村長及び村の世話役、そして聖騎士養成校学長に告げます。警備及び警戒の強化、そして捜査の協力を要請します」
瞼を上げ、聖騎士の顔になった私は、硬質な声で言った。




