我社の自販機には好みの缶コーヒーが置いてない
窓から太陽に照らされた公園の大きな木々が見える会議室で、空気清浄機と暖房の音が心地よく響く中、入社十年目の水野が議長となり営業会議が始まった。五人の男性上司が見つめる中、資料を片手にホワイトボードを指差しながらプレゼンをしている。
昼食後すぐに始まった営業会議は開始三十分ごろまでは順調だったが、徐々に口数が減り意見の出が悪くなって行くと上司たちは皆、腕を組み、険しい顔をしたまま目を閉じて考えた様子を見せた。
進展しない会議に何も言えず、少し緊張気味に資料に視線を落としている水野。
午後二時に近づいたころ、窓の外を見て大きく欠伸をした部長が「コーヒー休憩でも入れるか」と言って席を立ちながら大きく背伸びをした。
会議室から出た廊下にある自動販売機で缶コーヒーを買う上司たち。一番最後に並んでいた水野はヒップポケットから財布を取り出すと、側に置かれた長椅子に座る上司たちが手にしたブラック、微糖、カフェラテ、様々な種類のコーヒーを飲んでいる姿を見つめ、軽く頷きながら自動販売機に視線を移す。
「……忘れてた」
ぽつりと呟いた水野は、コーヒーにはミルクだけで砂糖は入れない派。折角お金を出すのだから美味しい缶コーヒーを飲みたいと思っていたが、ブラックは苦く、甘すぎる微糖もあることに加え、ホットは特にコーヒーと缶が混ざった匂いが気になるものもある。そのため、いつもは給湯室でコーヒーを入れていた。
お気に入りの缶コーヒーが社内の自動販売機に売っていないことを思い出した水野は、とりあえず、と自動販売機に千円札を入れ人差し指と一緒に視線を動かしながら『給湯室に……』と考えたが、今更、上司たちを差し置いて、自分だけコーヒーを入れることもできない。かと言って、部長はコーヒー休憩と言った。上司たちはコーヒーを飲んでいる中、自分だけペットボトルのお茶を買うのも気が引ける。
視線を落とし考えている水野は、右側から伸びてきた手が自動販売機のボタンを押したことに気づき「えっ」と声を上げた。ガタン、と音を立てて落ちたペットボトルのお茶を手にした部長が、水野に手渡してから返却レバーを下げる。
「そういうところだぞ」
落ちる小銭の音を聞きながら口を開けている水野の肩をぽん、と叩いた部長は笑みを浮かべながら会議室へ入って行った。