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15.気分は灰白


「よければご一緒しませんか?」


 にこにこと人好きのする笑顔を携えて彼女は私の元に駆け寄った。

 正直この人に好かれる要素なんてないし、そんな顔向けられるいわれもない。にもかかわらず私の中にあるもう一つの問題、この国の聖女にして私の婚約者の心の中に在中するマリアベルさんは大層嬉しそうな顔でそう言った。

 本気で言ってる? いえ、本気なのでしょうね。どういうわけかオスカー様が侍らせている娘たちは総じて頭の中がお花畑だものね。殿方はああいうのがいいのかしら? だとしても意思疎通が正確に出来ないのは些か問題があると思うのだけど。


 マリアベルさんも頭の中がお花畑。いえ、私はこの娘こそがお花畑の感染源だと思っている。この娘からオスカー様に伝わって、取り巻きの貴族の娘たちに広がったんじゃないかと。

 そう考えるとこの娘もろくでもないわね。夜会やサロンなんかでお会いする他の貴族たちが向けるような悪意や欺瞞が一切感じられない辺り余計に質が悪いわ。だって全て善意で出来た言動なんだもの。


「今日は人を待たせているの」

「もしかしてハンス様ですか?」


 どうしてこうもぐいぐいと距離を詰めてくるのかしら。実際にハンス様との待ち合わせで会っているのがなんとも言い返しにくい。

 光を浴びて淡く輝くピンクベージュの髪を風に晒し、瞳を輝かせながら無邪気に笑うマリアベルさんにため息を付く。どうもこの方は苦手だわ。今まさに私の目の前で話しているはずなのに、どこか別の所を見ているみたいで落ち着かない。

 それにしてもハンス様、ねぇ? 確かにハンス様とは約束していたけれど、この娘の口から彼の名前が出てくるとは。マリアベルさんと会う時はあの人がいることが多いのは事実よ。でも、だからって改めて言葉にされるとなんとも言葉にしにくいもやもやが残る。


「その後ハンス様とは如何なんです?」

「何を考えているか知らないけど、恐らく勘違いよ」

「そうなのですか? てっきりお慕いされているのかと」


 不思議そうに首を傾げるマリアベルさんにまた一つため息をつく。

 どうしてそうなるのよ。この娘の頭の中には愛とか恋しかないのかしら。この子と話していると気が滅入るわ。まるで貴族の娘として生きてきた今までの自分を全て否定されているような錯覚に陥ってしまう。

 生きてきた場所や見てきたものが違うのは仕方ないとはわかっている。きっと考え方が根本から違うのでしょうね。私が何を言っても多分この娘には響かない。


「もしそうならとっても素敵だなって思ったんです」

「ありえないわね」

「あら、それはどうして?」

「私と彼はそういう関係ではないからよ」


 きっぱりと言い切る私の言葉を聞いても、マリアベルさんの表情に変化はない。ただ楽しげに口元を緩ませて目を細めるだけ。こういうところも苦手なのよ。

 何を考えていて、今一体何を思っているのかわからない。いえ、そもそも本当は何も考えていないのかもしれないわね。だとしたら尚更タチが悪いわ。


「恋は異なもの落ちるもの、でしょう?」

「色々と混じっているわね」

「愛も幸せも、美味しく味を整えたいじゃないですか」


 まるで別の世界の人と話しているみたいだわ。私はそういうものを素敵だと思えるほど夢見る乙女ではないの。

 いつも思っていたのだけれどこういう会話って疲れないのかしら。ある意味ずっとこの人と話していられるオスカー様のことを感心するわ。私はこの会話だけで疲れてしまった。

 そもそもどうしてマリアベルさんだったのかしら。普段から侍らせている貴族の娘たちではなく、よりにもよってこの疲れる人をどうしてオスカー様は選んだのか。この疲れる会話が癖になっているとか?

 ……ダメね、もし本当にそうだったとしたらあの人の感性を疑うわ。


 そもそもこの人もこの人なのよ。

 最近は特に王都へ来る頻度が多いのではないかしら。神に仕える身でありながら、聖堂のある街を頻繁に離れるというのはいかがなものなの? 何をしに来ているのかは知らないし、私には関係のない話なんでしょうけど。


「私、ずっとシャルロット様とお友だちになりかったんです」

「お断りよ。少なくとも、婚約者のいる殿方と逢瀬を重ねる女とは手を取り合わないことにしているの」

「まぁ。オスカー様とはただのお友だちですよ?」

「あなたの言葉がまかり通るなら世界はきっと平和でしょうね。だって皆お友だちなんですもの」


 そういうところが頭の中がお花畑だというのよ。同じ言語を話しているはずなのに全く理解できないし、したくもない。理解できないなら考えるだけムダね。なら深掘りして考えるのはやめておきましょう。

 とにかく、私はこの娘と関わるつもりなんてこれっぽっちもないし、関わりたいとも思わない。それよりいい加減ハンス様を待たせているのだけれど。あの人もそろそろこちらの様子に気が付いてくれないかしら。

 そんな期待を込めて視線をハンス様の方へ向けると、偶然なのかそれとも待っていたのか、ハンス様もちょうど私の方を見ていた。


 あの人ああいうところがあるのよね。初動が遅いというか、一拍間をおいて行動するというか。それが悪いというわけではないけど、今回はもう少し早めにこちらに来て欲しかったわ。

 立ち去ろうとする私の腕を掴む彼女は、何故かとても嬉しそうな顔をしている。どうしてそんな顔が出来るのよ。私、何かおかしな発言をしたかしら。


「うん。きっと私たち、仲良くなれるわ」


 マリアベルさんの声を聞きながらため息をつく。何をどうしたらそうなるのかしら。


「あなたは愛情深い人だもの」


 ふわりと微笑む彼女の言葉に眉を寄せる。一体どこを見てそんな考えに至ったのかしら。

 貴族にとってそういうものは足かせにしかならない。そうやって生きてきた上に、貴族としての生きる道を放り投げて家族を道連れにしようとしている私に、そんなもの本当にあるのか疑わしいわね。

 纏わりつくマリアベルさんの腕を解いて改めて向き直る。


「悪いけれど、私はあなたの友達になる気はないわ」


 はっきりと告げるとマリアベルさんは驚いたように目を見開いた後で、困ったような笑みを浮かべた。どうしてそこで笑うのかしら。やっぱりこの娘のことはよくわからないわね。

 腕も離れたし言いたいことも言ったし、一先ず彼女から離れれば今度は遅れてやってきたハンス様が近付いて来る。正直今日は天気もいいし公園のベンチで話して解散するつもりでいたのだけど、彼女がいるならどこかへ移動した方がいいかもしれない。


「やっぱりハンス様と待ち合わせだったんですね」

「あなたには関係ないわ」

「シャルロット様はきっと幸せになるわ」


 相変わらずマリアベルさんの声は弾んでいる。何がそんなに楽しいのか。私にはさっぱりね。でもきっとこの人はそういう人なんだわ。

 今度こそ彼女に背を向けて歩き出す。これ以上続けたってあの娘は引かないだろうし、私も受け入れるつもりもない。それこそムダというものよ。

 一瞬だけ隣にいたハンス様の足が止まるのを感じたけど、気にせず広場の外へ向けて足を進める。少し遅れて一人分の足音と、少女らしい高いソプラノの声が後ろから追いかけてきた。


「だってあなたは真っ直ぐ人なんだもの」


 あらヤダ、皮肉かしら。でもお生憎様、その手の言葉は聞き飽きているの。自分でも面倒くさくて捻くれた性格だってくらいわかっているわ。

 振り返りもせずに歩みを進めていれば、追いついたハンス様が隣に並ぶ。そのまま無言で歩いていると、不意に彼が口を開いた。何を話すのかしらと思って耳を傾けてみると、聞こえてきたのは予想していたよりもずっと呆れかえるようなものだった。


「仲が良いので?」

「まさか、やめて頂戴よ」


 男の人って皆こんなのなのかしらね。それともこの人が特別? どちらにしても、あのやり取りでどうしてそんな考えに至ったのか。想像するだけで頭が痛くなる。そう見えるなんて心外だわ。私はただ単純にあの人と関わりたくないだけなのに。

 会話や私の表情なんて見ていなくて、「何か話しているな」くらいの感覚で言ったのかもしれないのも当たりを強くしたくなる原因かしら。思わず頭を抱えてしまった私とは対照的に、ハンス様は特に表情を変えもせず私を見ている。


「どの辺りから聞いていたのかは知らないけど、全部あの人が勝手にいっているだけよ」


 本当、どうしたらあんな意味のわからない言葉を吐けるのかしら。一生を教会で過ごせば慈愛に満ちた精神性を手に入れられる? 私はごめんだわ。

 肩を落とす私にハンス様は首を傾げている。えぇ。そうでしょうね、そういう反応するわねよ、あなたは。私が言っている意味がわからないんでしょう。

 まぁそれを懇切丁寧に説明しようとも思わないわ。何より今日は疲れた。主にマリアベルさんのせいで。いつもなら適当に話を流して終わりにするけど、とりあえずどこかの店に入って休みたい。出来れば座れて紅茶のあるところ。

 そんなことを考えながら広場を抜けて大通りへ出ると、ちょうどいいところにカフェがあった。席もあるみたいだし、ここでいいわね。

 特にハンス様の意見も聞かず店の中へ入る。店員に声をかけてテラスへ案内されて椅子へと腰かけたところでようやく息を吐き出した。


「今日は長くなりそうですね」

「短くしたいならそうしてもいいわよ?」


 本当は色々と考えていたものもあったはずなのに、なんだかもう単純に疲れたわ。これなら幽霊をやっていた時の方がまだマシね。

 運ばれて来たお茶に手を伸ばしながら視線を向けると、彼の口元が少しだけ緩んでいた。何かおかしなことを言ったかしら。


 色々と、そう。色々と考えてはいたのよ。

 今の私を取り巻く環境のこととかをね。私だってのうのうと一ヶ月過ごしていたわけじゃないのよ。まぁ、幽霊になる前と何も変わっていないのは確かだけど、それは二週間後に差し迫った夜会の準備のために使っていただけで無為に時間を過ごしていたわけじゃない。

 ……婚約を破棄したいのに王城で行われる王家主催の夜会に、第三王子の婚約者として出席するというのは本当にストレスで頭が可笑しくなりそうだわ。


 婚約者としての出席が仕方ないとはわかっている。まだきちんと婚約破棄を受け入れてもらってないのだもの。それは気持ちはともかく、王国の式典に対してきちんとしなくちゃという気持ちはある。それはそれとして出たくないというのは私の我儘ね。

 元々そんなに夜会は好きじゃないの。今まではそれでもオスカー様の隣に立つのだからと肩肘を張っていたけど、今はそんな気概もない。

 それでも準備を続けるのはあの人への義理立てという面もあるし、何より準備中に顔を合わせて話す機会が増えて都合がいいというだけ。

 もしこの期間中に婚約破棄の話しが進むならそれでいい。でも、上手くいかないのなら周りを巻き込んで夜会の最中に話を付けてしまう、というのも最終手段よね。可能な限り、そんなことしないのが一番いいわね。


 一口、コップの中の液体を喉の奥に流し込む。

 目の前の彼は相変わらずの涼しい顔をしていて何を考えているのかわからない。それでも時間を割いて私のストレス発散に付き合ってくれる辺りこの男も相当なお人好しなわけで。

 どうしてこうも私の周りには何を考えているのかわからない人が多いのかしら。ああもう本当に。


「嫌になっちゃう」


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