表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/37

17.回答は曳白


 美しいドレスに輝く宝石。それから、目の前には私と同じ様に着飾った王子様。

 きっと世の中のお嬢さんたちがこぞって憧れる姿を、今の私はしているんだろうと思う。にも拘わらず、鏡に映っている私の顔はなんとも物憂げというか、自分でも退屈そうな顔をしているなと自覚する。

 それこそ着付けを手伝ってくれている城のメイドや手直しの確認をしてくれている針子にほんの少し同情してしまうくらいには。悪かったわね、愛想がなくて。普段はこんなに不機嫌ではないのよ? 今日はちょっと特にやる気が出ないだけで。


 オスカー様と揃って顔を合わせて行っていた夜会の準備も今日でほぼ終わり。後は各々で十日後の夜会に備えるだけになった。

 揃いで仕立てた礼装の色合わせとか、当日の装飾品の確認とか。本来は何度も顔を合わせてするものでもないのかもしれないけれど、今回は国外から姫を招いて行う夜会のためか、普段よりも確認や手間の多いスケジュールになっている。

 今日は王城でその最終確認をする日。とはいえ、もう殆どやることは終わっていて鏡の中に映る私と細かなチェックをする針子を眺めるばかり。


 私の隣ではこれでもかというほど着飾ったオスカー様が襟を正している。用意された姿見に移る真剣で、この人がいつも貴族の若い娘たちを侍らせているなんて信じられないほどね。

 ハンス様と話した時に仕事に対しては真面目なのが唯一の良い所と思ったけど少し訂正しようかしら。見た目も大変麗しいわ。ただ、この礼装を身に纏っている姿は整った顔立ちがさらに引き立ってちょっと腹が立つけど。

 きっとあの顔を一番よく見ているのは彼のデスクの上に並べられる書類たちね。そして彼の目尻の下がった余所行きの甘い顔を見ているのはいつも侍らせている娘たちである、と。


 ああ、困ったわ。どうしよう。

 以前ならそんなこと考えただけで苛々していたというのに、彼に二物を与えたもうた神様に対する理不尽さは感じるけれど、苛立ちなんて感情ちっとも湧いてこない。


「よくお似合いですよ」

「ありがとう。君も美しいよ、シャルロット」


 鏡越しに目が合ったオスカー様に口先だけの賛辞を述べる。返って来たものも、その中に意味なんて籠っていないただの言葉だった。

 もう本当に、この人に対する愛情が枯れてしまったんだなぁと改めて感じる。ずっと向けて欲しかった言葉なのに、驚くほど心が動かないんだもの。綺麗なドレスや宝石よりも欲しかったはずなのに。

 これは、自分でもちょっと意外だったわ。だってもうちょっとくらい動揺すると思っていた。それがどういうわけかなんの心のぐらつきもなかったわけで。

 まだ以前の様に強がって、みっともなく自分に言い聞かせているつもりでいたのよ。それがこんなにも何にも感じないなんて思いもしなかった。


 オスカー様の腕が伸びてきて肩にかかっていた髪を払う。当日は髪を上げた方がいいかもしれない。

 彼の視線は私ではなくて、私の胸元にいる彼の目と同じ色の宝石をあしらえたネックレスのトップ。王家と繋がりがある人たちが集まる場だからこの色を選んだだけで特に意味はない。なんでもよかったけど、他の色を纏っているとあれこれ邪推する人もいるし準えただけ。

 私はきちんと話をした上で、可能な限り円満に婚約を破棄したいのよ。それが出来ないなら周りの人を巻き込むしかないという考えもあるというだけで。自分から巻き込むならまだしも、何も知らない外野に邪魔されたくはないわ。


 オスカー様の手が離れていくのを確認しながらそれと悟られないように息を吐く。この人はどうしてあの娘たちを侍らせているのかしら。今までずっと抱えていた不満や苛立ちが消えた今、改めてこの人を取り巻く環境を見てみるとそんな疑問が出てくる。

 仕事は出来る。彼女たちを呼ぶのはいつも公務を全て終わらせた後、応接室に。執務室には決して呼ばない。

 私室については、よく知らない。そもそも私と会うのも応接室や城の庭園だったし、招かれるなんてなかった。そこに不満があったわけではないけれど、本当に公私をきっちりと分けたがる人だったのね。

 それほどまでにしっかりした人がどうしてあんな頭の中がお花畑な娘たちを集めて会っているか。


 あの娘たちが語っているのは、愛とか幸せとかそんなもののことばかり。

 オスカー様がそんな貴族社会においては足かせにしかならないものを語る半面で、王族として粛々と公務を熟しているというのは、私にはなんというか酷くアンバランスな気がする。

 だから余計に、どういう関係で、どういう話の流れで、どういう集まりなのかわからない。私にはわからないけどきっと、オスカー様や貴族の娘たち、それとマリアベルさんが語る愛や幸せというのは、彼らにとってはさぞ素晴らしいものなのでしょうね。


 でも、やっぱり私にはそんなもの必要ないものだわ。

 メイドたちに声をかけてネックレスを外す。ドレスや装飾品の最終確認はこれで終わり。後は当日を待つだけ。なら早々に退散しようかと控室に戻り私服へ着替えに行こうとしたところに、珍しくオスカー様から声がかかった。


「この後予定は?」

「特に何も」

「疲れただろう、席を用意させるから少し休んで行ってくれ」


 お茶の誘いなんて珍しいこともあるものね。本当はあんまりそういう気分じゃないんだけど、落ち着いて話をする機会があるのなら受けても悪くはないわね。

 了承の旨を伝え着替えを済まし戻ればいつもとは違う応接間に案内される。衣装合わせをしたのは彼の私室があるスペースとは違うので当たり前と言えば当たり前ね。普段見慣れない廊下を案内されるのは少しそわそわした。


 応接室の中にはローテーブルのチェアが並んでいる。大きな窓の向こうは庭園になっており、今は青々としているけど季節が巡れば美しいバラの園になるでしょうね。

 促されるままに席に付けばメイドたちの手によって紅茶と最近流行りだというケーキが運ばれてくる。最初から一席設けるつもりだったのかしら。随分と用意がいいわね。

 正面に座るオスカー様はいつも通りの顔つきだ。むしろどこか機嫌が良いような気もする。少し悩んだけど特に何かを話すでもなくティーカップを手に取る。静かな部屋に紅茶の香りが広がった。とてもいい香り。でも知らない茶葉だわ。


「兄さんの婚約者の国の茶葉だよ」

「この香り好きです」

「だと思った」


 ああ、夜会の主賓の方ね。遠い異国から次いで来られるらしく、まだお姿を拝見したことはないけど異国の姫君というのだしきっと美しい方なのでしょうね。

 馴染みのない花の香りがする紅茶で喉を潤し、一息つく。思っていたよりも疲れてしまっていたらしい。ほんの少しの沈黙の後、オスカー様が口を開いた。


「よく、ハンスと会っているみたいだね」


 窓から差し込んだ光に照らされて彼の髪が輝いている。

 静かな昼下がり。暖かな日差しに窓の外では小鳥が鳴いている。時計の秒針が立てるコツコツという音と異国を思わせる茶葉の香りに包まれる部屋に私たちはいる。


「そんなに気に入ったかな?」

「彼はただのお友だちですわ」


 ゆっくりと口角を上げて作り慣れた顔を用意する。

 皆同じようなことを聞くわね。あなたもマリアベルさんも、それからお父様も。そんなに私と彼が会っているのが気になる? それとも男女が揃えば色恋になるというような考えにしか至らないのかしら。

 ハンス様がどう思っているかは置いておいて、今のところ私たちの関係はただのお友だちでしかないわ。だってハンス様が私を欲しいと言ったのはあの日だけで、私もそれにこたえていないのだからそれ以上になりようがない。


「お友だち、ね」

「ええ。あなたとマリアベルさんも、そうでしょう?」

「ああ、そうだったね」


 相変わらずオスカー様はにこやかに笑っていらっしゃる。完璧な笑顔というのはこういうのを言うんじゃないかしら。私が作ったものとは比べ物にならないわね。

 それにしても。オスカー様はあの子が聖女だから一緒になれないと思っているのかしら。

 聖女と言っても、現代においては形式上の物。神に仕えているとはいえ普通に結婚もできるし、前例だってある。本当にマリアベルさんのことが好きなら、いっそのことあの子と幸せになればいいのに。きっとそう簡単にはいかないんだろうけど。


「あなたは、私に何を望んでいるのですか?」


 私の問いかけに、オスカー様の動きが止まる。別に、私が望むものが返ってくるとは思ってないわよ。私はただ、この人が何を考えているか知りたいだけ。

 私との婚約を破棄すれば、マリアベルさんと一緒になれる。なのに、なぜ婚約破棄を受け入れてくれないのか。

 他の人を好きになったのなら、その時にきちんと話して欲しかった。話をしてくれれば諦められた、とは言い切れない。でもきっと思うところはあっても、飲み込むことは出来たんじゃないかとも思う。


 本当にわからないのよ。オスカー様が、私を通して何を見ているのか。何を望んでいるのか。どうして私だったのか。あの時、オスカー様が私に何を問いかけたのか。

 なんだか私、色んなことを忘れている気がするわ。

 全部が全部を覚えていられるわけじゃないのはわかっているけど、それにしても忘れ過ぎよ。私とオスカー様が初めて会った時にかけられた問いかけもそうだし、ハンス様に至ってはどこで会っていたのかも覚えていないって流石にどうなの?


「僕は」


 オスカー様が何かを言いかけて、口閉する。

 そうして彼はもう一度笑顔を作り直した。


「君が君でいてくれたらそれでいいんだよ」

「……今の私は、私ではないと?」

「どうだろうね。君がそう思うならそうなのかもしれないね」


 幽霊だった時みたいにひっぱたいてやろうかしら。

 私が私じゃないってどういう意味よ。何が言いたいのか意味がわからない。

 あなたも自己完結型だったのね。知っているわよ、このタイプは明確な答えが自分の中にあるくせに回答は想像にお任せしますって言っておいて、自分の思い描いた答えじゃなかったら勝手に失望するタイプでしょう?

 同じ自己完結型でもハンス様の方が他者に理解を求めない分可愛げがあるわ。


「……別れてはくれないのよね?」

「ああ、そうだね」


 じっとオスカー様が私を見つめている。

 何を考えているのかは、わからない。ええ、本当にわからないことだらけ。

結局どうして欲しいのよ!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ