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23.感情と白白

ハンス視点


 キラキラと眩しいだけの照明。今日のためだけに着飾った人々。あまり耳に残らない楽器の演奏。つまらないパーティーの一幕だ。

 いつもなら特にパーティーの趣旨なんて気にせず、並べられた食事で腹を満たして時間を潰して過ごすのだが今回はそうもいかない。

 隣にいる叔父さんに連れられて正直顔も名前も覚えられそうにないくらいの貴族たちに挨拶をする。本当はもっと早く終わると思っていたが、思ったよりも時間がかかってしまった。

 それもおじさんがこの国の宰相だからなのだが、まぁ挨拶に来る貴族の多いこと。おかげでこんな時間になってしまった。これでも王家主催のパーティーにしては小規模な方なのだから、もっと規模の大きいものだと挨拶だけで終わってしまいそうだ。


「最低限今挨拶した連中の顔は覚えておくように」

「……わかりました」


 反応の鈍い俺を見て叔父さんが渋い顔を向ける。多分覚えきれていないのがバレたんだと思う。仕方がないじゃないか。そもそも人の名前を覚えるのが得意じゃないんだ。

 今挨拶をした人たちだって全員が全員、俺を覚えているわけがないだろうし、何ならもう会わない人だっているはずだ。それをいちいち覚えろと言われても無理な話だろう。


「全く。お前が文官になりたいと言ったから私は面倒を見ているんだが?」

「すみません、努力します」


 ご尤もです。

 俺が王宮で働けるように取り計らってくれたのは叔父さんで、正直この人には頭が上がらない。


 文官だといってもこの国の宰相である叔父さんの後を継げるなんて思ってもいないし、何より目指した動機が不純すぎる。その不純な動機のために叔父さんに随分と無理を頼んでしまった。

 俺がこうして王都に居られるのもこの人のおかげだし。それこそ勉強を教えてくれたりとか、人脈を作ってくれたりとか、とにかく感謝してもしたりないほど世話になっているのだ。

 まぁその上で叔父さんに文官には向いていないと言われているし、実際俺自身もそうだと思う。それでも仕事を覚えて何とかやっているのは偏にあの人の暮らしを守るためだった。今となっては全部ひとり相撲だったわけだが。



「しかしまぁ。お前、本気か?」


 いつもは呆れ顔だが久しぶりに真顔を向けられた。多分内心は呆れかえっている。というか面倒くさそうな感じすらある。

 叔父さんの問いが何を指しているのかと言えばさっきの挨拶での一件だろう。つまりシャルロット嬢との関係についてだ。

 オスカー様の隣に並び立つ彼女の前に立った時、酷く腹の奥が重くなった。美しく着飾ったシャルロット嬢がそこにいる。オスカー様の隣に。


 ざわざわと騒ぎ立てる感情を押し殺して当たり障りなくやり過ごしたつもりだったが、おじさんにはバレていたし、なんならオスカー様にも「最近シャルロットと仲良くしてくれているようだね」と釘を刺されてしまった。

 相変わらず、あの人は彼女を手放す気はないらしい。


「よりにもよって第三王子の婚約者とは、色々あるだろう? あのお嬢さんは」


 叔父さんもシャルロット嬢の話を耳にしたことはあるんだろう。あの人はずっとハリボテだと、中身の伴わない伯爵令嬢だと揶揄されて来た。

 そう言われて尚、彼女は努力し続けた。王家の婚約者としてふさわしい教養を、伯爵令嬢としてふさわしい振る舞いをと。そうしてずっともがきながら、苦しんできた。苦しいのを隠し続けてきた。


「あの方はそんなんじゃないですよ。普通の女性です」


 普通であるべきなんだ。ただ少しだけ他とは違う状況に置かれてしまっただけ。俺が彼女と初めて会った時から何も変わっていない。きっと彼女にとっては今も苦しみ続けている。だからこそ俺は、彼女が幸せになるべきだと思うんだ。


「普通でいることなんてできないだろ。彼女は王子の婚約者で、伯爵令嬢だ」

「それでもです。人並みに悲しんだり怒ったり」


 ずっと考えてきた。彼女が笑える未来があるんじゃないかって。例えばそれは平民になって自由に暮らすのも一つの方法かもしれないし、他の誰かと結婚する未来だってあるかもしれない。そうしていつか彼女も人並に喜怒哀楽を見せるような日々が来るんじゃないかなって思っていたんだ。

 その日々を遠巻きに守るために文官になりたいと願ったんだ。

 何を言ってるんだと思われるだろうか。だけど俺はやっぱりまだ迷っていて、そして俺はまだ彼女が好きなんだ。どうしようもなく胸が痛む。こんなことを考えるなんて間違ってる。わかってる。それでも、笑っていてほしいんだ。


「笑うべき人です」


 俺の言葉を聞いて叔父さんが小さくため息をつく。諦めたように首を振っていた。

 叔父さんが言うことは最もだ。あの人は王族の婚約者で、伯爵家の娘でもある。普通とは程遠いところにいるのかもしれない。そうであっても 、彼女には笑う権利があっていいはずだ。

 泣いている幼いシャルロット嬢を見て、笑ってほしいと思った。自分でも不謹慎すぎる一目ぼれだったと思う。


 それから何年も経ってもう二度と会わないだろうと思っていた人が幽霊になっているのを見かけた。一瞬見間違いかとも思ったが、どうしてこんなことになってしまったのかという絶望の方が強かった。

 幸せになってほしかった。笑っていてほしかった。あの時改めてシャルロット嬢のために自分が何が出来るのかを考えた。


「下手に首突っ込むなよ」

「承服しかねます」


 だから叔父さんの言葉には頷けない。というよりもう関わりすぎてしまっている気もする。


「そういうところだぞ。お前が務め人に向いていないの」


 いつものしかめっ面が俺を見下ろした。同僚たちにはよく似ていると言われるが、やはり遺伝だろうか。あまり嬉しくないな。

 叔父さんが俺をよく理解しているように俺も叔父さんをよく知っている。この人はこういうところで無駄に意地悪を言う人ではない。つまりこれは俺を心配するが故の発言なのだ。


 俺だってわかっている。このままではいけないことも、踏み込み過ぎていることも。

 でもどうしても放っておけなかった。何度考えても自分が正しいとは思えない。むしろ間違いを犯そうとしているのだと思う。それでも止められないくらいには彼女に惹かれていて、多分初めて会った日からずっと忘れられないでここまで来てしまった。


「お前が何を思って文官になりたいと言ったのかは知らないが、もう少し視野を広くしろ」


 叔父さんが俺の肩に手を置いて言い聞かせるように言葉を続ける。そう簡単にできたら、俺もこんなに苦しい思いはしてないよ。

 視界の端にバルコニーの方へ消えるシャルとオスカーが見えた。

 俺から見ても、二人はお似合いに見える。少なくとも隣に並んで違和感がないのは確かだ。自分がシャルロット嬢の隣に立つ未来なんて見えない。


「お前の懸想が彼女を喜ばせるものとは限らないだろう」


 叔父さんのその声には少し呆れが含まれていた。確かに俺は叔父さんの言う通り、色々と間違えすぎた。

 彼女のためにとやってきた行動が、彼女を追い詰めているのはよく分かっている。とんでもないことをしてしまったと改めて突きつけられた思いだ。自棄になればなんて唆した俺が馬鹿みたいじゃないか。

 余計なことを言わなければ彼女の暮らしは保たれた。でも心は、苦しみ続けたに違いない。俺のしてしまったことは、彼女を不幸にしただけだったのかもしれない。

 それでも、俺はあの人を放っておけなかったんだよ。シャルロット嬢に笑って欲しかっただけなんだ。


「わかり、ました……」


 ただ、幸せになって欲しかった。何が彼女の幸せかもわからないくせに。それでも幸せに暮らして欲しかった。

 最初はオスカー様の隣にいればきっと幸せになれると思っていた。でもそうじゃなかった。だからできるかもわからないくせに自分が幸せにしたいなんて思ってしまった。

 あってはならないはずの感情を、彼女に向けて持ってしまった。


 バルコニーから出てくる影はない。

 彼女のために、俺は何ができるだろうか。そもそも、して差し上げることなんてあるんだろうか。良くて彼女の気のすむまで話を聞くことくらいだ。

 なのに彼女は、何も出来ない俺に見返りを求めろと言った。ただ、彼女に笑って欲しかっただけなんだ。出会った時に泣いていた少女が、笑って歩いていける手助けを出来ればそれでよかった。俺の知らないところで、幸せそうに暮らしてくれるならそれでよかったんだよ。

 でもそうはならなかった。彼女はずっと苦しんでいた。だから、俺は。


「変な気起こすんじゃないぞ」

「わかってます」


 隣で叔父さんがため息を吐いた。

 欲しいものは、触れるべきではなかったものだ。彼女に与えられるもの持ち合わせてはいない。わかっているんだ。報われない。見返りなんて求めてはいけない。

 俺が今ここで何かをしたところで、事態は何も変わらない。むしろ悪化する可能性すらある。だけどこのまま見ているだけなんてできないんだ。

 わかっているけど、それでも手を伸ばしたかった。一度でいいからその身体に触れたいと思った。抱きしめたいと、そう思った。そうすれば、俺が救われるんじゃないかと思った。そんなことはあり得ないのに。


 シャルロット嬢は悪戯に事態を荒立てるつもりはないと言っていた。話し合いで済ませられるならその方がずっといいのだと。彼女がそう思うならそれに従うしかない。

 今までずっと諦められなかった自分に、何度も言い聞かせる。シャルロット嬢の人生に必ずしも自分は必要なわけじゃない。

 頭では理解しているはずなのに気持ちがついていかない。どうしてこんなにも苦しいのか。


 笑顔が見たいと思った。それだけだった。あの日、泣いている姿を見た時から気になっていた。どうにかして慰めたくて、笑ってほしくて、もう一度会いたいと、思ってしまった。

 ダメだ。余計なことは考えなくていい。これ以上誰にも悟られないように、口を噤んでしまおう。得意なはずだ。ずっとそうしてきたんだから。

 彼女を困らせるだけの感情なら、全部塗りつぶしてしまえ。


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