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002 『拝み屋 南雲』ある夏の朝

 『拝み屋 南雲』は新宿駅前、甲州街道から一本通りを折れたマンションの一室にある。登記上は中間リュウノスケーーオジーの会社だ。

 この日本では、霊能関連の仕事をするのには国家資格が必要とされている。占術(せんじゅつ)関連業務取扱免許。通称、退魔師免許。独立開業には最低一名以上の二級免許所持者が義務付けられ、その試験内容は「霊的産業に関する不当な行為の防止に関する法律」いわゆる「霊対法」をはじめとする関連法規、会計知識などを含む学科試験と実技試験で、合格率はニ割程度。

 モモの免許は三級。仮免だ。こちらは実技試験だけで取得できる代わりに、国の専門機関か認可事業者からの委託業務のみ従事することが許される。

 勉強嫌いのモモは、バイト先で二級免許を腐らせていたアラフォーの冴えない男、オジーと偶然に出会い、紆余曲折の末『拝み屋 南雲』を開業させた。半年前のことだ。


 季節は盛夏。二〇二三年、八月。朝。

 クーラーの効いた事務所兼自宅、バストイレ別キッチン付きのワンルーム。モモは部屋中央の丸テーブルに置かれた謎のオブジェと向き合っていた。

 それは一見するとアンティークな装飾の置き時計にも見える。しかし時を刻む針はない。エメラルドを思わせる緑の宝石を中心に、いくつかのリングが組み合わせられ、それらを囲むように石を頂点に据えた柱が並ぶ。ただのインテリアと呼ぶには過度に機械じみていた。


「昨日の報酬のおまけで貰ったんだよね? なにこれ?」


 モモは薄いピンクの半袖、短パンという部屋着姿。格安アパレルショップのセールで上下セット一二〇〇円。白銀の長髪はヘアクリップでまとめている。若さ溢れる十六歳。朝食直後の素顔は、健康的な肌色だ。


「さてなあ。昨日のお客さんからはお金だけでも十分な額は貰ってるんだけど、せっかくだからって言われてさ」


「もらったわけ」


「うん。もらったわけ」


『秩父』と書かれた暖簾の向こうで、朝食の後片付けをしながら応えるオジーは黒の甚兵衛姿。皺が気になる四十歳。こちらも部屋着である。

 半年前、開業に合わせてこの部屋を借りた時から、モモとオジーは年の離れたルームメイトになった。社会的に抹殺されかねないと断固拒否の構えだったオジーを、ラクだからという理由でモモが押し切ったのだ。二回りの年の差から親子と思われているのか、はたまた他人に興味がないのか、今日に至るまで警察が踏み込んでくるような事にはなっていない。


「呪いとかはなさそうだけど、わからないのは気持ち悪いなー。あのさー。もらうなら普通なにに使うのかとか聞くでしょ」


 モモはオブジェを指でつついて感触を確かめる。リングは稼働式で、爪で弾くと石の周りをくるくると回った。


「あ、スマホの画像検索でなんかわかるかもよ。コーヒーいる?」


 暖簾をくぐるオジーは片手にコーヒーポット、もう一方にはマグカップをふたつ指にかけていた。


「おー、オジーかしこーい。アイス、ミルク多めでよろー」


 オジーは、モモを一瞥してからポットとマグカップをひとつだけ置き、再び暖簾の向こうへ。モモはスマホをオブジェにかざしてみる。検索結果が現れるまで数秒。ずらり並ぶ写真はいずれも地球儀のような模型だった。


「天、球、儀? が近いっぽいね。星読みの道具かー」


 モモが疑問半分、確かめるように言う。少ししてミルクと氷の入ったタンブラーを持って戻ってきたオジーは、感心したようにオブジェを覗き込んだ。


「へえ、天球儀。初めて……あー、なんか上野の博物館で見たことあるかも」


「なにそれ。調べちゃったじゃんかー。忘れないでよー。オジーかしこくないー」


「へいへい。すんませんね」


 ミルク多めのアイスコーヒーを作りながら、オジーはわかりやすく気のない返事をする。モモはそんなオジーを気にも留めず、スマホで天球儀の解説を読む。オジーがタンブラーを置くとモモは「ありー」とだけ返し、飲みながら調べ物を続行。オジーは自分が飲むコーヒーをホットのブラックで用意してから、テレビのリモコンを探して電源をつけた。

 二人の生活は概ねこんな感じだった。同居から半年、男女の意識なく毎日を過ごしている。 


術具(じゅつぐ)かなー、これ」


 モモはあれこれ天球儀をいじるが、特になにも起こらない。

 術具とは、退魔師や占術師が使用する道具の総称で、呪符や聖水のような消耗品から、武器や祭具にいたるまで、あらゆるものが術具と呼ばれる。


「ちょっとユウさんにメッセしてみよ」


 そんなことを言いながらモモは天球儀の写真撮影をはじめた。"ユウさん"はモモが贔屓にしている術具店の女主人で、彼女が切り盛りする凪見(なぎみ)堂は、老舗の有名店だ。


「先輩、そんなヒマじゃないと思うんだけどな」


 オジーにとっては”ユウさん”こと凪見ユウミは大学の先輩だった。ユウミとの出会いは、オジーがこの道に進んだきっかけでもある。ただ、とにかく厳しい人で、オジーはユウミが少し苦手だった。


「あ、返事きた」


「はやっ! モモちゃんには甘いんだよなあ」


 オジーは不服そうにボヤく。モモはコーヒーを飲み終えたのか、タンブラーを少しあおって氷を頬張った。


「はんは、ほっへほいへ」


「モモちゃん。喋るなら氷、口に入れる前にしようよ」


 モモは口をもごもごしながら、オジーにスマホの画面を見せる。

 モモのトーク画面は、ぽわぽわしたクマのスタンプがこれみよがしに貼られている。最近のお気に入りらしく、オジーの画面にも毎日大量に届くスタンプだ。そんなクマ祭りには一切触れずユウミの返事は実に簡潔だった。


『それ、気になるからちょっと持ってきてほしい。今すぐ』


 オジーはそれを見てから、自分のスマホを操作し、大きく深くため息をついた。


「今日、三十五度予報なんですけど……いくんすか、モモさん」


「ほひほんー」


 もちろんー、とモモが応えたのがオジーにもなんとなくわかった。

 オジーの返事を待たず、モモは氷をさらに追加で口に入れると、着替えと化粧ポーチを持ってバスルームへと入っていく。オジーはしばし悩んでから、このままの格好で行くことを決めたのか、天球儀を箱に入れたりと荷物の準備を始めた。二人が電車に乗ったのはそれから三〇分後のことだった。

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