氷よ あまねく覆え
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
つぶらやくんは「樹氷」を見たことがあるかしら?
そこまで大規模なものを想像しなくてもいいわ。枝の先が透き通った氷におおわれて、そのままの状態になってしまったものね。
いまは「凝霜」と呼ばれるこの現象だけど、昔に翻訳する際に樹氷と入れ替わってしまったとか。樹氷と聞くと、白く彩られた木々が延々と広がる景色を思い浮かべることが多いのは、これが一因とも聞いたことがあるわ。
私の地元じゃ、樹氷は先に話した、枝が透明な凍り付きを見せる姿のこと。めったに見られる現象ではないと聞くけれども、私にとっては幼い時からなじみのある気象現象のひとつなの。
ほら、つぶらやくんは前々からネタを欲しがっていたでしょ? この樹氷関連の昔話、私もおばあちゃんたちから仕入れてきたのよ。
時間があれば、聞いてみない?
むかしむかし。
かつての私の地元に、集落ができ始めたばかりのころ。占いを行う機会は非常に多かったそうなの。
聞いたところによると、いまに比べると昔の地元はかなり寒い気候だったとか。夏といえる暖かい時期はさほど長くなく、1年の4分の3は、いつ雪がちらついてもおかしくない気候を保っていたとか。
そのため、かの「樹氷」が見られる機会も、たびたびあったみたい。
私たちの地元では、この樹氷を神様のおとずれるきざしと受け取っていたわ。良いにつけ悪いにつけね。
いわく、枝はそのままでは俗の気が強すぎて、神には近づくことが難しいもの。
だから氷の覆いをしたうえで、そこへ降り立つようにしている。そして神様がおわすその場所を乱すことをよしとせず、人々は樹氷を存在するがままにまかせた。
やがて氷が溶けゆくとき、そこへ残ったものこそが占いの判断材料になったらしいのよ。
その晩もまた、寒い日だったわ。
わらの山の中へもぐっても、それらのすき間から、身を震わせるほどの寒気が入り込んでくるほどの抜け目なさ。
人々は湯たんぽやそれの代わりとなるようなものへ、ぴっとりと体をつけながら、夜を越したらしいのよ。
そして夜が明けてから。
村々の木々の枝たちは、そうと分かるくらい、びっしりと氷に包まれていたらしいの。枝の姿をいささかも隠すことのない、透き通った色の氷にね。
規模の広さはこれまでに類を見ないものだった。これは神様が大勢来ていらっしゃるのだと大人たちは気を引き締め、子供たちにもうかつに寄ることを禁じたのだとか。
その日の太陽は出ずっぱり。寒いときがほとんどであるこの地域でも、皆が額に汗するほどの暑さが待ち受けていた。
その中にあって、おのおのの枝たちもまた、おおいに表面へしずくをたぎらせることになる。けれども、その厚みはいっこうに失われていく気配がない。
すでに枝の下には、水たまりを作っているものもあったわ。それなのに、枝そのものを覆う氷は依然としてとどまり、形を崩さずにいた。
あたかも、溶けた端から氷が継ぎ足されて、状態を保っているかのよう。引き続き、人々が警戒をしていくなか、ついに陽は西へかたむき始めて、溶けるに絶好の機会が失われ始めてしまったわ。
あたりは急激に寒さを帯びてきている。このままだと枝はいささかも空気へ触れないまま、なお覆う氷の厚みを増していくのではないかと、村人たちは不安を覚え始めたのね。
日の仕事を終えた人々は、じょじょに枝たちのもとへ集まり、様子をうかがっていく。太陽はというと、いよいよ山の端にかかって光を弱めようとしているところまで来ている。
火を用意しても、様子をうかがうべきかと、何人かが動き出したわ。
それに前後して。
もろもろの枝たちが、ぐううっとおじぎをするようにしなり始めたの。
表面の水気を新たにいくつかこぼしながら、その様子は何者かが枝に乗ってたわませたようにも、見えない指が枝の先をひっかけて、大きくたわませていくようにも思える動きだったわ。
みながざわつきはじめるも、結論を出す暇さえ与えず、枝は次の動きを見せる。
枝たちはいっせいに、元の姿勢へはじけるように戻り始めたの。何度も逆方向へ大きくたわみ、そして戻り、揺れを受け止めていく枝たち。
けれども、そこにまとわっている氷たちは、落ち着いてはいられない。
振り出す力へ耐えきれず。枝を包んだ形のままの氷塊たちは、次々に日暮れどきの空を舞っていく。
当時はまだ竪穴住居の様式を色濃く残した、かやぶきの家々がほとんど。その屋根、その壁たちへ、氷たちは雨や雪がそうするように、空から次々に襲い掛かる。
信じがたいことだった。
音もしぶきも、大雨に打たれたときのようとはいえ、ほんの数拍ほどの短い間だった。
なのに、かやも土壁も氷のもたらす水を受け入れる様子は見せず。むしろ表面にはじいて、自ら凍りに行く始末だったわ。
家々は、先ほどまでの枝たちと同じく、いっときにして氷に閉ざされる羽目になったのよ。
おもてからは中までしみていないように思えたけれど、違った。一歩でも中へ立ち入れば、氷室もかくやという寒気に、手足も顔も大いに痛む。
隅においた瓶やかまどに至るまで、表面を覆う霜が下りて、素手で触れたが最後、皮膚が張り付いてしまうほどの強烈さだったとか。
みなが次々に騒いで、家中から距離を取ろうとするうち、やがて凍り付いた家具たちがひとりでに動き出したの。
きしみとともに、左右の別なく無作為にぐらつき、ときに割れて、ときに傾き、転がって……その様子は幼子が遊びまわって、ものをダメにしていく様子そのものだったとか。
家のかやも壁も同じ。それぞれは凍り付きながら、誰も触れていないのもかかわらず、へこんだり飛び散ったりを繰り返し、しばらくおおいに荒らしたのち、おさまっていったとか。
神様たちにお客様があったか、新しく生まれた子供たちがいたのか。
いずれにせよ従来の枝たちでは足りず、広々とした場を地上に求めたのかもしれないわね。