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18.聞えぬ独白

オスカー視点


 あの日のことは今でも覚えている。

 代り映えのない、いつものパーティーだった。僕と年の近い子供のいる貴族だけを集めた、僕の『お友だち』を作るための集まり。何度目かのそれを、慣れたようにこなしていく。

 別にこのパーティーに不満があるわけではない。ただ、子供ながらに、貴族社会とは、王族の人間関係とはと憂いていただけだ。

 それに僕自身は王族とはいえ三男で、上二人は飛び切り優秀と評判だった二人に比べたら煩わしい想いも少なかったと思う。それでも、最初から自分の意思とは関係なく決められた交友関係というものを窮屈に想うくらいには自我があったわけだ。


 だから僕は、あの日あの時あの場所で初めて会った彼女のことをよく覚えている。僕と同じ齢七つにしては、少し幼さの残るとある男爵家の少女。そしてその少女こそがシャルロット・レミントン男爵令嬢だった。

 彼女は大きなパーティが物珍しいのか目を輝かせては両親に笑いかけていた。


 はっきりと言ってしまえばレミントン男爵家は歴史も浅く貴族とは名ばかりの暮らしをしていた。慎ましい、と言えば聞こえはいいが、先代の残した小さな土地を転がしていただけに過ぎない。

 故に僕にとっては慣れた城でのパーティーも、彼女にとっては目を見張るものだったのかもしれない。

 小さな声でこそこそと母親に話しかけてはにこにことしている少女はとても可愛らしく、他の参加者たちも微笑ましいものを見る目で眺めている。その姿がとても幸せそうで、眩しくて、羨ましくて。

 僕にとっては見慣れたものに目を輝かせる姿につい触れてみたなって、思わず手を伸ばした。


「君の名前は?」


 きっと彼女は自分とは世界の見え方が違うんだと思ったんだ。

 自分もそうなりたいと、自分にはないものを持つ彼女と一緒にいれば自分も彼女のように世界の見方が変わるんじゃないかと思った。

 僕にとって世界とはつまらないものだった。上の兄は早々に自分の理解者を見つけて好きにしていたし、次兄は生真面目過ぎて僕以上に生き辛そうだった。だから、そんな世界を変えてくれそうな彼女に手を伸ばしたんだ。

 幼さの残る少女が、その大きな瞳をこちらに向ける。驚き、恥じらい、そしてはにかんだ。母親の陰からおずおずと出てきた彼女が僕の手を取って笑う。


「シャルロット・レミントンと申します」

「ああ、男爵家の」


 遠い日の記憶。あの日、僕は一人の少女の人生を変えてしまった。

 手を差し出すというのがどういうことなのかわかっていなかった。僕が何気なく出した手のひらを彼女は取る以外の方法なんてなかった。最初から彼女、シャルロットに選択肢なんてなかった。

 シャルロットが正しく理解していたかどうかはわからない。でも、彼女はこの手を取った。取ってしまった。

 幼かったさ故、正しく物事を理解していなかった。なんて、言い訳にもならない。僕が彼女に選択肢の無い選択を迫った、それだけが事実だった。


「君は今、幸せ?」

「ええ、もちろん! お父様とお母様がいて、私とっても幸せです!」


 嬉しそうに笑うシャルロットに少しだけ胸が苦しくなる。彼女にとってそれは当たり前の幸せだったんだろう。僕にはその当たり前がなかった。

 国王である父はいつも忙しく、一月に何度か顔を見る機会があればいい方だった。

 母は、なんというか気難しい人で愛されている自覚はあったが、多分ずっと一緒にいるのは困難な人だった。

 僕の手に重なったシャルロットの小さな手を握り込む。それがどういうことかもわからずに。彼女と一緒になれば僕もその当たり前の幸せを得られるのではと思ったんだ。


 その結果、まんまと彼女は僕の婚約者となった。

 そうなるために王家は家格を釣り合わせるために彼女を男爵令嬢から伯爵令嬢へと仕立て上げた。

 父が、周りの大人が気にかけてくれていたのはわかっているつもりだった。けれど僕のわがままのために、途絶えたはずの爵位まで引っ張り出して来るなんて思いもしなかった。


 彼女と再会した時には、あの時の彼女の輝きは失われていた。

レミントン男爵令嬢ではなく、デュランド伯爵令嬢は与えられた爵位に準じるためにそれらを手放したんだ。

 わかっている。シャルロットが悪いわけじゃない。悪いのは自分の発言がどんな力を持っているかもわからず不用意なことをした僕自身だ。

 それに彼女は伯爵令嬢として恥じない振る舞いを取り続けてくれた。ただ目をかけていただいただけと、心無い言葉をかける者もいただろう。ハリボテの令嬢、だなんて陰で笑う者もいただろう。それでも彼女は正しく貴族令嬢としてあるべき姿を示してくれていた。


 でもダメだった。僕が欲しかった、なりたかった輝きを彼女は失っていた。その輝きを奪ったのはほかでもない僕自身だと、一目でわかってしまった。

 シャルロットの幸せは両親との穏やかな暮らしの中にあった。貴族らしい華やかな暮らしではなくとも、心の通じ合う家族がいれば、それだけで彼女は幸せだった。シャルロットの幸せを壊したのは僕だ。


 なんて酷いことをしてしまったんだろう。僕の身勝手な感情のせいで彼女のあのキラキラした瞳の輝きを奪ってしまった。欲しいなんて、自分も彼女と同じ世界が見たいなんて、思わなければよかった。

 少し羨ましいと思っただけなのに、自分もそんな風になれたらと思っただけで、彼女の幸せな暮らしを奪いたかったわけじゃない。

 シャルロットを手離してやれたら良かった。そうしたらまた、彼女も別の幸せが見つけられたかもしれない。

 でも手を放してしまえば、また彼女の意思とは関係なく彼女の人生を振り回す事態になってしまう。シャルロットをまともに見ことも出来ないくせに、手離してもやれなかった。


 そうしてずるずると卑怯な関係を続けていたらマリアベルが現れた。

 マリアベルは聖女だった。聖女として、教会から祭り上げられているだけの、ただの女だった。

自分の立場や振る舞い方をよく理解しており、教徒たちに慈愛を向けながらも多くの物を手にして来たらしい。マリアベルのように振舞えれば、何か違ったんだろうか。そんなことを零した僕にマリアベルは諦めた様に笑う。


「傍にいられるだけいいじゃないですか」


 それは寂しげで、けれどどこか僕に対して怒りを向けているような声色だった。

 マリアベルと話すのは気が楽だった。マリアベルも僕と同じような物を抱えていた。


「私なんて絶対に一緒になれない人を好きになってしまったんですから」

「君にも手に入らないものがあったんだね」

「まぁ酷い」


 クスクスと笑う姿はとても美しく、きっと多くの人が心を奪われたことだろう。でも、マリアベルが一緒になりたいと願った人物はそうではなかったらしい。

 落ち着いた声色で、僕の知らない誰かを思い出しながら笑った。

 その人は、聖女ではなくただのマリアベルとして扱ってくれたのだという。神に祈り縋るでもなく、自身の考えと意志を持った強く美しい人。自身に与えられた役割を全うし、守るべき物のために立ち向かえる人。

 その人に付いて語るマリアベルは楽しげで、本当にその人が好きなのだとわかる。


「一緒になれないならせめてと、気を引こうとしていたら嫌われてしまいまして」

「君が意地悪を言うからだろう?」


 いくら形骸化しているとはいえ、聖女の冠はマリアベルを教会という箱庭に縛り付けていた。だから聖女としてではなくただのマリアベルとして扱ってくれる人物は、マリアベルにとってはとても貴重な人だったんだろう。

 叶うなら一緒になりたかったと。でもそれは出来ないとはわかっていたと。一通り吐き出して、マリアベルは笑った。


「ねぇオスカー様、今からでも王位を簒奪する気はありませんか? 変えて欲しい法律があるんですけど」

「滅多なことを言わないでくれ。私はもう間違えたくないんだよ」

「残念です」


 悪戯っぽい笑みで笑うマリアベルは、全部呑み込んだ上で言っているのか、それともまだあきらめていないのか。だが、僕らの間柄はそういう冗談を言って、互いのやるせなさを紛らわす程度の関係だった。

 だからシャルロットとハンスがたびたび会っていると聞いた時はああ、そうかと思った。彼はシャルロットを気にかけているようだったし、彼女にもそういう人がいたのかと安心と同時に絶望もした。


 そしてあの日、ハンスはシャルロットが欲しいと言った。僕には他の女性がいるだろう、だからシャルロットを自分に下げ渡して欲しいと。直前に釘を刺した時は大人しく引き下がったというのに、どうしてそんなことを言うんだ。

 シャルロットは僕の婚約者だ。手離してはやれない。そうすれば、また彼女は多くの物を奪われる。そんなのあっていいはずがない。これ以上、シャルロットが何かを奪われるなんて。

 彼女の家に与えられた爵位は、言うならば王位を継げない僕が臣籍降下するために貸し与えられたものだ。シャルロットと婚姻し、僕がデュランド伯爵を継ぐようにと引き出された借り物の爵位だ。

 僕との婚姻が解消されてしまえば、恐らくその爵位は王家に返還されるだろう。デュランド伯爵の名を返還したとしても、レミントン男爵に戻れるというわけでもない。そうするとシャルロットはおろか、彼女の愛する家族までが不幸になる。

 だから、ハンスにくれてやるなんて出来ない。


 きっとこのままが、彼女にとって一番マシなんだ。どんなにシャルロットが僕を嫌おうと、彼女と、彼女の家族のことを考えるならこのままでいるべきだ。

 本当に、そうなのだろうか。シャルロットが、私の元を離れることを望んでいるのにそれでいいのだろうか。

 きっと、この方法では幸せにはなれない。僕も、シャルロットも。それでもこの方法でしか、僕はシャルロットを守れないんだ。


「もし、もしですよ?」


 いつだったか、マリアベルが唱えた呪文が頭の中をぐるぐると回る。

 その時の表情と言ったら教会の人間には見せられないくらいのしたり顔で。


「シャルロット様のことを好きな人が現れたら、私はその人のことを応援しますね」


 君、やっぱり意地悪な女だな。


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