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6、本物のアンジェニア

「ドバイリー公爵は、自分の妻である公爵夫人がゴッドウーに殺されたと考えているみたいなの」

あの人にそんな度胸がある訳ないのにね、と公爵夫人は冷笑する。

「いつ頃亡くなられたのですか?」

「……ちょうど、アンジェニアとディナンドの婚約話を、ドバイリー公爵夫人が持ち掛けてきた頃よ」


リオノーラは情報をまとめた。

亡くなったドバイリー公爵夫人は、王命のこともあり、自分の一人息子とゴッドウー公爵家の一人娘の婚約話を以前親しくしていたゴッドウー公爵夫人に持ち掛けた。

その話をよく思わなかったゴッドウー公爵は、婚約話そのものをなくす為に、ドバイリー公爵夫人を殺害した……


「それはおかしいですね」

リオノーラが言うと、公爵夫人は片眉を軽くあげる。

「何故そう思うの?」

「……公爵様は、アンジェニア様の結婚式に出ないと公爵夫人が断言出来る程、失礼ながらアンジェニア様のことを気にかけてはいらっしゃらない、ということですよね」

「まぁ、そうね。だからこそ、私が守ってあげないと」

「でしたら、結婚式ですら他人事と考えるような方が、その前段階である婚約話で何かをするとは考えられないのではないでしょうか」

「……ええ、その通りよ。でもそれは、あくまでもこちら側の人間としたら、そう考える話なだけ。厄介なことに、公爵夫人を毒殺した犯人が捕まったらしいのだけど……ゴッドウーの指示だって言ったらしいのよ」

公爵夫人は、額に細い指を当てて、ふぅ、とため息を吐いた。

「ただ幸いなことに、ゴッドウーの指示だという証拠は見つからなくて、うちは身に覚えのない火の粉を被らずに済んだわ。けどこれで、二人の婚約話は白紙になるかと思ったのだけど……今度はディナンド本人から、アンジェニア宛に求婚状が届いたのよ」


リオノーラは、じっと公爵夫人の口から語られる話に聞き入っていた。


「……でも、おかしいと思わない?自分の母親を殺した相手の娘に、わざわざ求婚なんかするかしら?……つまり、アンジェニアはドバイリーに行くと、どんな目に遭わされるかわからないの」


公爵夫人の言葉に、リオノーラは頷く。

これで、本物のアンジェニアをドバイリーに行かせたくない理由が判明した。

公爵夫人との会話から、最悪の場合、リオノーラは殺される可能性すらあることがわかる。


「私が行かなければならない理由はわかりました。頑張って誤解が解けるようにします」

「……巻き込んでしまって、悪かったとは思っているわ。でも、私もみすみす娘を危険に晒したくないのよ。……後、貴女の家族も引っ越しはさせたけれども、きちんと無事だから安心して」

「……っ」

公爵夫人の謝罪の言葉より……最後の言葉に、胸が熱くなる。


(良かった……!無事なんだ、良かった……!!)

溢れそうになる涙を堪えて、つとめて冷静になろうとした。

(……深呼吸)

リオノーラが鼻でゆっくり、意識的に空気を吸って吐いてを繰り返していると、公爵夫人は「そう言えば」と、天気の話題をするかのような素振りでリオノーラに問う。


「そう言えば、貴女は生娘(きむすめ)なのかしら?」

「……!?!?」

リオノーラは、その言葉の意味を咀嚼した後、直ぐ様顔を真っ赤にさせ、首をこくり、と頷き、俯いた。



リオノーラの国では、領土毎に差はあるものの、平民は十六歳から十八歳までに結婚する女性が多い。

平民が通う学校は十六歳で終わるので、女性はそのまま結婚する人が多いのだ。仮に働きに出たとしても十八歳迄に結婚するのが一般的である。


リオノーラは、十三歳で父親を亡くし、その直ぐ後に生まれた双子を学校に通いながらも何とか労働災害として支払われたお金を遣り繰りしながら育て、十六歳からは自分が目まぐるしく働きに出たので、気付けば自分は既に十八歳になっていた。双子にそこまで手が掛からなくなったタイミングで公爵夫人に拐われるようにして公爵家の別荘で今度は必死で勉強に打ち込んだので、男性を知ることなくリオノーラは十九歳になっていた。


一方、この国の貴族は女性は十六歳まで貴族が通う学校に行き、十六歳から社交界デビューをし、十八歳までに婚約して、二十歳までに結婚するのが一般的である。


王族や王族の婚約者でなければ、貴族であっても婚約者が出来るまではそこまで貞操を重視されないので、婚約前に経験を済ませている女性も多かった。


アンジェニアは公爵令嬢ということで、本来ならば皇太子妃候補となってもおかしくはなかったが、今回は皇太子がまだ十歳手前という年齢であることで候補外となる為に、その例外ではないようだ。


「あら、そうなの。……折角だから、貴女も少しは経験しておきなさい。もし、ディナンドを閨で満足させられれば、その方が……」

公爵夫人はその先を紡がなかったが、リオノーラには「生き延びることが出来るかもしれない」と口にしなかった言葉が聞こえた気がした。


ただ機会がなかっただけで、処女を大切にとっている訳でも先を知ることが怖い訳でもなかったが、如何せん、リオノーラには相手がいない。

何と答えるべきか悩んでいると、公爵夫人は「ああ、貴女の相手なら、私が紹介してあげるわ」と、にこやかに微笑んだ。




***




「こちらが私の一人娘の、アンジェニアよ」

「あぁ、貴女が平民あがりのぉ?中々良い仕上がりじゃない。ねぇ、エドウィン?」

リオノーラは、目のやり場に困りながら、「初めてお目にかかります、アンジェニア様」と淑女の礼をとった。


アンジェニアは、リオノーラの目から見てごくごく普通の女性に見えた。公爵夫人はかなりの美人だから、もしかしたら公爵に似たのかもしれない。

ただ普通でないところもあって、まさか素っ裸同然の格好でお出迎えされるとは全く思っていなかった。


本来であれば、社交界の中心にいてもおかしくない公爵令嬢のアンジェニアだが、社交界デビューで何やら大きな失敗をしたらしく、以降公爵家から少し離れた別宅にずっと引きこもっているらしい。

しかも、アンジェニアは学校嫌いで学校に通わず、ずっと家庭教師で済ませてきた為、友人と言える人間もいないという。


リオノーラを身代わりにさせても問題ないという判断は、こうしたアンジェニアの引きこもり生活が背景にあり、実際にディナンドとアンジェニアは顔を合わせたことがないという。

アンジェニアが病弱だという話は、社交の場に出ないアンジェニアに変な噂がたたないように公爵夫人が広めた話らしい。



「アンジェニア。この子を連れて行くと先触れを出したのに、何て格好をしているの」

公爵夫人の尤もな言い分に、リオノーラはホッとした。

良かった、おかしいのは自分ではなく、目の前の公爵令嬢なのだと思って安心する。

ただ、公爵夫人は本当に腹が立っているのか、扇で口を隠し、とても冷たい瞳で……それこそ、汚ならしいものを見るような目付きでアンジェニアを見るのがリオノーラは気になった。

公爵令嬢に成り代わったリオノーラを見る目付きも、ここまで冷たくはない気がするから、尚更だ。


「エドウィン、相変わらずお母様が怖いわぁ」

アンジェニアは、ベッドの横に侍っていた男性を見上げ、猫なで声で声を上げる。

急に話を振られた男性は、慌てることなく苦笑しながら、「だから服位は着ましょうと言ったじゃないですか、アンジェニア様」と答える。


エドウィンと呼ばれた男性は、騎士のような格好をしていたが、どうやら随分とアンジェニアの覚えが目出度いらしい。公爵令嬢への砕けた口調と態度は、初めて会うリオノーラですらも気付いてしまうような二人の親密さが伺えた。

「んもぅ、挨拶なんて一瞬で済むじゃない。何故わざわざ、平民の為にこの私が動かなきゃいけないの?」

アンジェニアは、シッシと追い払うようにリオノーラに手を振ると、「エドウィン、さっきの続き、しましょうよぉ」とエドウィンに手を差し伸べる。


成る程、とリオノーラは思った。

人間を血筋で見るところは、公爵夫人の血もしっかり引いているらしい。


こほん、と一連の流れを見ていた公爵夫人が咳払いをし、怒りを込めた低い声で「残念だけど、アンジェニア。エドウィンは、これから私が借りるわ」とアンジェニアに告げた。

驚いた様子で、アンジェニアはベッドの上で上体を上げる。

リオノーラは、裸で寝転んだままのアンジェニアに、挨拶をしていたのである。


「えぇ?お母様、エドウィンは私の護衛騎士よぉ?」

アンジェニアは不服そうに、眉を潜めた。

「……これは、しっかりしない貴女への罰よ、アンジェニア。反省なさい」

「やめてよぉ、エドウィンを連れて行かないでぇ!他の男でいいじゃない!」

「エドウィン、ついて来なさい」

「はい」

「エドウィン、行かないでぇ」

アンジェニアは、エドウィンにしがみつく。その手を優しく払いながら、エドウィンは「アンジェニア様、直ぐに戻りますので」と宥めた。


リオノーラの目の前で、アンジェニアはエドウィンにひしっと抱き付き、「早く戻って来てねぇ?」と甘える。


……私は何を見させられているのだろう、とリオノーラは頭が痛くなる。

公爵令嬢とは、この国のお手本となる女性と、マナーの講師は言ってなかったっけ……?と、一年前に教わった講義に、心の中でリオノーラは異議申し立てをするのだった。

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