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21.密事の自白


 もう私、外に出るのやめようかしら。

 空はこんなにいい天気なのに、道行く子供は楽しそうなのに、私の目の前でマリアベルさんがにこにこしているというだけでなんとも微妙な気分になる。

 ぎちぎちにスケジュールを組んで動いている訳じゃないにしてもよ? 特に寄り道なんかしていないし、スケジュールが漏れているでもないのに何でこう立て続けに遭遇するのよ。何? もしかして呪われてるのは私の方だった? やめてよ、本当に。付いてないわね。

 心の中で愚痴をこぼしつつ、私はさりげなく辺りを見回す。迎えの馬車はまだ来ていない。こんなことならもう少し早くアニーに言って先に店の前まで馬車を回しておくんだったわ。少し待っていれば来るでしょうけど、それまでこの娘と一緒になるのね……。


 今日は馴染みの商会に顔を見せた帰りだった。三日後に差し迫った王城での夜会。その時に使う装飾は国が抱えている技師の物だったから、今後も贔屓にさせてもらうねと言った意味でいくつかアクセサリーを見繕ったわけよ。

 でもこういう付き合いもいつまで続くかしらね。私がオスカー様との婚約を破棄したらこの付き合いもきっとなくなるわ。なんて、そんなことを考えながら店を出たら一人でふらふら王都を歩いていたマリアベルさんと目が合ってしまい今に至る。

 目さえ合わなければ間違いなく気付かない振りをしていた。でもその前に向こうがこちらに気付いてしまったし、何なら人好きのしそうな笑顔で何のためらいもなく隣にやって来るし。


「会いたかったです、シャルロット様」

「私はそうでもないわ」


 本当になんでこの人は私に構うのかしら。オマケにちょっと王都に気過ぎじゃない? 何の用事できているのよ。いっそこっちに引っ越して来たら? 私が代わりにどこか遠くに行くわ。

 背後の屋根の上では小鳥が楽しそうに歌っている。その声を聞きつつ、ため息を吐けばマリアベルさんがくすりと笑う。ああもう、毎回何が目的で私の隣に来るのかしら。正直なところあまり関わりたくないわ。


「ねぇ、シャルロット様」


 黙っているとマリアベルさんの方から話しかけてきた。視線を向けると彼女は相変わらず微笑みを浮かべたまま。何か言いたげなようなそうでもないような、何を考えているかわからない笑みだわ。

 聖女というのは現代においては形骸化している。その昔は奇跡とも呼べるものを起こした聖女もいたらしい。でもマリアベルさんに関してはそう言った不思議な力を持っているなんて聞いたことが無かった。


 でも、確かにマリアベルさんは何かしらの力を持っていた。その力で幽霊だった私を元の体に戻してくれたんだけど、そうなるとこの娘はずっとその力を隠していた。

 使う場面がなかったならいいのよ。でも何故今まで隠していたものを使ったのかという疑問もあるし、やっぱりこの娘のことはよくわからない。

 そういった先入観があったためか、それとも理解できないものとして最初から理解しようとしていなかったからなのか。一瞬、マリアベルさんが何を言っているのか聞き取れなかった。


「私、もうすぐ国を出るんです」


 国を、出る。

 言われたことを何度か口の中で反復してようやくその言葉の意味を理解する。突然何を言い出すのかと思えば、……そんなのあり得るのかしら?

 いくら宗教に国境はないとはいえ我が国特有の宗教だし、他の教徒ならいざ知らず聖女の称号を冠するマリアベルさんが他国へ嫁ぐの? あまり教会の教義に詳しいわけではないし何とも言えないわね。でもこの人がこんな嘘をつくとも思えないし。

 困惑する私を気にもせず、マリアベルさんは続ける。


「海の向こうの国の王子様に嫁ぐんです」


 私を見つけた時と寸分たがわぬ笑顔で、彼女は明日の天気でも告げる様に言った。


「そ、うなの……」

「ええ、そうなんです」


 短く返せばまた彼女がおかしそうに笑う。

 何がそんなにおかしいのかしら。だってこの娘はオスカー様と……。いえ、オスカー様もマリアベルさんもお互いの関係は「お友だち」だと言っていたわね。そう、じゃあつまり、二人は最後まで「お友だち」でいることを選んだのね。

 マリアベルさんの気持ちは本人にしか理解できないけれど、きっと私は少しだけ彼女に同情しているんだと思う。


 私は男爵家の娘として生まれたし、幼い頃から多少の覚悟はしていたわ。でも彼女はそうじゃない。いつも鬱陶しいくらいに愛や幸せを説いていたマリアベルさんが、愛や幸福とのかかわりが薄い王族や貴族との婚姻に踏み込むなんて……。

 確かによ? 彼女が町娘ならお姫様になるんだと夢を見ることもあるでしょう。

 でもマリアベルさんは教会の聖女で、多くの人を見てきた。そのマリアベルさんなら、必ずしも王族や貴族との婚姻が幸せではないとわかっているはず……。

 相変わらず彼女表情は変わらない。貴族も大概だけど、教会の人間も表情を偽るのが得意なのね。ちっとも悲しそうでもなければ、嬉しそうでもじゃない。


「色んなお話をして、これが一番お互いにとっていい方法だって思えたからお受けしたんです」

「それは……良かったわね」


 あなたの相手が、歩み寄ってくれる人で良かったわね。私はそうじゃなかった。話なんてまともにできなかった。でも私は、自分の選択を後悔していない。そしてこれからもしないつもりよ。

 でも、マリアベルさんの選択は私の決断よりも正しい。


 だってそうだわ、本来貴族の娘として生まれたのなら自分の感情なんかよりも家のためになる選択をしなければいけない。自分の家の家格よりの上の相手からの要求は拒否できないもの。そういう意味でも彼女は私よりもずっと正しい選択をしたのだと思う。

 もちろん。相手はきちんと話し合い納得した上のようだし、マリアベルさんの不利になる条件ではなかったのでしょうね。

 もし仮に、私がマリアベルさんの立場だったとして、ここまで迷いなく相手の手を取ることが出来たかしら。

 オスカー様との婚約が決まった時はとても嬉しかったわ。だけど、思い描いていた幸せな未来にはならなかった。正直なところ、今となってはオスカー様からの婚姻の申し出を受けたのが正しかったのかはわからない。


「私好きな人がいたんですよ」


 彼女の言葉はどこか遠くに聞こえる気がした。

 曰く、あの人だけが私を私として見てくれた。聖女ではなくマリアベルとして、あの人だけがそう接してくれたのだと。

 好きだった、と。


「でも私とその人は一緒になれなかった」


 静かな声で幼子に語り掛けるような口調でマリアベルさんがそんな話をする。

 昼下がりの街は穏やかで、子供たちの笑い声と時折吹く風の声だけが響いていた。ゆっくりと流れていた雲が太陽を隠し辺りが少しの間、陰に包まれる。


「妥協ってわけじゃないですけど、その人と一緒になろうって思ったんです」


 条件も良かったですしね。なんて付け加えてマリアベルさんが笑う。本当に、よく笑う人。

 私は。本当はずっと彼女に嫉妬していた。この感情に名前を付けてしまうと溢れてしまいそうになるから自覚したくなかったけど、確かに嫉妬していたのよ。

 愛や幸せを純粋に語るこの人が少しだけ羨ましかった。自分にはない純粋さが羨ましかった。私だって、本当はそんな風になりたかった。だから。


「きっと私は彼をパートナーとして手を取り合うことはあっても、彼に恋をすることはないでしょう。それを知った上で、あの人は結婚しようと言ってくれた」

「それが、あなたの本当の愛なの?」


 だからきっとこれは、ただの嫌がらせ。


「ふふ、意地悪ですね。本物かどうかなんて、それこそ神様でもない限りわかりませんよ」

「あなたの神はあなたを救わなかったのね」

「ええ、だって神様は見ているだけですもの」


 明るい声が妙に耳に残る。笑っているのはマリアベルさんで、私も口角を上げているけど笑ってはいないと思う。

 神様なんてものが存在しているとは思えない。だって、存在していても見ているだけなんて残酷過ぎるわ。こんなにも苦しんでいるのに。助けてもくれない神様を後生大事に信仰していたマリアベルさんもマリアベルさんよ。


「愛は高らかに歌うべきだわ。それが真実の愛ならなおのこと」

「私にはそうは見えないわ」

「なら恋はどう?」


 恋。

 改めて言葉として聞くとずいぶん陳腐でチープで、つまらない響きに感じた。

 でも、とてもよく知っているわ。だって私は、ずっとオスカー様が好きだったんだもの。確かに好きだった。あの感情はきっとそういうものだった。と、思う。


「愛は素敵。でも恋はもっと素敵よね、世界が輝いて見えるもの」


 幸せそうにマリアベルさんが笑う。初めてマリアベルさんの感情が見えた気がした。

 彼女も確かに誰かに恋をしていたんでしょう。愛だの幸せだのと言って私とは違う世界を見ていた。

 私も確かに恋をしていたのだと思う。でも彼女と同じ世界を見ることが出来なかったのはきっと、どんなに恋をしていてもつい正気に立ちかえって返ってしまう。本気じゃなかったわけじゃないわ。だって初めて私が見つけた自分だけの感情だったんだもの。

 でもそうね、私とマリアベルさんの違い。それは立ち止まれないくらいの強い衝動を私は持てなかった。


「でも……私が恋をしたあの人は、私のことが大嫌いだったの」


 何よ、私よりずっと恋をするのも自棄になるのも上手じゃない。

 好きな人と一緒になれない、嫌われてしまった。だから物理的に顔を見なくていい、噂も聞こえてこないだろうところで別の誰かと添い遂げようなんて。


「ああ、もちろん。その人はオスカー様じゃないですよ?」


 きっと、マリアベルさんは私とはまた違う方法で失恋を乗り越えようとしているんだと思う。

 その相手がオスカー様であろうとなかろうとこの際関係はない。私とは違って彼女はちゃんと前を向いて歩いて行こうとしている。

 一見して逃げに見えるかのしれない方法だけど、それでもマリアベルさんは乗り越えようと。


「だって私の好きな人は女の人だったんだもの」


 雲の切れ間から顔を出した太陽の光を浴びてマリアベルさんの髪がきらきらと輝いた。

 悪戯染みた笑みで彼女は笑っている。

 今度は呆気にとられたのは一瞬だった。一度だけ大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出す。


「……あなた、全部わかっていてやっていたでしょう」

「あら、なんのこと?」


 惚けるようにマリアベルさんが首を傾げた。

 最初からわかっていて、あえて勘違いを招くような言い回しや行動をしていたんじゃないのかしら。そうでなければ、いくらなんでもあんなことは言わないし、しないはずよ。

 本当に意地の悪い人。思わず睨むような視線を向けると、マリアベルさんはくすりと笑った。別に怒っているわけではないけど、やっぱりなんだか釈然としないわ。


「今はっきりとわかったわ。私、あなたが嫌いよ」

「まぁ酷い。私の好きになった人は皆私が嫌いというのだけど、どうしてかしら」

「どうしてもこうしても、そういうところでしょう」


 私なんかよりこの女の方がよっぽど悪女じゃない。

 ああ、本当に嫌な女。


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