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3、燃えた職場と家族の安否

「……」

リオノーラが全焼した職場の前で呆然としていると、もう一人の護衛が近付いてきた。


「アンジェニア様、ご気分は如何ですか?──早く馬車にお戻りください」

前半は優しく、そして後半はリオノーラにしか聞こえない程の小さな声で、静かに冷たい言葉で声を掛けられ、リオノーラは肩を揺らす。


三人の護衛のうち、この人だけはリオノーラがアンジェニアではないと知っているようだ。やはり、リオノーラが勝手に動くことを想定して先手を打たれている。


「……ええ」

その護衛に腕を掴まれる前に、リオノーラは一度足を踏み台に乗せた。

それでも、諦めきれずにパッと振り返って、路地を歩く平民に声を掛けた。

「あの、このお店の従業員達がどうなったのかご存知ですか?」

「アンジェニア様!」

急に貴族らしい令嬢に声を掛けられ驚いている街の人に対して、

「すみません、お嬢様がこの跡地を見て心を痛められたようで」

と護衛はフォローを入れた。

何も知らない、と答える通行人にお礼を言うと、リオノーラ踏み台に乗せた筈の足を下ろして、向かいの小さな靴屋に向かって歩き出した。

(あそこのおじさんなら、何か知っているかもしれない……!)

しかし、路地を渡る前に、護衛に腕を掴まれてしまった。

「早く馬車にお戻り下さい」

ぐっと握られた腕が痛くて、リオノーラは顔をしかめる。

するとその時、「ねえちゃん!!」と、聞きたくて堪らなかった、男の子の声が聞こえた。



(フェリアン……!それに、ウィネットまで!!)

護衛に腕を掴まれてさえいなければ、リオノーラは走り出して、その二人を抱き締めていただろう。

けれども、二人を見た護衛はリオノーラを隠すように三人の間に割って入り、「さあ、アンジェニア様。もうお乗り下さい」とリオノーラを促した。


「ねぇちゃん!ねえ、ねぇちゃんでしょ!?」

弟のフェリアンはリオノーラに向かって腕を伸ばしたが、弟は弟で、一人の女性にもう片方の手首を掴まれ、その場から動けないでいる。


(あの女性は、誰!?)

リオノーラは、弟の後ろからこちらを睨み付けてくる女性を見て震えた。

するとその女性は、表情を一変させてにこやかにフェリアンに話しかける。

「フェリアン、あの馬車は公爵家のものよ。お姉さんとは別人に決まっているわ」

「で、でも……でも」

「貴族の方を困らせるなら、今日の夕飯は抜きよ」

「あ……ごめんな、さい」

「わかればいいわ。私がフェリアンの無礼を謝罪してくるから、二人はここにいて」


そうして有無を言わさず双子をその場に残すと、その女性は真っ直ぐツカツカとリオノーラの許までやってきて、お辞儀をする。

「……これは、契約違反じゃない?家族の命が惜しければ、今すぐどっか行って」

「……!!」

その言葉を聞いて、リオノーラは真っ青になった。


ちらりと二人を見ると、妹が弟の肩を抱き締めながら「お姉ちゃんはお仕事中に火事に巻き込まれたって言われたでしょう?もしお姉ちゃんがいたら、一番に私達のところに帰って来てくれるはずだし、何の連絡もない筈がないよ」と慰めている。


確かに、そうだ。二人にはよく、リオノーラは「お姉ちゃんが無事である限り、必ずこの家に戻って来るからね」と言って、変な人に着いて行かないように教育していたのだ。

まさか、こんなことに巻き込まれるなんて思っていなかったから、自分に何が起ころうとも、自分の足で歩ける限り、いや歩けなくても、這いつくばってでも必ず家族の下に戻るよ、と言っていた。


たった二週間しか経っていないのに、普段は仕事であまり遊んであげられない姉にべったりと甘えてきていた双子が、自分の力で懸命に立っているのを見てその早すぎる成長にリオノーラは泣きたくなった。


「急に来られても困るのよね。今回の件は公爵夫人に報告させて貰うわ。……もしかしたら、厳しい罰が貴女じゃなく、家族に与えられるかもしれないわね」

そう続けて言われて、公爵夫人との会話を思い出す。

「……すみませんでした。あの、貴女が、公爵夫人がおっしゃっていた子供達の面倒を見て下さる方、ですか?」

「ええ、そうよ」

女は無表情で答える。

「大したことのないお金で、貴女の家族の面倒を見てやっているのよ?感謝してよね」

言葉遣いからして、タニアのような元々貴族に仕える者ではなく、普通の平民がお金を貰って、指示通りに動いているように見えた。

「ありがとう、ございます。……あの、よろしければ、これ……」

リオノーラは、他人のものであるイヤリングを外して、その女性に渡した。

あれだけ失くしたらどうしよう、と付けるのさえ怖かった装飾品だが、自分のせいで変な報告をされ、家族に危害が加えられたら、という方がよっぽどリオノーラには恐怖だったのだ。

だから、雇われた金額に不満そうなその女性に、少しでも金目のものを渡して家族に良くして貰えるならば、それに越したことはないと考えた。


以前のリオノーラであれば、決して思いつきもしない手段だ。

自分のお金ではなく他人のお金とわかっていて渡すようなものである。

「あら、気が利くじゃない。……まぁ、報告はしなきゃならないけど、家に押しかけて来た訳じゃないしね。偶然って報告にしておいてあげるわ」

女の機嫌が直ったのを確認して、リオノーラはホッとした。


(お母さんは、無事だろうか……体調は悪くなってないかな)

自分が随分と以前に比べて穢れたような気がして、苦笑しながら双子を盗み見る。

妹のウィネットは真剣な顔で、遠くからリオノーラとその女のやり取りをじっと見ているようだった。

妹は、弟よりも賢い子だ。

リオノーラと視線を合わせて何かを察知したのか、「やっぱりお姉ちゃんじゃないよ」と弟に言うのが聞こえた。


(今は、抱き締めてあげられなくてごめんね……。必ず、戻って来るから)

リオノーラは双子の姿をその目にしっかりと焼き付け、家族の為に、何としてでも生き延びると決め、「アンジェニア様、もう参りましょう」と護衛に急かされつつ、その場を後にした。




***




屋敷に戻ると、タニアがリオノーラの帰宅を出迎えた。

「お帰りなさいませ、アンジェニア様」

「ただいま、タニア」

「今日は予定外のことがあったと伺っておりますが、如何でしたか?」

「そうね……それなりに、楽しかったわ。まあ、もうないと思うけれど」

リオノーラは、今日改めて、家族が人質に取られていることを実感したのだ。

勿論、公爵夫人と話してからの二週間、リオノーラにやる気がなかった訳ではない。

そういう訳ではないけれども、あまりにも世界が変わり過ぎて、どこか夢を見ているのではないかと感じてしまう程、リオノーラにとっては真実味に欠けた毎日を送っていたのだ。


家族のあんなに傍に、赤の他人がいる。

それは、何時でも家族に危害を加えられてしまう、という危機感をリオノーラに持たせた。


そして全焼した職場。

きっと、職場を燃やしたのは公爵夫人の指示によるものだろう。



(綺麗なままではきっと、生き残れない……)

何もかもを犠牲にして、踏み台にする位の度胸がなければ。

公爵夫人に気に入られて、生かしておいても良いか、と思って貰える程にならなければ。


(……きっと、使い捨ての駒にされる)


リオノーラの脳裏に、男達を始末して、と冷たい声で言い放った公爵夫人の姿が浮かんだ。


(ああはならない。家族の為にも、絶対に……)


リオノーラの瞳に、不安と決意が、浮いて、揺らめいた。

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