その1の3
「ぐ……。
とにかく。
敵の攻撃を弾いて隙を作ると、
クリティカルヒットを叩き込めるようになる。
すると、通常の10倍のダメージを叩きだせる」
「10倍。すごいですね」
「ああ。普通に最強クラスの行動だ。
強すぎて、人型の敵はこれ1つで済むっていう大味さも有るが。
それでも大ダメージを叩き込むのは快感だよな。
……そういうわけで、さっそく試してみよう」
「相手は?」
「この庭を、館の正面側から出ると、坂が有る。
上り坂だ。
その坂の上に、最初のザコ敵が居る。
そいつに試そう」
「うまく行くと良いですけど……」
「このゲームはトロコンしてる。任せとけ」
「はあ」
2人は、屋敷の庭を出た。
館正面の格子扉を抜けると、上り坂が見えた。
2人は、並んで坂を上っていった。
「空が赤いですね」
フミヅキが、空を見上げて言った。
大空は、赤い雲に覆われているようだった。
今は昼間らしいが、青空も、輝く太陽も、見えなかった。
赤い雪が、わずかに降っていた。
傘が必要なほどでは無い。
地面に落ちた雪は、すぐに溶け、消えてしまう。
水の跡さえ残らなかった。
「あの雲は、力尽きた血雪人が、帰る所だ。
イシの力が尽きれば、皆そうなる。
この剣の持ち主も、空に帰った」
ゲームの設定に詳しいヨースケが、そう答えた。
「そうなんですか」
坂を上りきると、村の家々が見えた。
家の多くは、レンガ作りのようだった。
村の道は、ろくに整備されておらず、でこぼこと、荒れた土肌をさらしていた。
2人の前方に、棍棒を持った男の姿が有った。
衣服はみすぼらしい。
貧しい村民のようだった。
男は、ヨースケたちに気付いた様子を見せた。
そして、ぎらぎらと赤く輝く目を、ヨースケたちに向けてきた。
正気ではない。
ゲームを知らないフミヅキにも、それが感じ取れた。
男の視線を受けて、ヨースケは一歩前へ出た。
「それじゃ、行ってくる」
「……気をつけてくださいね?」
「ああ」
ヨースケは前進した。
そして、男のすぐ前に立った。
棍棒が届く距離だ。
ヨースケの手中には、剣と盾が有った。
「…………」
ヨースケは盾を構え、男が殴りかかってくるのを待った。
そして……。
「ここだっ!」
男が棍棒を振り下ろした。
その渾身のタイミングで、ヨースケは盾を振った。
盾で棍棒を弾く。
そのつもりだった。
「え……?」
次に起きたことは、ヨースケの予想からは、外れていた。
ヨースケの盾が、弾かれていた。
ヨースケは、大きく体勢を崩してしまった。
致命的な隙ができた。
「…………」
男は容赦せず、ヨースケに棍棒を振り下ろした。
「うあっ……!」
ヨースケの頭部が打たれた。
ヨースケの視界で、ちかりと火花が散った。
「せんぱい!」
「逃げ……ろ……」
しくじった。
負けた。
朦朧としたヨースケの意識でも、そのことだけは理解できていた。
自分のヘマに、フミヅキまで巻き込むわけにはいかなかった。
だから、逃げるように言った。
「ですが……!」
「雪の焚き火だ……! 血雪人は……あそこで復活するから……!」
躊躇するフミヅキに、ヨースケは呼びかけた。
そのあいだ、ヨースケは隙だらけだった。
「っ……!」
ふたたび棍棒が振り下ろされた。
頭を2度打たれた。
終わった。
もう生きられない。
ヨースケには、はっきりとそれがわかった。
(変……だな……。
主人公の体力なら……6発は……耐える……)
ヨースケの意識が、まっくらな闇に沈んだ。
……。
「せんぱい……! せんぱい……!」
最初の部屋で、ヨースケは体を揺さぶられていた。
フミヅキは無事なようだ。
ヨースケはそのことに対し、ほっと安堵をした。
そして、真顔で呟いた。
「変だな……」
「せんぱい?」
「パリイのタイミングは完璧だった。
なのに、俺の盾の方が弾かれた」
「生き返って、最初に言うことがそれですか?
せんぱい、死んだんですよ?」
「死ぬほど痛かったぞ。泣きたい」
ヨースケはそう言ったが、既に苦痛は過ぎ去っていた。
死によって、全てがリセットされたらしかった。
「でしょうね」
「それより、パリイの方だ」
「成功したら、どうなってたんですか?」
「こう、敵がのけぞる。
そのとき、急所に攻撃を叩き込むと、クリティカルヒットになる」
「武器で襲ってきた相手が、のけぞるんですか?」
「ゲームだとそうなるんだが。
なんかダメだったな」
「それって、単純にせんぱいが、力負けしただけなんじゃないですか?」
「力負け?」
「人の重心を強引に崩すなんて、
相当のパワーが居ると思いますよ。
ゲームの主人公も、
せんぱいみたいな貧弱なゲームオタクなんですか?」
「主人公の出自は、自由に選択できる」
「その中に、オタクくんは居ますか?」
「居ない」
「でしょう?
ゲームの主人公というのは、
英雄的な身体能力を持っているものです。
つまり、せんぱいの腕力では、ゲームのアクションは再現できないんですよ」
「つまり……。
パリイはナーフされてるってことか。
運営め」
「ナーフとかではなくてですね」
「だが、もう1つだけ戦法が有る。
むしろ、こっちがメインと言っても良い。
パリイほどスマートじゃないが……」
「戦法?」
「ああ。ローリング回避だ」
ヨースケは、自信満面に言った。
(すごく……嫌な予感がします……)
……。
ヨースケたちは、ふたたび館を出た。
そして坂を上っていった。
「そのローリング回避というの、
実践する前に、説明してもらって良いですか?」
坂の途中で、フミヅキがそう言った。
彼女の表情は、なぜか渋かった。
「口で説明するより、
実際に見てもらった方が早い」
「そういう問題では無くてですね……」
「それじゃ、行ってくる」
「あっ……」
ヨースケは、坂を上りきり、敵の方へと向かった。
そして前回のように、棍棒が届く距離に立った。
「…………」
ヨースケは、敵の動きをじっと見た。
そして……。
(ここだっ!)
ヨースケは敵の攻撃に合わせ、地面に転がろうとした。
だが……。
飛び込み前転の、予備動作の時点で、ヨースケは棍棒で打たれた。
「ぐあっ!?」
「せんぱい!?」
「ど……どうして……?」
負傷したヨースケに、とどめの棍棒が振り下ろされた。
ヨースケは、再び死亡した。
……。
「せんぱい! せんぱい!」
「う……」
ヨースケは、またしても同じ部屋で目覚めた。
「だいじょうぶですか!? せんぱい!」
2度目だというのに、フミヅキは心配そうに尋ねてきた。
「平気だ。
めちゃくちゃ痛かったがな」
「それはそうでしょう」
(けど、1回目より痛くなかった気がするな。気のせいか?)
「それで、どういう試みだったんですか? あれは」
「ローリング無敵で、敵の攻撃を避けようと思ったんだ」
「無敵?」
「ああ。最近の3Dアクションゲームの多くには、
なぜか暗黙の了解として、
ローリングに無敵判定が有るんだ。
マニュアルにすら書いてないが、
なぜか当然のように無敵が有るんだ。
……なんでだ?
なんで無敵が有って、それをマニュアルに書かないんだ?
3Dアクションの金字塔、時のオ○リナには無かったのに。
攻略に必須レベルの知識なのに、
なんでマニュアルに書かない?
マニュアルに、
ローリングに無敵が有りますって書くと、
誰かが死ぬのか?」
「知りませんよ。
せんぱい。
ここはゲームの世界かもしれませんが、
半分は現実なんですよ?
ローリング無敵というのは、
世界観に根ざしたアクションではなく、ゲームのシステムでしょう?
どうしてただ転がるだけの動きに、
無敵なんてものが有ると思ったんですか。
そもそも、せんぱいの動きが遅すぎて、
転がる前に殴られてましたよ?
もしローリング無敵とやらが有っても、
せんぱいの素早さじゃ、意味が無いと思いますよ?」
「ゲームの主人公って凄いな。
さっきまで重い剣を構えてたのに、
あんな一瞬で地面に転がれるなんて」
「まあ、ヒーローなんでしょうからね。
普通の人間には無理なアクションも、こなせるんでしょう。
せんぱいと違って」
「俺もさあ。
ひょっとしたら、
ローリング回避なんて無理なんじゃないかとは、思ってたぞ?
けどさ、フミヅキ」
「はい」
「このゲーム、無敵ローリングが無いと、クリアできねーんだよ」
「えっ?」
「最終的に、自分の何倍もでかいバケモノが、
クソデカ判定の攻撃を、ブンブン振り回してくんの。
走って避けられるような攻撃じゃ無いの。
んで、盾で攻撃受けてると、
めちゃくちゃレベル上げてない限り、
スタミナ無くなって死ぬの。
ガード無効技もあんの。
避けようと思ったら、
ローリングで避けるしか無いの。
マニュアルに書いてない無敵ローリングが、
このゲームの正しい攻略法なの。
ワカル?」
「……クソゲーじゃないですか」
「神ゲーだよ。
パリイで敵にクリティカルを叩き込めて、
マニュアルに書いてないローリング無敵で
大型ボスの攻撃を回避できたら、
神ゲーだよ」
「けど、できませんよね?」
「……ああ。
クソゲーだわ。コレ。
運営め……。
ローリングをナーフしやがって」
「運営は関係無いと思いますけど……」
最初のザコとの戦いで、既に……。
2人のゲーム攻略には、暗雲がたちこめてきているのであった。
お読みいただきありがとうございました。