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34、公爵夫人の末路

残酷描写あり。

ざまぁ回が苦手な方は飛ばして下さい。

翌朝、窓から差し込む柔らかな日差しを受けてゴッドウー公爵夫人は目を冷まし、使用人を呼ぶ為のベルを鳴らす。

しかし、何度鳴らしても、誰も来ることはなかった。

怒鳴り散らしてもやはり誰も部屋を訪れることはなく、公爵夫人は仕方なく、四苦八苦して久しぶりに自分で身だしなみを整え、昨晩酷く場にそぐわない豪華で美味な食事が出された食堂へと足を運ぶと、そこではドバイリー公爵がコーヒーを啜ってブロワールと談笑していた。


「ディオドル様!迎えに来て下さったのですね!!」

公爵夫人は喜びを全身から滲ませながら、美しい所作でテーブルに近付く。


「……最後の晩餐は、美味しかったか?」

ドバイリー公爵にそう聞かれ、公爵夫人は年齢を感じさせない美しい笑顔で「はい」と答える。


「そうか、それは良かった。あちらにいるのが、昨晩の調理を担当した料理人だ」

「……はぁ」

ドバイリー公爵に促され、コックと思われる、背が低くふくよかな男性がペコリと頭を下げた。


「それより、早く公爵邸に案内して頂けませんか?」

そのコックに一度視線を向けたものの、そんなどうでもよい話に興味はなく、公爵夫人はドバイリー公爵の隣に立ち、テーブルにおいた公爵のがっしりした手に自分の手入れの行き届いたほっそりした手を添える。


その時、くく、と笑い出したのは、ドバイリー公爵だけではなかった。

ブロワールも、宿の女将も、コックも、他の従業員も、ゴッドウー公爵夫人以外の全員が、何故か笑っている。


「な、何ですの!?」

「ああ、済まない。御者を見ても、女将を見ても、料理人を見ても、何も気付かないのは流石だなと思ってな。……自分以外は虫けら以下だと思っているのだから、当然か」

ドバイリー公爵の言葉に、ゴッドウー公爵夫人は意味がわからず、眉を顰める。

「はぁ?」と言いたい気持ちを抑えて、「ディオドル様にそんな風に思われているなんて、悲しいですわ」と、憂いた表情を浮かべた。


「君は以前、ゴッドウーを離れ、ドバイリーに入りたいと言っていたが、今もそう考えているのか?」

急に核心をついた話を振られ、公爵夫人はブロワールを見る。ブロワールが小さく頷いたのを見ると、公爵夫人はドバイリー公爵の話に同意する。


「ええ、えぇ……仰る通りですわ。」

「ゴッドウーが財政難であるという証拠は?」

「ブロワール」

公爵夫人が執事を呼ぶと、ブロワールはそれをドバイリー公爵に渡した。


「……」

何も言わずにしばらくパラパラとその分厚い書類に目を通すと、ドバイリー公爵はそれを持って席を立ち、ゴッドウー公爵夫人の手を払った。

「ゴッドウー公爵に伝えろ。公爵夫人との離婚を成立させる証拠書類を渡す代わりに、アンジェニアの身分証明を寄越せ、と」

「畏まりました」

「……は?」

目の前の二人のやり取りに、ゴッドウー公爵夫人は唖然とする。


「アンジェニア……?いえ、その、そちらにいるアンジェニアは、偽物です!!」

「何を言っている、公爵夫人。ゴッドウー公爵が娘だと言うんだから、間違いないだろう?」

ドバイリー公爵はニコリともせずにそう言うと、ああそうだ、と続けた。

「アンジェニアには、可愛がっている双子の弟妹がいてね。その双子の母親とも家族ぐるみで仲良くしているらしく、昨日から久しぶりに再会出来て、今は幸せな時間を過ごしているよ」

そう言われた公爵夫人は、顔を真っ青にさせた。


「それと、ゴッドウーとドバイリーだが、お前は勘違いをしている。我々が相容れないのは事実だが、お互い回している世界が違うのだよ。だから、ゴッドウーの代わりをドバイリーは出来ないし、ドバイリーの代わりもゴッドウーは出来ない。お前の夫は凡庸に見えたかもしれないが、それでもゴッドウーの教育を受けた者だ。散財する能力はあっても資産を増やす能力がない、国庫並の資産を食い潰そうとする妻から最低限の財産だけは、よく守ったと思うよ。公爵夫人という肩書きがなければ、お前は離婚された単なる女だ。ここにいる者達が満足するまでお前に色々返せた(・・・)頃、また毒を持って戻って来よう」


「ディオドル様……っ!?」

「後は頼んだ、ブロワール」

「畏まりました」

ドバイリー公爵は振り返ることなく、ドバイリー公爵家の家門のついた馬車に乗り込んだ。

「お待ち下さい!何か誤解が……っっ!!ディオドル様!ディオドル様っっ!!」


走り去る馬車に手を伸ばしたまま一人残された公爵夫人はしばらく呆けていたが、やがて顔を真っ赤にさせて激高した。


「ブロワール!これは、どういう……どういう、ことなの!!」

「奥様。……ああ、もうそろそろ奥様、ではなくなるかもしれませんが。ここにいる者達に、本当に見覚えはございませんか?」

野外に出たゴッドウー公爵夫人は、気付けば笑顔を浮かべた集落の者達に取り囲まれていた。


「公爵夫人である私がっ……!!こんな、下賤な者達と関わり合いがある訳ないでしょうっ!!」

料理人が一歩前に歩み出た。

「お久しぶりです、奥様。私は以前、ゴッドウー公爵邸で雇われておりました。奥様に、虫が食った葉をお出ししたと言われ、大量のムカデを食べさせられ、両腕に油を掛けられる罰を与えられるまでの、たった五年の短い間でしたが」

「……あの料理人は、処分した筈よ?死体を見たもの」

ただ、腐乱が酷くて臭いし、まともに見なかったが。


次に、女将が声を上げた。

「私は、ゴッドウー公爵の別荘で働かせて頂いておりました。血のついたシーツを使用したと言われ、両手を鞭打ちされるまでですが。あの時は両手の肉がごっそり削げ落ちる程打たれて見苦しいので、今でも手袋が欠かせないんですよ」

「……覚えてないわ、そんな事」


御者は言った。

「私の笑い声が気に食わないと、そこの執事に私の顔をずっとずっと、殴らせたんですよ。お陰でこんなに、歯が抜けてしまいました」

「なら、私じゃなくてブロワールに言いなさいよ。私は関係ないわ」



集落の者達がジリジリ、と詰め寄り、公爵夫人はブロワールを盾にしてその背中に逃げる。

何時でも自分の言う事を聞き、何人でもその手を汚してきた執事。

「……そうよ。悪いのはこいつなの。私は、ただ命じただけよ。やったのはこいつなの」

「あんた、何も知らないんだな」

「俺の腕を折る時なんて、後でくっつきやすいように折ってくれたんだぜ?」

「ブロワール様のお陰で、俺達は今も生きてるんだ」

「……は?」



ブロワールが始末した人間の死体を、いくつも確認していた公爵夫人は鼻で笑う。

「この男が、何と呼ばれているか知らないの?死体収集家(コレクター)よ?」

「勿論、知ってるさ!」

「ははは、本当に馬鹿だな、あんた!!」

集落の者達は笑い転げていたが、ブロワールが手を上げると直ぐ様口を噤んだ。


「奥様。私が死体を収集していたのは、身代わりを準備する為だったのですよ。……貴女に殺せと命じられた、罪のない人々の代わりとなる死体をね」

「なっ……!!」


勿論、悪者は本当に始末しましたが、とブロワールは無表情で告げる。

ただ、公爵家の馬車を遮っただけの子供。

ただ、夫人にぶつかってしまっただけの女性。

ただ、機嫌の悪い夫人の前で笑っただけの者。


様々な人間が、公爵夫人に踏み躙られてきた。


「ブロワール……っ、長い間目を掛けてやったのに……、ドバイリー側の人間だったのね、この裏切り者!!」

公爵夫人が振り上げた手を、普段は頬で受け止める執事は難なく手首を掴んで止めた。


「私は元々、ドバイリー側の人間ではございませんでした。それを貴女がドバイリー側にさせたのですよ」

「はぁっ!?私が何をしたと言うのよ!!」

公爵夫人が鬼の形相で怒鳴れば、ブロワールは冷めた目で「アンジェニア様の乳母は、私の異母妹でした」と言う。

ビクリ、と一瞬固まった公爵夫人に、ブロワールは淡々と続けた。

「そう、アンジェニア様に、子供らしいことをさせてあげたいと……自分の娘と一緒に、泥で遊ばせたことで貴女の怒りを買い、肥溜めの中で母子共に生き埋めにされて殺された乳母のことです」

「……っっ!!」

「人を愛するという感情のわからない私ですが、妹と、妹の娘の成長だけは楽しみにしていました。……むしろ、それだけが楽しみだったのです」

「わ、私は……公爵の娘に相応しくない教育を施した女に、相応の罰を与えただけよ……っっ」

ブロワールに掴まれた手を震わせ、青褪めた公爵夫人は懸命に言い訳を探す。

「そうかもしれません。ですから私は、貴女を一番傍で観察することにしたのです。腐っても公爵夫人ですから、単に殺して自分も捕まるのは得策ではありませんし」

「何ですって……?」

「ドバイリー公爵に情報を渡し、貴女に色々返したい者だけを集結させたこの土地に連れて来ることを、ずっと楽しみにしていました」

「ブロワール……まさか貴方、この私を殺すつもりなの……!?」

恐怖に震える公爵夫人に、ブロワールは首を振り、公爵夫人はほっと胸を撫で下ろす。

「ここにいる全員が、生きています。ですから、自分が過去にされたこと以上の仕返しをすることは禁止しています」

「は!?」


ここの集落にいるのは、三百人程だと言っていなかったか。


「全員がやり返してスッキリした頃、ドバイリー公爵とお会い出来ますから。今日から頑張って下さい」

きちんと死なない程度に処置は致しますので、と言って、ブロワールは一歩下がる。


「ブロワール!ブロワール……っっ!!きゃああああッッ!!」


その日から、その集落には毎日、一人の女の悲鳴が響いた。

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