その1の1
試し書きです。
3話くらい投げます。
「せんぱい。せんぱい」
ヨースケの鼓膜を、聞きなれた声が、揺らした。
肩に手をかけられ、体を揺さぶられている。
そんな感覚も有った。
「う……?」
「起きて。起きてください」
「うぅ……」
呼ばれている。
行かないと。
そんな想いに駆られ、ヨースケは目を開いた。
「……フミヅキ?」
見慣れた顔が見えた。
ヨースケの隣で、フミヅキという名の少女が、ヒザをついていた。
ヨースケは、上体を起こし、フミヅキの瞳を見た。
「はい。ヨースケせんぱい」
フミヅキが微笑んだ。
フミヅキは、ヨースケの高校の後輩で、同じ部活の仲間でもある。
彼女の髪は、長く艶やかな黒髪だ。
顔には分厚いメガネをかけている。
その素顔が案外かわいいということを、ヨースケは知っていた。
(メガネ、止めたと思ったんだがな)
ヨースケは、一瞬そう思った。
だが、特に重要でもないと思い、考えるのをやめた。
フミヅキの服装は、学校指定のセーラー服だった。
ヨースケも、男子の学生服を着ていた。
だが、今2人が居る場所は、学校では無いようだった。
「ここは?」
ヨースケは、周囲を見た。
そこは、洋館の一室のように見えた。
(どこかで……)
ヨースケは、部屋の内装に、既視感を覚えた。
どこかで、この部屋を見た。
そのはずだ。
ヨースケの直感が、彼にそう呼びかけていた。
だが、どこでこの部屋を見たのかまでは、思い出せなかった。
「わかりません。気がついたらここに……」
フミヅキにも、ここがどこなのかは分からないらしい。
いったいどうして、こんな場所に居るのか。
「……ここに居るのは、俺たちだけか?」
「そうみたいですけど?」
「チナツは?」
ヨースケは、同じ部活の後輩のことを尋ねた。
「チナツ? 誰ですか? それ」
フミヅキは、きょとんとした顔で言った。
「は……?
何いってるんだ? 同じゲーム部の仲間だろ?」
「……はい?
ゲーム同好会は、私たち2人だけでしょう?」
ヨースケは困惑した。
チナツが入部してきて、もうしばらくの時がたっている。
フミヅキとも、深く交流している。
忘れられるような相手では、無いはずだった。
(記憶喪失? 本当にどうなってんだ?)
「それよりせんぱい。気をつけてくださいね」
「何が?」
「後ろ。ヘンなのが有りますよ」
「えっ!?」
ヨースケは、飛び上がりながら振り返った。
「これは……」
そこには、ヨースケが良く知るモノが、存在していた。
「知っているんですか? 先輩」
「『雪の焚き火』だ」
そこには、盛り塩のような形で、『雪』が積まれていた。
ただの雪では無い。
赤い雪だ。
そして、雪の頂上からは、温かい火が立ちのぼっていた。
安堵をおぼえる。
そんな温かさだった。
「焚き火って……雪は燃えないと思いますけど」
「こいつはただの雪じゃない。
呪われた血で出来た、ブラッディスノウなんだ」
「呪われたって……漫画のお話ですか?」
「いや。ゲームだな。
ブラッディスノウってゲーム、聞いたこと無いか?」
「無いですけど」
フミヅキは即答した。
「おまえ、本当にゲーム部かよ」
「同好会ですよ」
「昇格しただろ。部に」
「してませんけど。
寝ぼけてるんですか? せんぱい」
(……? しただろ?)
「……まあ良い。
有名な死にゲーだよ。ブラッディスノウは」
「死にゲー?」
「それも知らねーのかよ」
「すいません」
「死にゲーってのは、
何回も敵に倒されて、攻略法を模索していくタイプのゲームだ」
「クソゲーですか?」
「神ゲーだよ。
1作やる分にはな」
「1作?」
「ブラッディシリーズってのが有るんだよ。
スノウはその最新作だ。
で、1本やりこむと、
同じシリーズの作品に、マンネリを感じちゃうんだよな。
結局、攻略のパターンってのが、
そんなに多く無いから。
最終的には、 攻略を模索するって楽しみが消えて、
目押しするだけのゲームになっちまう。
まあ、グラとか演出も良いから、最低限は楽しめるんだが」
「早口ですね。せんぱい」
「悪かったな?」
「いえ。ですが……。
ゲームのオブジェクトが、なぜここに?」
「この部屋……ゲームのスタート地点によく似てる。
ひょっとしたら、ゲームの世界なのかもな。ここは」
「ゲームの世界って、マジで言ってんですかコイツ」
フミヅキは、『無いわー』といった様子で、ヨースケを見た。
「ひどいなオイ!?
そりゃ普通はありえないけど、
いま俺たちが居る状況だって、普通はありえないだろ?」
「ありえますよ。
誘拐犯に、拉致監禁された。
はい論破」
「誘拐って、何のためにだよ?」
「せんぱいの家、お金持ちじゃないですか」
たしかに。
ヨースケの家には、それなりの資産が有る。
金目当てで誘拐が起こっても、おかしくは無いが……。
「そうだが……。
それじゃこのブラッディスノウは?」
「犯人の趣味?」
「それこそありえねーだろ」
ヨースケの目には、眼前の雪の焚き火は、ゲームそっくりに見えた。
部屋の内装も含め、凄まじく手がこんでいる。
もし作ろうと思えば、相当の資金が必要なはずだ。
手間隙もかかる。
金に困った連中に作れるものだとは、思えなかった。
「……なあ」
「はい」
「その扉、鍵はかかってるか?」
この部屋には、窓と扉が有った。
窓の方には、鉄格子がつけられている。
出入りは困難だった。
この部屋から出るには、たった1つの扉を、通る必要が有った。
「まだ試してませんが」
「鍵がかかってたら、本当に誘拐かもな。
だけど……。
ここがブラッディスノウのスタート地点なら、
部屋に鍵なんてかかっちゃいないはずだ」
「鍵だけで、判断するんですか?」
「判断の材料にはなる」
ヨースケは、ドアの方へ向かった。
そして、ノブを回した。
ノブはすんなりと回った。
鍵はかかっていないようだ。
ヨースケは、ほんの少しだけ、ドアを開いてみた。
そして、すぐに閉めなおした。
「開くみたいだぞ」
「部屋に鍵が無いからって、外まで出られるとは限りませんよ」
「……なあ」
ヨースケは、声をひそめて言った。
「はい」
「覚悟しとけよ」
「えっ? 怒ってるんですか? せんぱい」
「ちげーよ。
扉の外の話だ」
「何か有るんですか?」
「敵が居る」
「敵」
「ああ。敵だ。それで……。
これがゲームどおりなら、俺は敵に殺される」
「えっ?
主人公が殺されたら、ゲームにならないじゃないですか。
せんぱいは脇役だったんですか?」
「不死身なんだよ。このゲームの主人公は。
……見ろ」
ヨースケは、自身の左手の甲を、フミヅキに見せた。
そこには、雪の結晶のようなデザインの、赤い紋章が見えた。
「それは?」
「血雪-ちゆき-の烙印だ。
これが有る奴は、人間じゃない。
血雪人-ちゆきひと-っていう、不死のバケモノだ。
だから、殺されても蘇る」
「あの、私にも有るんですけど。それ」
「みたいだな」
「バケモノなんですか? 私」
「みたいだな」
「えぇ……」
「とにかく、イベントをこなさなきゃ、
ゲームが先に進まねえ。
行ってくるから、お前、ここで待ってろ」
「1人で行かれるんですか?」
「話聞いてたのかよ?
殺されに行くんだぞ?
死ぬのは少ない方が良いだろ」
「敵が居るんですよね?」
「ああ」
「勝てないんですか? その敵に」
「無理だ。
武器が無いからな。
その敵に負けてようやく、
主人公は武器を手に入れられるんだ」
「どうして負けることで、武器が手に入るんですか?」
「ゲームの都合っていうか……。
設定の話をするとな、
その敵は、もう限界なんだよ。
主人公を倒した時点で、力が尽きてしまう。
そして、赤い雲に帰る。
主人公は、その力尽きた敵の武器を使って、
ゲームを攻略していくんだ」
「素手では絶対に、勝てない相手なのですか?」
「……絶対ってわけじゃない。
実際、クリモトっていう世界一の凄腕のゲームライターは、
あいつを素手で倒してみせた。
けど、俺はただのゲームオタクだ。
そんな神業は無理だ」
「そうですか……。
あの、せんぱい」
「何だ?」
「その敵は、もう限界なんですよね?」
「ああ」
「ここでじっとしていたら、勝手に自滅するんじゃないですか?」
「えっ?」