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再び動き出す旋律

ここは、喫茶「黒紅館」。

レトロで穏やかなこの空間の奥には、決して表に出せない“旋律の影”が潜んでいる。


ロンドが置いていったオルゴール。

その音色が告げたのは、アルペジオの異変と崩壊の兆しだった。


かつて理想に燃えて立ち上げた組織が、いま何を求めて変わろうとしているのか。

胸の奥で眠らせたはずの旋律が、再び響き始めていた――。

 夜の黒紅館は、昼の賑わいとは打って変わって静寂に包まれていた。

 レオンはカウンターに腰を下ろし、オルゴールを指先で軽く転がす。


 閉じられた真鍮(しんちゅう)の蓋からは、もう音は鳴らないはずなのに、旋律の残響だけが消えてくれない。

 まるで、自分を責めるように響き続ける。


「……世界そのものが壊れる、か。」


 ロンドの言葉を何度も思い返すたびに、胸の奥がざわめいた。

 あれほど距離を置いたはずの“アルペジオ”の理想。

 でも、その理想を信じて支えてくれた仲間の顔が次々と浮かんでは消える。


 “もう、二度と戻るつもりはなかったのに。”


 それでも、自分の心は恐ろしいほどに簡単に動かされてしまう。


 静かな視線を感じて、ふと顔を上げる。

 マスターが無言のままこちらを見つめていた。

 カウンター越しに交わす視線だけで、言葉以上のものが伝わる。


「……マスター。」


 小さく笑みがこぼれる。

 それは諦めにも似た、けれど決意を帯びた笑みだった。


「悪いけど……また、少しだけ厄介ごとに首を突っ込むことになりそうだ。」


 マスターは変わらず寡黙だったが、わずかに頷いた。

 その仕草だけで十分だった。

 ずっとここで自分を見守ってくれていた、その信頼の証。


 レオンは立ち上がり、オルゴールをポケットに滑り込ませる。

 指先に触れる冷たい金属の感触が、遠い日の記憶を呼び覚ます。


「──じゃあ、仕事に行ってくる。」


 その声には、かつてアルペジオを率いていた頃の鋭さが宿っていた。


 ドアを押し開けると、小さなベルが控えめに鳴る。

 その音に背中を押されるようにして店を出た。


 振り返れば、黒紅館の柔らかな灯りがまだそこにある。

 自分にとっての日常の象徴――

 もう一度必ず帰る場所だと心に刻む。


 冷たい夜風が、覚悟を問いかけるように頬を撫でた。

 街の音はもう遠く、足音だけが静かに響く。


「……戻ってきたな、俺。」


 誰にも届かない声で呟くと、その歩みには迷いではなく、確かな意志が刻まれていた。

わずかに残るオルゴールの余韻が、

夜の街の片隅で薄く溶けていく。


かつて自分が思い描いた“調和の旋律”は、まだこの世界のどこかに残っているのか。

それを確かめるために、再び“奏者”として歩き出す。


レオンの瞳にはもう迷いはなかった。

そこには、ただ静かにその使命を見据える光があった。

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