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エピローグ

「お姉ちゃん!こっち来て見て!凄く綺麗な石が並んでる!!」

興奮して店内を駆け回るのは、普段は大人びているウィネットの方だ。

やはり女の子、可愛らしいドレスや高価な宝飾品が並ぶ店内に瞳を輝かせては、あちらこちらと蝶のように忙しく飛び回っていた。


一方、普段駆け回っている方のフェリアンは服や宝石には全く興味を示さず、設置してある長椅子につまらなそうに座っているところをディナンドに「剣でも見に行くか?」と誘われ、先程喜々として颯爽と店を出て行ったところだった。


女二人、ゆっくりとドレスに目を通す。

今日はウィネットの普段着を見に来たのだが、リオノーラが値段を気にすると理解しているディナンドが先に店に指示したらしく、全ての値札が取り払われていた。


「ウィネット、あまり高そうな物はやめてね……!!」

「わかってるよ、お姉ちゃん」

平民の身分でこんな幼い頃から贅沢に慣れたら堪らない、と恐れ慄きながら、リオノーラはつい何回も注意してしまう。



嬉しそうに店内を見回すウィネットを眺めながら、リオノーラは幸せを噛み締めた。

今の自分の傍に、トラウラはいない。

ブロワールから連絡を受けて、ひっそりと姿を消し、恋人と再会して全く違う土地で再出発したそうだ。

そしてタニアは変わらずゴッドウーで働いているらしい。

幸せであってくれれば、とリオノーラはいつも願う。



「そもそも、こんなお店、平民が入るべきじゃない気がするの……!!」

「でもお姉ちゃん、ドバイリーは平民でも生活水準高そうだと思わない?」

確かにそうだと思い、リオノーラは頷いた。

「でもここ、マーサルティ様の行きつけだったらしいし……」

「庶民的だけど、しっかり質の良い物って感じだよね」


自分よりもずっと分析力に長けた妹を恐ろしいと思いながら眺めていると、店員が一人近寄ってきて「あの、リオノーラ様でしょうか?」と尋ねてきた。

「はい、そうですが」と、リオノーラは答える。


アンジェニアとして生きろと言いながら、屋敷の中でも外でも普通に「リオノーラ」とディナンドが呼ぶので、変に隠すのもおかしいかと思い、そう聞かれたら「愛称なんです」とリオノーラは返すことにしていた。



「あの、リオノーラ様の為にと、マーサルティ様が予約をしていたドレス生地と宝石が出来上がっておりまして……その、マーサルティ様にご不幸があり、我々と致しましてもそのタイミングでドバイリー公爵様に伺うことが出来ず、ずっと保留にしていたのですが……」

困ったように、言いにくそうに言葉を紡ぐ店員に、リオノーラは驚きで目を見開く。


慌ててウィネットに「ちょっと見ててね」と声を掛け、護衛騎士のエドウィンに目配せをすると、その店員に詳しい話を聞きに、別室へ向かった。




「リオノーラ、そろそろ見終わったか?」

「ディナンド様……!!すみません、今直ぐに、お義父様のところへお邪魔したいのですが!!」

男性陣が時間を見計らって他の店から仲良く服飾店に戻ってくると、目に涙を溜めたリオノーラが、ディナンドの顔を見るなりそう言った。


一瞬鋭い目つきになって視線を走らせたディナンドだが、リオノーラの様子から悲しみが感じられないと悟るとすぐに、態度を軟化させる。

「父上のところへ?フェリアンとウィネットはどうする?」

ドバイリー公爵は双子を孫のように可愛がっていて一緒に連れて行くと喜ぶが、今日は自分とディナンドの二人だけで訪ねたいとお願いする。

「わかった。では、二人を家まで送ったら、その足で向かおう」

ディナンドは理由も何も聞かずに、リオノーラに微笑む。


店員が、ギョッとした顔でディナンドを二度見するのを視界の隅にうつしながら、リオノーラは頷いた。




***




「よく来たな、リオノーラ。今日は君の好物の日だったから、匂いでも嗅ぎつけてきたのか?」

歓迎するドバイリー公爵にリオノーラは笑って「それもありますが、お義父様に見て頂きたいものがございます」と返した。


そして、服飾店から購入してきたマーサルティの予約していたという品を、メイド達に並べて貰う。


「これは……?」

ドバイリー公爵は、ズラリと並んだドレスと紳士の礼服、宝石とリオノーラを、不思議そうな顔でそれぞれ見た。


リオノーラは、マーサルティ行きつけの服飾店で店員に言われたことをドバイリー公爵に伝える。

「これは、マーサルティ様が、ディナンド様と……その、私の結婚式で、着る予定だったドレスです」

「結婚式??」


ドバイリー公爵とディナンドは、声を揃えて復唱した。


「そうです、結婚式です。アンジェニア様でなく、私との」

「まて、どういう意味だ?」

頭の中を疑問符でいっぱいにして、ドバイリー公爵は尋ねる。

それもその筈、マーサルティは、アンジェニアとの婚約破棄をしに行った直後に亡くなっているからだ。

ディナンドの初恋の相手であり、ずっと探し求めている女性の名前がリオノーラだということすら、調べがついたかどうかというタイミングである。


「マーサルティ様は、ディナンド様が私……リオノーラと結婚しますように、と願いを込めて、随分と早くにドレスの予約をしたそうなんです。所謂願掛けですね」

「……気が早すぎないか!?」

ギョッとする二人に、リオノーラはふふ、と笑った。


「そうですよね。マーサルティ様が予約したのは、自分のドレスとお義父様の礼服。ディナンド様のタキシードを何着かと、私のドレス生地と、そのドレスカラーに合わせた宝石だそうです。私のサイズがわからなかったので、生地にしたのだと店員さんが言ってました」

「成る程」

「だから、お義父様。マーサルティ様は、結婚式に出る気満々だったのです!!」

「ほう」

「それがどういう意味か、ご理解頂けますよね?」


リオノーラが期待を込めて、ドバイリー公爵を見つめる。

ドバイリー公爵は、マーサルティが着る予定だったドレスを手に取り、ポツリと呟いた。


「……マーサルティは、死ぬつもりがなかった。毒だと知らずに、飲んだのか」

「はい、そうです。私はマーサルティ様を存じ上げません。どんなお考えをされる方かわからなかったので、お義父様の言葉を憶測で否定なんて出来ませんでした。……でも、今なら言えます。マーサルティ様は、お義父様とディナンド様を残して逝くつもりなんて、なかったんです」

「……っ」

ドバイリー公爵は、肩を震わせ俯く。


「……人は、物事を考える時は自分が基準となります。マーサルティ様は、本当に善良な方だったからこそ……親友の悪意や、メイドの憎悪というものに気付けなかったのでしょう。マーサルティ様ご本人が、そのような発想をされない為に」

「……ありがとう、リオノーラ。済まない、二人とも……折角来てくれたのに申し訳ないが……今日はひとりに、してくれないか?」

ドバイリー公爵は、背を向けたまま声を揺らす。


リオノーラとディナンドは顔を合わせ、頷いた。

「はい、勿論です。ではお義父様、今日は失礼致します。……また弟妹達と一緒に遊びに来ますね」

「ああ」

「では父上、失礼致します」


二人は、ドレスを握り締めたまま蹲ったドバイリー公爵を一人置いて、屋敷から立ち去った。




***




「そう言えば、義母上が薬草の栽培を始めたらしいな」

馬車の中、ディナンドに問われてリオノーラは笑顔で答える。

「そうなんですよ!その節は本当にありがとうございました、ディナンド様」

「いや、義母上を治したのは私ではなく、主治医だからな」

リオノーラが御礼を言うと、ディナンドは少し嬉しそうにしながらも謙遜した。


ディナンドの主治医がリオノーラの母を診て直ぐに薬を処方してくれ、母親はそれを一ヶ月飲み続ければ歩けるようにまで回復し、更に三ヶ月後にはすっかり出産前の元気な身体を取り戻していた。


どうやら産後、身体に必要な成分が不足した状態が続いたらしく、ずっと体調不良になっていたのだ。

薬が高価な上、医師にあまり知られていない珍しい症状だった為に、リオノーラの母は回復することが叶わなかった。


その為、元気になった今は、自分と同じ症状で悩む産後の女性達の為に、少しでも薬が安く、そして沢山流通するようにその薬の栽培を始めたのだ。


元々身体を動かすことが好きで元気な母は、毎日生き生きと働き、双子を育てている。

そして、リオノーラが一ヶ月に一回、平民には少し……いや大分贅沢なプレゼントをすると、「流石私の可愛い娘、素敵な旦那様を掴まえてくれてありがとうー!」と冗談交じりにとても喜んでくれた。


リオノーラがアンジェニアとして生活していくと初めて聞いた時の、「私の娘は渡しません!」の勢いはどこ吹く風だが、ディナンドが心を尽くして母親を説得したからだとリオノーラは知っている。



「私は……ディナンド様から、沢山の幸せを頂いているのに……」

何も返せていないと、リオノーラは顔を暗くした。

ディナンドは目を見開いて、はは、と声を出して笑う。

「どうしたのですか?」

「いや……君がドバイリー公爵家に来てくれたのを、皆が喜んでいるのを知らないのか?」

「皆、ですか?」

ディナンドはきょとんとするリオノーラを愛おしそうに見つめながら、その頬を撫でた。

「ああ。皆、だ」


リオノーラは知らないが、ディナンドは元々噂通り、無表情、無愛想、冷酷無比な人間だった。

リオノーラが来てからディナンドが変わり、屋敷の雰囲気は随分と明るくなっている。


マーサルティが死んでから余計に、使用人達の笑い声が聞こえることなんてない屋敷だったが、今ではその中心にいつもリオノーラがいるのだ。


「そして、私はいつも君に、幸せを貰っているよ」

「……そうなら、嬉しいです」

リオノーラがふんわりと笑った。

その笑顔は、アンジェニアとして、傀儡の花嫁としてドバイリーに嫁いだ時のものとは全く違うものである。



「愛してるよ、リオノーラ」

「私も、愛しています」

二人はどちらともなく、唇を重ねたのだった。











数ある作品の中から発掘&お読み頂き、ありがとうございました。

最後にご評価頂けますと、嬉しいです。

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