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8、公爵令嬢の執着

リオノーラとエドウィンは、夕食後も軽く話をして過ごした。

アンジェニアとしてではなく、自分を偽らずにリオノーラとして話すことに実はとても飢えていたのだと、エドウィンと話していてリオノーラは感じた。


「へぇ。年の離れた妹と弟かぁ。良いよね、姉弟って」

「はい、可愛くて仕方ありません。エドウィンさんは、ご兄弟はいらっしゃるのですか?」

「エドウィンで良いよ。うーん、一応兄が一人、いるにはいるんだけどね。ちょっと事情があって、五年前に離ればなれになったっきり、会えてないんだ」

「……そうでしたか」

避けた方がよい話題だったかと思い、リオノーラは話をそらす。

「アンジェニア様の護衛騎士をされているなら、なかなか自由な時間は取れないですよね。護衛騎士には、いつからなられたのですか?」

「確か、二年前かな?アンジェニア様が社交界デビューをされたパーティーで、知り合ってからだね」


リオノーラが平民と知っても呼び捨てで構わない、と言われたが為に、すっかりエドウィンも平民だとリオノーラは思っていたのだが、貴族のパーティーに出席したということは違うのだろう。

「エドウィンも貴族なのですね」

「ははは、誰も知らない領土もない片田舎の男爵家だけどね」


リオノーラが問えば、エドウィンは軽快に笑う。

よくよく考えてみれば、平民嫌いのアンジェニアがエドウィンを傍に侍らせるのも、男爵家の次男であれば理解出来た。


「もし、アンジェニア様ご自身が本当にご結婚なさるのだとしたら、エドウィンはどうするおつもりだったのですか?」

エドウィンは、二十代前半に見えた。

もしアンジェニアと恋仲ではなく仕事上の関係なのであれば、アンジェニアの護衛騎士に留まらずとも騎士として様々な可能性を秘めているように思える。

けれども、エドウィンの返事はリオノーラが考えていたものとは違っていた。


「うーん、まだ目的を達成出来てないからね。アンジェニア様との関係を一端白紙にしてでも、ついていく、かな?」

エドウィンはニコニコと笑いながら答えたが、その笑顔に一種の壁のようなものを感じたリオノーラは「そうなのですね」と言ってそれ以上は踏み込めなかった。


アンジェニアと今まで通りの関係が続けられないとしてもついていくという判断を下す程、アンジェニアは何か魅力があるのかもしれないとリオノーラはぼんやりと思った。


(……もしかして、本当は、アンジェニア様とのご結婚が、達成したいこと、とか……?)

公爵夫人によりエドウィンとの一夜を命じられたことで、今日は珍しくリオノーラは恋愛脳になっているようだった。


ふと気付けば、既に深夜になっている。

「すっかり話し込んでしまってすみませんでした。ええと、今日は……」

リオノーラが言い淀んだことに気付いたのか、エドウィンは「僕は今日はそこのソファで寝かせて貰うから、気にしないで良いよ」と言って、早い者勝ちと言わんがばかりにソファの上に横になった。


「……ありがとうございます」

「とはいえ、寝具が全く乱れていないことをメイドから公爵夫人に告げ口されればバレるんだけどね」

「えっ!?」

リオノーラは慌てる。


そんなリオノーラを見て、エドウィンはクスクスと笑った。

(また揶揄かわれてしまった……)

少しむくれるリオノーラに、エドウィンはごめんごめん、と軽く謝りながら、「万が一、公爵夫人に咎められたら、口でのご奉仕の仕方を習いましたって言っておきなね」とアドバイスしてくれた。

「?……はい」

意味がわからないままだったが、リオノーラはこくりと頷いた。




***




翌日。

「じゃあ、僕はこれで失礼するね」

エドウィンがアンジェニアの部屋の前でリオノーラにそう言ってお辞儀をした時、リオノーラは返事をする前に横から押され、床に叩きつけられそうになった。


「っ!!……大丈夫ですか?」

「は、はい」

何が起きたのかわからないリオノーラだったが、どうやら倒れ込む寸前でエドウィンが助けてくれたらしく、気付けばエドウィンに抱き抱えられている。


「ありが──」リオノーラが御礼を言おうとすると、「エドウィン!!」と顔を真っ赤にさせて怒り狂った表情のアンジェニアがリオノーラを睨み付けながら、間に割って入った。

「早く戻って来てって言ったのにぃ!!」

「……アンジェニア様」

リオノーラとエドウィンは困った顔で、それぞれが小声でアンジェニアに呼び掛ける。


公爵家の邸宅にアンジェニアが姿を表すことはない、と公爵夫人は言っていたから、きっとこれは、アンジェニアなりの公爵夫人への抗議なのだろうとリオノーラには感じられた。


それにしても、これ以上騒がれると、アンジェニアとして振る舞っているリオノーラのこれからに支障をきたしてしまう。

「アンジェニア様、一度中へ……」

焦ったリオノーラは、アンジェニアに部屋へ一度入って貰おうと手を伸ばしたが、それもアンジェニアの気に障ってしまったようだった。


リオノーラの手をパシン!と勢いよく叩いたアンジェニアが、

「この、泥棒猫っ!!早くここから出ていって!!さっさとドバイリーに殺されてくればいいっ!!」

と、廊下中に響き渡る声で言うのに、リオノーラは頭を抱える。


「エドウィンもエドウィンよ!!いくら私のお気に入りだからといって、私が貴方に何もしないなんて保障はないのよ!覚えておきなさいっ!」

アンジェニアは怒りの矛先を今度はエドウィンに向けて、エドウィンの胸板を握り拳でドンドンと叩きつけながら睨み付ける。


今こそ、二人の間には何もなかったのだと話して少し冷静になって貰うべき、と思ったリオノーラが「私達は──」と口を開きかけた時。

リオノーラの言葉を遮るように、「僕にはどんな罰が待っているのですか?」とエドウィンがアンジェニアに聞いた。


「私を裏切ったことを後悔させてやるわよ。前なんて──」

アンジェニアはそこまで言って、一度口を閉じる。けれどもエドウィンは続けて尋ねる。

「前なんて?」

「いえ、何でもないわ……貴方が裏切らなきゃ、酷いことはしないし」

アンジェニアが少し冷静になって言葉を濁す。


アンジェニアが公爵夫人と中身が似ていると感じていたリオノーラは、人間の処分をさらっと命令していた公爵夫人にアンジェニアが重なり、背筋が凍った。



その時、「如何されましたか」と廊下の奥から声が掛かり、リオノーラは更に緊張する。声は女性のものではなく、壮年の男性のものだ。


「ブロワール」

男性が現れると、アンジェニアが一瞬怖じ気づいたようにエドウィンの背中の後ろに隠れる。

誰かと思ってよく見れば、リオノーラが初めて公爵夫人と会った時、傍に侍っていた執事だった。四十代……公爵夫人より少し年配に見える。


無表情のまま何の色も見えない執事の目がこちらを向くだけで、リオノーラはぞくりと背筋が冷えた気分になった。


「……お嬢様、ここでこれ以上騒いで公爵夫人の計画を台無しにするようであれば、直ぐ様ご報告させて頂きますが」

じっとその執事がアンジェニアを見ると、アンジェニアは慌てて「そんなつもりはないわ」と言い、「行くわよエドウィン」とエドウィンの腕を引いた。


目だけでエドウィンに別れの挨拶を送ったリオノーラは、エドウィンに少し感謝した。

公爵夫人からの指示があれども一向にリオノーラに触れようとしなかった理由は、この怒り狂ったアンジェニアの行動が予測できたからだと思う。

恐らく、アンジェニアにも、二人きりになればリオノーラとの間には何もなかったことを話すだろう。


アンジェニアとエドウィンが去ると、そこには執事のブロワールとリオノーラだけが残された。


「アンジェニア様」

「は、はい……」

「お嬢様をこちらの邸宅に入れてしまったこちらのミスをお詫び致します。けれども、これから二ヶ月間、お嬢様をアンジェニア様とお呼びするような真似はなさらないで下さい。他の者でなくて良かったです」

「申し訳……」

「ブロワール様!」

その時、執事の後ろからメイドが呼び掛けてきた。リオノーラは瞬間的に、アンジェニアに変貌する。

「──次からは気をつけるわ、悪かったわね」

「ありがとうございます、よろしくお願い申し上げます」

執事は綺麗なお辞儀をして、メイドと共にリオノーラから離れた。

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