たった今、自分の前世がサキュバスではないかと思いだしたピンクブロンドの男爵令嬢
今回はちょっと捻って、王太子殿下を誑かす男爵令嬢が主役です。
が、相も変わらずつよつよ最強の女の子が出てきます。ご了承くださいませ。
胴体を剣で刺し貫くシーンがあるため、R15&残酷タグ設定していますが、それほど残酷ではない筈……はずです。
全方位(少なくとも人間サイドは)ハッピーエンドです♪
今日私は、人生で最高の場に立つはずだった。
王宮で開かれたパーティーでキース様がそれまでの婚約を破棄し、新たに私と婚約すると発表される予定だったの。
☆
今までキース様とずっと秘密の恋を育んでいたけれど、私の男爵令嬢という身分ではそれを公にするのは難しい。だけど私は諦めなかった。どうしても彼を手に入れたいし、手に入れれば素晴らしい未来が待っていると信じていたの。
「キース様ぁ、またグロリア様が私をイジめるんです。しかも今日は護衛を使って私を捕えようとまでしたんですよ? 私、とっても怖くってぇ……」
「なんだと!? グロリアめ! 遂にそこまでするようになったか。あの恥知らずが!」
「正当な理由なく私を捕まえるのは、いくら公爵令嬢でも横暴だと思いますぅ。もうこれってイジメじゃなくて犯罪じゃないですかぁ?」
彼の腕に自分のそれを絡ませ潤んだ瞳で見上げれば、キース様は熱に浮かされたような顔で私を見つめ返してくれる。
「その通りだ。もう我慢ならん。グロリアの罪を公にし、あいつとの婚約を破棄しよう」
「え? そんな事できるんですかぁ?」
「できるとも。たとえ公爵令嬢と言えども、王家が相手ではたてつけまい」
「そうなんだぁ、知らなかったですぅ!」
「ふふふ、あいつを断罪したあとはパメラ、お前を俺の新しい婚約者に迎えると発表するぞ」
「すごぉい! さすがキース様、世界一の王子様ですぅ!」
彼は私に約束をしてくれた。確かにキース様と私では身分差があるけれど、キース様の婚約者であるグロリア様にイジめられ、更には誘拐されて危害を加えられる直前だったという事が公表されれば私への風当たりは柔らかくなるでしょう。
それにキース様の周りの人達も皆私に優しくて親切だったし、きっと上手く行くような気がしていたの。
☆
断罪の場は多くの貴族の目があるパーティーにしようとキース様は言って下さった。だから私は断罪が始まるまでは人混みに紛れ目立たなくして、キース様がグロリア様に声をかけるのを待つつもりだった。……それなのに。
「パメラ!」
突如名前を呼ばれて振り返れば、そこには恐ろしい形相をした男が。紛れもなくグロリア・マクスウェル公爵令嬢の護衛で、この間私を捕まえようとした人だ。なぜ彼が私を呼び捨てにするのか。それを疑問に思う間もなく強く腕を掴まれた。
「やっと……つかまえた」
彼が左手を私の顔の前にかざす。直感的に殺される! と思った。
「きゃあああ!……あ!?」
恐怖のあまり叫んだ直後、急にぱっと目の前が白くなったの。
この世に運命の悪戯というものがあるならば。
たった今、私の頭の中に表れたのがそれだと思う。だって私、自分で言うのもなんだけれど、ある時からそんなに頭は良くなかったはずだもの。天啓とか、閃きとかそんなものでは決して無いと言いきれる。
「パメラ!」
次に私を呼び捨てにしたのは、キース王太子殿下。私の素敵な素敵な王子様。私が真っ白な世界から視力を取り戻して、声のした方を見ると彼の顔は怒りで赤く染まり、近くにいたグロリア様を指差すところだった。
「いいかげんにしろグロリア・マクスウェル。お前は俺の横に相応しくない! お前との婚約は破棄すべきものである!」
本来なら待ち望んでいた断罪、そして婚約破棄。けれどグロリア様の護衛に腕を掴まれたままこの様子を見ていた私は、血の気がどんどん引いて寒気がしてきた。
だって頭の中におぼろ気な記憶と共に魔王様の声が再生されたんだもの。
『よいかサキュバスよ。勇者一行を誑かし、戦力を削るのだ』
『お任せください魔王様ぁ! 私の魅了魔法で必ずや勇者どもを虜にして見せますわぁ。うふふふふっ!』
……そしてそのサキュバスは勇者一行の誰一人として誑かすことが出来ず、任務に失敗したのだわ。勇者と魔術師が実は女だったのはまあ仕方がないととしても、まさか残りの戦士と僧侶がゲイカップルだとか完全に想定外よ。魔王軍、事前の情報入手が出来ていなさすぎでは……?
僧侶に聖属性のバリアを張られ魅了の魔法は効かず。魔術師に魔力をごっそり削られて他の魔法も使えず。戦士には物理的に抑え込まれて、身動きすら取れなくなった哀れなサキュバス。
殆ど力を発揮できないまま、あっさりと勇者の聖剣に貫かれた彼女は、聖剣の効力で身体が塵のように分解と浄化されていくのを感じながら……悔しくて悔しくて『このままじゃ死ねない!』と魂を燃やして抗った。
多分その悔しさが、彼女の魂のひと欠片をこの世に留めたのだろう。塵になる寸前のその欠片は百年もの間ふわふわと風に漂い、遂に一人の幼女に出会う。
特にぱっとしない男爵家の長女だったその娘は、流行り病で高熱にうなされ意識がなくなり、命の灯火が消える間際だった。サキュバスの欠片は幼女の身体に宿り、彼女の命を引き継いだ。そして魔力を身体に蓄えることを優先するため、自分の記憶をある程度の年齢になるまで思い出さぬよう封じ、人間になりすましたのだ。
ある程度の年齢。それが今。16歳である今。
冴えない男爵家の娘……つまり私。パメラ・フォグスはたった今、自分の前世が淫魔サキュバスではないかと気がついたってわけ。
そしてその途端、まるで目の前にたちこめていた霧が晴れたかのように私の視界が大きく開ける。更に今まで見えていたものも、よりくっきりと鮮明に景色が見えるようになった。
どんな風にくっきりと見えるようになったかと言えば。
「殿下、恐れながら申し上げます! 私には破棄すべきと言われるような瑕疵は一切無いと自負しておりますわ!」
「ふざけるな! お前は自分の護衛に命じて、このパメラに害をなそうとしたではないか! たった今も、この場で!」
今まで、甘い甘い夢心地で金髪碧眼の王子様と物語のような恋に浸っていたと思っていたと思っていたのに、その王子様であるキース殿下が唾を飛ばしながら自分の婚約者であるグロリア様を罵っている様が結構醜いだとか。
「それは誤解です! フォグス男爵令嬢は魔族の力に侵されているのです!! ですから浄化をすべきと先日も殿下にご進言差し上げたはずですわ!」
逆に、私をイジメてくる怖ーい存在だと思っていたグロリア様が、私なんかより気高くて美しいし。今までハッキリと物を言う彼女が怖くて、彼女の言葉には全て耳を塞いでいたけれど、実はまともなのは彼女の方なんじゃないか、とか。
「嘘を言うな! お前が俺にそんな進言などしていない。俺は聞いていないぞ!!」
「誠に遺憾ではございますが、最近の殿下は私の言葉に耳を貸してくださいませんでしたでしょう? ですから口頭でも申し上げましたが、それとは別にマクスウェル家からの正式な書状をお送りしておりますわ! まさかそちらにもお目を通していらっしゃらないのですか!?」
「なっ、何!?」
殿下が側近候補の若手男子たちを見ると、彼等は慌てたように「いえ、そのような書状は届いておりません」「何かの間違いでは?」と口々に言うけど、その彼等はそれぞれが私と目が合うとニヘラと鼻の下を伸ばしたりウインクしたり、挙句の果てには小声で「大丈夫、君を守るから」とか言い始めた。
今まで私に親切にしてくれた、殿下の周りの優しい人達……つまりこの側近候補たちも、実は私に気があったのだと今頃になって気づいたこととか。
あと、私の横で眉間に皺を寄せているグロリア様の護衛(この人もめちゃくちゃ怖い人だと思ってた)が、茶髪に茶色の目で一見地味だけど、今見たら実は物凄く好みでカッコイイだとか。
小さい頃はどちらかというと赤毛だった私の髪の毛は、今や艶ッつやのピンクブロンドになっていて、それは前世のサキュバスと全く同じ色だってことだ。
「あ……」
指先から始まった小さな震えは、やがて全身に及ぶと共に大きくなり、私の身体をガタガタと揺らした。ちょっと待ってよ情報量が多すぎる!! 頭が整理しきれなくてパニックになりそう。何故こんなことに!? わかっているのは殿下も殿下の側近候補たちも、恋にうつつを抜かし大事なことが見えないアホになっているってこと!
でも幼少期から厳しい教育を受けてきたはずのキース殿下や高位貴族のご子息たちがこんな振舞いをするなんて尋常じゃない。これは多分……いや間違いなくサキュバスの魅了の魔法によるものでしょ!!
「ももももも、申し訳ございませんっ!!!」
私は護衛の手を振りほどくとパーティ会場の床に身を投げ出した。小さい頃に読んだ本に、遠い異国では心からのお詫びを「五体投地」というもので表すと書いてあった。今はそれが最適だと思ったの。
「パ、パメラ!? 何を……」
殿下の声には酷く動揺した色がある。殿下とグロリア様が言い合っている時には静かだったパーティ会場は、一気にざわざわと騒がしくなった。だが私はそれらを聞いても五体投地のまま、額を床にこすりつけて詫び続ける。
「キース殿下、マクスウェル様、誠に申し訳ございません!! 私は今まで殿下や周りの男性に魅了魔法を使っていたのだと思います!!」
「え!?」
「なんだと!?」
「魅了って……魔族が使う闇魔法じゃないか!!」
「パメラ……パメラ、嘘だろ!?」
もうパーティー会場はざわめくどころじゃなくなった。驚愕の叫びがあちらこちらからあがっている。
その叫びには殿下や側近候補たちの声も混じっていたけれど、グロリア様のそれは無い。カッとヒールの音が頭の近くで鳴り、私はびくりと身を固くした。
「どういうことか説明して頂戴」
グロリア様が私の頭上から降らせた声は怒りや驚きが微塵も感じられず、むしろこちらが驚くほど冷静だった。
「……も、申し訳ございません。私もたった今気がついたのです。私の前世はおそらく魔族のサキュバスで、無意識に魅了魔法を使用していたとしか思えません」
ああ、こんなもの説明にすらなっていない。何て言えばいいのかわからないわ。でも、私のせいで両親や小さな弟妹たちに迷惑がかかるのだけはごめんよ!
私は床に伏したまま、グロリア様に許しを乞う。
「これは私が独りで犯した罪です。フォグス家の両親には何の関わりもございません。どうか、どうか私にだけ罰をお与えください!!」
魅了魔法は闇魔法で通常は人間は使えない。だから魅了魔法を使った罪に対してどんな罰を与えられるかの前例はないと思う。けれども王族に魔法をかけたというだけで、充分処刑に値するのでは。
私は暗い世界で身体を震わせながら死を覚悟した。
けれども、グロリア様から発された言葉は想像もしないもので、私のすぐ側にいた彼女の護衛に向けられたらしかった。
「クラフト、あなたの言った通りだったわね。ここまで人が変わるとは流石に想像していなかったわ」
「はい。……後は手筈通りに」
「ええ、もう陛下もお越しになるでしょう」
え!? 超展開に次ぐ超展開についていけないと思ったその瞬間、その言葉は現実になった。衛兵たちがラッパを吹き「女王陛下のお成りである」と声高らかに宣言したの。
流石に床に伏せたままではまずいと思って立ち上がり、周りの人たちと同様、女王陛下に向かって臣下の礼を取った。
「皆の者、面を上げよ」
陛下のお許しを得たので頭を上げる。女王陛下は年を経てもなお美しく、そして強さが内面から溢れ出ているような御方だった――まるでグロリア様のように。ああ、そういえば昔マクスウェル公爵家には先々代の王女様が降嫁しているのだったかしら。グロリア様にも間違いなく王家の血が流れているのだわ!
「キース」
「はっ」
「話は聞きました。お前には以前、グロリア以外の女性とは必要以上に親しくなるなと忠告したはずですが」
「そっ、それは、その、グロリアがパ……フォグス男爵令嬢に危害を加えようとしたので、私はそれを止めようと」
キース殿下が言い終わらないうちに、女王陛下は手のひらを前に向け制止した。
「もういい。ここにきてまだ己が失態を認めないとは。たった一人の我が子だからと大事にした私の教育が間違っていたのか。それともまだ魅了魔法が抜けていないのかしら。貴女はどちらだと思う? グロリア」
「恐れながら申し上げますが、後者かと。私がお慕いしている殿下が本心からこのような事をなさるとは思えません。それと……」
グロリア様は殿下の側近候補の方をご覧になった。
「陛下と閣下が選りすぐった側近候補のご令息も同様です。マクスウェル公爵家からお送りした書状の返信が無いのはおかしいと思っておりましたが、おそらくどなたかが握り潰されたのでしょうね」
「そう。ではあれを」
陛下が大臣にそう言うと、後ろからしずしずと一人の従僕が登場し、その両手に捧げ持った剣を恭しく陛下に差し出す。私は身震いした。初めて見た。あれが、聖剣。
ずっと私が望んでいたもの。
『あ……あああ!』
私は無意識に……いえ、自分の意思に反して叫んでいた。獣のように。
『それを寄越せぇ!!』
壇上の女王に向かって駆け寄ろうとした途端に、ぐんと身体を引っ張られその場に留められる。見ると先ほどの護衛が私の手を掴んでいる。彼はそのまま更に私を引き寄せ、しっかりと後ろから抱き止めて拘束された。
『やめろ! 何をする!!』
「何をするかわかってるだろ? 百年前と同じだよ」
ああそうだ。百年前、確かに私は戦士にこうやって抑え込まれ、腹を貫かれた。あの憎き聖剣で!!
女王がその聖剣を抜く。その刀身は鞘から現れると同時にまばゆい光を放った。
「グロリア、私はもう老いた。お前に託します」
「私が、ですか?」
「歴代の勇者のうち、最も上手く聖剣を扱えたのは女性だった。勇者が魔王を倒し封印したあと、王家に妃として迎えた理由のひとつは、勇者の血を引く女を絶やさぬ為。この剣はキースよりも貴女に相応しいのです」
女王からグロリア様に聖剣が手渡される。彼女が剣を手にした途端、刀身の光は更に強さを増し、もう光の剣にしか見えないほどになった。
グロリア様が私達に近づいてくる。その間も私は『やめろ! 放せ!』と叫びじたばたしていたが、急にくにゃりと力が抜け、抵抗しなくなった。代わりに首を上げ、後ろから私を抱きしめている男を見る。
「パメラ?」
『お願いクラフトぉ。私まだやっぱり死にたくない。助けてぇ……』
勿論、これも私の意思じゃない。私はまた以前のように夢心地でふわふわと、目の前で起こっていることを観客のように見させられているのだった。
――じゃあ、このクラフトという名前の護衛に、涙目で可愛らしく訴えているのは一体誰の意思なんだろう。
「大丈夫。心配するな」
彼は初めて微笑んだ。笑うと茶色の目が優しげな目付きになるのも凄くかっこいい。彼は私を抱き抱えたまま、くるりとグロリア様に背を向けた。ああ、彼も魅了されてしまったのかしら。私を逃がそうとしているの? それはダメな気がするわ。
彼が私を好きになってくれたら嬉しいけれど、サキュバスの力で彼を虜にしたいわけじゃない!
「はっ!」
後ろからグロリア様の声が聞こえた直後、身体の中を何かが通り抜けた感覚があった。そしてパーティー会場から一斉に悲鳴が上がる。
「あ……」
何が起こったのかは、目を落とせばすぐにわかった。私のお腹のあたりから白い光の刃が突き出ている。グロリア様は護衛の背中から、彼ごと私を聖剣で串刺しにしたのだ。
「ああ……」
見る間に剣はすっと抜かれ、私はこのまま死ぬのだと思って力を抜いた。しかし膝をつくことはない。後ろの彼が私をまだ抱き止めていてくれるから。彼を巻き込んでしまうなんて……私の目に涙が溢れる。
「ごめんなさい、私……」
彼の腕の中で身体を反転し、私を見つめる男の顔を真正面から眺めて初めて気がついた。今までよりも視界がクリアになったせいねきっと。
「シド……?」
彼を物凄く好みだと思った理由が今頃になってわかったの。私が高熱を出して寝込み、サキュバスの欠片が入る前。小さな頃に共に魔法を学んだ男の子……初恋のシドが目の前にいる。それも、びっくりするぐらいかっこよく成長して。
「ああ、パメラ! ようやく思い出して……」
彼は破顔し私の頬を撫でた後、髪の毛のひと房を手に取った。その私の髪の毛がピンクから、元々のくすんだ赤に変化していることに気づく。ああ、もしかして私の中のサキュバスは聖剣によって浄化されたのかしら。
「この日をどんなに待ちわびたか」
彼は感極まったようにこう言うと、もう一度私を抱きしめた。先ほどの拘束とは違う、優しさを感じる包み込みかただった。でも私は抱きしめられながらも喜びと共に涙が再びこぼれてしまう。死ぬ間際に彼に会えたのは嬉しかったけれど、きっと彼も死んでしまうわ。だって一緒に聖剣で貫かれたはずだもの……。
「ま、待て! グロリア!!」
「待ちませんわ。殿下」
「いや、話せばわかる! 待て!」
「あら。今まで私を避けてお話をして下さらなかった方のお言葉とは思えませんわね?」
殿下の叫びにハッとしてそちらを向けば、私たちから離れたグロリア様が聖剣を持って、今度はキース殿下に歩み寄るところだった。彼女は美しい顔でにっこりと笑みを作っているけれど、その横顔は大迫力で、青くなって脂汗を垂らしているキース殿下とは対照的だわ。
「ご存知でしょう、殿下。この聖剣は正しく使える者が振るえば、人間を斬らず魔だけを斬り、浄化を行う剣だという事を」
グロリア様の言葉に驚いて、お腹の辺りを確認する。私のお腹どころかドレスに傷ひとつついていなかった。シドのお腹を見るとやはり無傷。
「あの二人は聖剣で斬られても死んでおりません。ですから私が聖剣の正しい使い手であると証明されたでしょう?」
「あああ、確かにそうだが……」
「私、殿下をお慕いしておりますが、そのようにグダグダ言うところはあまり可愛くありませんわね!」
「なっ、かわ……!?」
「はっ!」
「ぎゃああああ」
問答無用とばかりにグロリア様が殿下を聖剣で斬りつけ、殿下は情けない叫び声をあげてお倒れになられた。グロリア様は殿下の状況を確認する間も惜しいとばかりに彼を捨て置き、今度はツカツカと側近候補たちに向かって行く。
「わああああ!!」
「やめっ……!」
「た、助けてくれパメラ……!!」
叫び、逃げようとする側近候補たち。あらまあ。昔は勉学に励んで、今は私に優しく甘い言葉を吐くことばかりに励んでいたので武力の鍛錬は全くしていなかったのね。あっという間にバッタバッタと彼らはグロリア様に斬り伏せられた。
あまりの衝撃的な展開にシンと静まり返るパーティ会場。誰かがごくりと唾を呑む音まで聞こえてきたわ。皆の目が斬られて倒れた男性陣に釘付けになっている。すると「うう……」という呻き声と共にキース殿下が身を起こした。
「これは一体……俺は?」
「殿下、ご気分は如何ですか?」
「なんだか、甘い夢に包まれていたような……でも今は晴れ晴れとした気分だ。すまないグロリア。俺は文武両道でいつも完璧な君に気後れしていたんだ。だから君を避けるようになり、フォグス男爵令嬢の甘い言葉に逃げるようになってしまったんだと思う……そこに付け込まれ、魅了魔法をかけられていたのだな」
「もう二度とこんなことはやめてくださいましね?」
「ああ、俺ももう二度と君に斬られたくはないしな?」
キース殿下は今まで私に見せたことの無い、とても良い笑顔でグロリア様と見つめ合っていらした。
★
「ちょっと待って、情報量が多すぎる!!」
私のお父様、つまりフォグス男爵は一部始終を聞くとパニックで目を回していた。
まあそりゃあそうよね。娘に恋人がいるのは薄々気づいていたみたいだけど、それがよりによってキース王太子殿下で。その娘は幼少期に魔族サキュバスに憑依されていて。聖剣によって串刺しにされ、私の身体に憑りついていた魔族の魂や力を全て浄化された……ってだけでもとんでもない話なのに。
「と言うわけでパメラ嬢を俺の妻として貰い受けたいのです」
と、いきなりシドが……シド・クラフト魔法卿が私の家にやってきて求婚したんだもの。
私だってそれより前に二人きりで話した時は、びっくりして顎が外れかけたわ。
「待って、魔法卿ってそれ、隣国での……」
「ああ、王族を除けば魔術師の最高権威者ということになるな?」
「どういうことよ!? だってシドは平民だったんじゃないの!? それに隣国の魔法卿がなんでグロリア様の護衛になってるのよ!?」
「あれ? パメラ、お前全部思い出したんじゃなかったのか。小さい頃に俺と結婚の約束をしたのを覚えていないのか?」
「えええ!?」
そんな約束なんて覚えがない。幼少期の私はパッとしない容姿にパッとしない家柄。ただ、男爵家の娘にしては魔力が割と高く、本を読んだり勉強するのが好きだった。だからお父様は長所を伸ばそうと魔法の教師を雇ってくれたの。その通いで週一回我が家に来ていた魔法教師の、弟子として付いてきていたのがシド。
彼と私は一緒に魔法の訓練をして、それが毎週の楽しみだったけれど、大体私の方がちょっぴりだけ彼に勝っていた。そうなるといつも彼は顔を真っ赤にして涙目で怒っていたっけ。
「覚えてろよ! いつかお前なんて足元にも及ばない大魔術師になってやる! そしたらお前は一生俺のそばに居るんだからな!!」
彼がワーワー言うのを「そうね」とあしらいつつも、自分のパッとしない容姿ならどこかに嫁入りするより魔法を磨いて魔術師になるのも悪くないな。大魔術師の弟子になれるならもっと良いなって思ったような気が……え、あれが、まさか?
「もしかして、大魔術師になったら一生そばに居ろってプロポーズの意味だったの!?」
「他にどんな意味があるんだよ!! それなのにパメラが急に魔法の勉強はしないとか言い出して、髪の色も態度もガラッと変わっちまったからおかしいと思ったんだよ」
「ああ……」
私が高熱を出して寝込んだ後、急にふわふわと意識が雲に包まれたように柔らかく、夢見心地になった。自分の意思で自分を動かせないところなんて夢とそっくり。
そして私は魔法の家庭教師を断り、代わりに淑女のマナー教師を雇うようにお父様に懇願し、ドレスやメイクで自分を着飾るようになった。喋り方も語尾を伸ばし、男性には「さしすせそ」を多用していた。まるで人が変わったように……って本当に中の人がサキュバスに変わっていたのだわ。
魔法教師を解雇したせいで私とシドの接点は完全になくなった。その間彼は魔法の勉強に更に熱心になり、隣国に留学できるようにまでなったそう。
この国で勇者が魔王討伐後に王家に嫁入りしたように、隣国では勇者パーティの魔術師が王家に入った事で、以後魔法国家となり魔術が非常に盛んになっている。シドはその中でもめきめきと頭角を現し、遂に先代の魔法卿であるクラフト様の養子になったのですって。元平民としてはとんでもない出世だわ。……ただし。
「俺が独身のままだったら、王女を嫁に貰えとしつこく言われてな」
なるほど。もしも魔王や魔族が復活した時の為に、隣国の王家も魔術師の血を絶やさぬよう、そして優秀な魔力を持つ人間を王家に取り込もうとしているわけね。
「だからパメラにもう一度プロポーズしようとこちらの国に来てみたら、まるで別人みたいに……その、綺麗になってるし」
「え」
彼が顔を真っ赤にして口ごもるのを見て、私の顔もカッと熱を帯びた。
「でも喋り方も、話す内容も変わっていて。まるで本当に別人で俺の好きなパメラじゃなかった。男と見ればしなを作るし、男たちも次々と君に夢中になるから何かが変だと思って養父に訊いたんだ。そしたら百年前のサキュバスの文献を見せてくれて、特徴が似通っているとわかった。でもそれだけじゃ何の証拠にもならないし、隣国の俺がヘタに君に手を出せば国家間で問題になる」
「だからグロリア様の協力を得たの?」
「まあ、正確にはパメラを遠くから見ながらヤキモキしていたら、グロリア嬢の方から声をかけられたんだがな。彼女の婚約者であるキース殿下と君が親しくしていて困っていると言われて、こちらも情報を開示した。それで君の中のサキュバスの狙いがわかったんだ」
私はふうっと息を吐いた。
「……聖剣ね」
「そうだ。グロリア嬢を蹴落とし、君が王太子殿下の妃になれば聖剣を壊すか捨てるチャンスができる。そうなれば魔族たちは一気に息を吹き返すだろう」
「ええ。そうだわ」
だから私は夢見心地で、キース殿下をどうしても手に入れたいし、手に入れれば素晴らしい未来が待っていると信じさせられていたのか。
彼は左手の中指に嵌めた指輪を見せる。
「これはオヤジに貰った魔力蓄積の魔道具だ。ここに魔力を貯めれば通常の倍の強さの魔法を一度だけ放てる。それでグロリア嬢の護衛に扮して君を捕まえた時に、魔力を放出してサキュバスの魔力を大幅に削った」
「ああ、あの時!」
私の頭に白い世界が広がり、様々な景色が見えたのはその影響だったのね。
「君はそれで正気に戻り、グロリア嬢に謝罪を始めた。ほっとしたよ。あれで俺の考えは間違っていなかったと証明されたからな」
「私はてっきり、高熱を出して寝込んだ時に自分の魂は消えて、今の自分がサキュバスそのものなんだと思ったわ」
「ああ、それも魔族の悪あがきだったのかもな。君の記憶を少々いじり、元からサキュバスだと信じ込ませれば聖剣に斬られない可能性もあると思ったのかもしれない」
「確かにそうだったのかもね……」
私は自分が犯した罪を反芻しながら考え込んだ。聖剣で貫かれて私の禊は済んだという事にされている。
「でも本当にこれでいいのかしら……私は罰を受けなければいけないような気がするわ」
「なんでだよ。君の意思じゃなかったんだから、もう充分だろ?」
「だってシドが私を抱えて自分ごとグロリア様に斬られる覚悟が無かったら、解決していなかったかもしれないのよ? 私の勇気じゃなくて全部シドのお陰じゃない……」
そう言った時に気づいた。私が考え込んでいる間に彼は私のすぐそばまで来ていて、あのとても優しい目で私を見つめてくる。
「それ言うか? 誰の為に俺がここまでやったと思ってるんだ?」
「えっ、それは……私の、為?」
「そっ。昔から大好きだった、俺より賢くて俺より魔術が上手かった女の子の為に俺はここまで成り上がったんだぜ。その子が今更罪人になられたら困るんだけど? もし罪悪感があるなら大人しく俺の妻になって隣国に来てくれれば、それでチャラになるんだけどな」
「もう……」
顔がまたまた赤くなるのが自分でもわかった。彼がそっと私を抱き寄せようとする。
「待って!」
「え、ダメなの?」
「違うの、違うの!」
私は首を左右に振って言い募った。だって罪悪感で彼の妻になると思われたら困るもの。
「あのね、私だって昔からシドの事が大好きだったのよ! だから貴方と結婚出来たら嬉しいわ!!」
「!……パメラ!!」
彼は小さな頃とおんなじの、とっても明るい最高の笑顔で私に抱きついてきた。
★
私はクラフト魔法卿と結婚し、隣国に渡った。そして先代のクラフト卿の下で魔術の修行をしたの。元々魔法の素質が高かった(だからこそサキュバスに狙われ憑りつかれたのだけれど)私は、シドほどじゃないけれどかなりの高位魔術師になる事ができたわ。
最近では少しずつ復活している魔族を討伐する為、国を越えて協力しグロリア様のお手伝いをしている。彼女は百年前の勇者にも劣らない素質があるらしい。彼女の夫であるキース国王陛下は勇者の素質はないけれど、国を豊かにする才能はあったそうで、王妃兼勇者の彼女を支える事を誇りにしているそう。
「はぁッ!!」
聖剣でバッタバッタと魔族をなぎ倒す、最強で美しいグロリア様。私たち夫婦は今日も魔法で彼女をサポートしている。
お読み頂き、ありがとうございました!
今回はちょっとだけタイトルに仕掛けをしてみました。
「たった今、自分の前世がサキュバスではないかと思いだした~」
そう、「思い出した」=記憶がよみがえった ではなく
「思いだした」=そうなんじゃないかと思い始めた、って意味でした!
面白かったと思って頂けたなら、広告の下の☆に色を付けて頂けると次回作の励みになります!よろしくお願いします!
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