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31 、答え合わせ

「もう随分遅い時間だが、後一箇所だけ付き合ってくれないか?」

ディナンドにそう乞われ、リオノーラは頷く。


リオノーラと一度正門に戻ったディナンドは、その場に待機していた馬車で何処かに走り出す。


馬車の中に、二人きり。

しかも片方は毒殺の被害者になるところで、もう片方はその加害者だ。

なのに、ディナンドはいつも通り、リオノーラの手を握ったまま寄り添うようにして座っていた。


「……ディナンド様。本当に、申し訳ありません……」

リオノーラが謝罪すると、ディナンドは首を振った。

「いや、父がわざと私をダシにしたのだから、リオノーラが嫌な思いをすることになって、むしろ申し訳ないと思う」

「そんな」

リオノーラは首を振った。


「あの……ディナンド様、いつからご存知だったんですか?」

リオノーラが疑問を口にすると、ディナンドは当たり前の様に「はじめからだ」と言って、「私はずっと、君を探していたんだよ」と、眩しいものでも見るかのように目を細めてリオノーラに話し出した。




ディナンドはずっと、リオノーラを探していた。

ずっと前、小さい頃に少しの間しか時間を共有していないのに、何故こんなに気になるのかわからなかった。

始めはただ、崩落事故が起きて以来会えなくなったリオノーラが心配で、元気に過ごしているのかを確認したいだけだったと思う。

簡単に思えたその捜索は、事故の後処理に追われたまだ年若いディナンドの想像以上に難しいものだった。


まず、管理者である領主の問題で、労働者名簿がなかった。恐らく収支を曖昧にして私服を肥やす為にやったことなのだろう。

次に、リオノーラの名前が全く違っていた。

リオノーラの父を知っている者も、皆瓦礫の下敷きになっていた。

直前の会話で、リオノーラの歳に近い子供を持つ病人の捜索をしたが、それも全て空振りに終わった。

リオノーラの特徴を伝えてローラー作戦もやってみたし、唯一リオノーラを遠目に見たことのあるマルコムにも調査に入って貰ったが、リオノーラの体型があまりにも短期間で変化し過ぎていて、街でも学校でも見落としていた。


自分の執着が、恋心によるものだとは全く気付いていなかった。


自分がドバイリーを離れていられる期間は限られており、代理の領主が決まった時点でディナンドはドバイリーに戻らなければならなくなった。


犯罪者でもない単なる人探しに、そんなに人も金も投入出来る訳もなく、リオノーラの捜査はやがて中断せざるを得なくなった。

捜査が中止になっても諦められなくて、ディナンドは自ら何度かその地を訪れてはリオノーラを探した。


探している間、リオノーラは自分が見た幻だったのでは、と何回か思ってしまう程だったが、その度にマルコムに慰めて貰った。


ある日、ディナンドは街で転びそうになった子供を助け、子供の友達と、子供の母親が全く違う呼び名でその子供を呼んでいることに気付いた。

聞いてみれば、その地域では、子供を本名で呼ぶのは基本的に家族で、家族以外はそれぞれ全く違う愛称をつける、とのことだった。

つまり、「プク」はあの採掘場でしか呼ばれていない愛称であり、近所ではまた違う愛称で呼ばれているのだ。


ディナンドはその話を聞いて、ようやくリオノーラの名前が全く違うものだったかもしれない、と思い至る。そして、崩落事故の被害者のリストを引っ張り出した。

崩落事故のリストはザルな管理をしていた前領主ではなく、ディナンドの部下が纏めたものだ。

被害者の状況から家族構成、それに伴う適切な遺族年金などが算出されているのだが、最初にリオノーラを探す時に目を通し、彼女の名前……「プク」が絡む名前の先はまず一番に捜査したので、父親が生きているものとし、捜査外に回したのだが。


改めて、リオノーラの調査を被害者リストに照らし合わせて行った。その頃にはもう、平民は結婚していておかしくはない年齢になっていて、ディナンドは何故か焦燥感に襲われていた。


その頃、母親のマーサルティが、息子がずっと一人の女の子を血眼になって探していることを気にして、アンジェニアとの婚約を破棄しにいく、と言ってゴッドウーを訪ね、帰宅すると直ぐに毒殺されたのだ。



馬車はそこで、停止した。

ドバイリー公爵の住む、離れだった。



リオノーラは話を聞きながら、身体を震わせる。


(ディナンド様が私と出会わなければ、きっとアンジェニア様との結婚話がスムーズにすすめられていて、マーサルティ様が破談の話を持ちかけることもなかった……)


だったら、マーサルティ様が亡くなったのは、私のせい──!!


全く関係のない貴族のゴタゴタに巻き込まれたと思っていたのに、まさか自分のせいだとは思わず、涙が溢れてくる。

単なる二人の邂逅。

それが、一人の人間を殺したのだ。


「母は、君に会えるのを楽しみにしていた」

ディナンドが馬車を降り、涙を流すリオノーラに手を差し伸べた。


それを聞いて、リオノーラは歓迎会でドバイリー公爵から言われた言葉を思い出す。

『今度、私の離れにも来るといい。……君が公爵家に来ることは、妻が最後に願っていたことなんだ。私の妻にも紹介しよう』

それは、アンジェニア(・・・・・・)ではなくリオノーラ(・・・・・)に言った言葉だったのだ。



リオノーラの滲む視界の中で、綺麗な藍色の瞳だけが鮮烈に輝いて見えた。


初めて会った時、その笑顔に懐かしさのようなものを覚えたのに、貴族に知り合いがいる訳ないと、勘違いだと思った。

ドバイリー公爵の別邸で、家族の肖像画を見た時も、背の低いディナンドをリオノーラは過去に見たことがあるような気がしたのに。


「ディート……」

「見つけるのが遅くなって悪かった、リオノーラ」

昔の面影を残したまま、成長したディートは微笑んだ。




***




ディナンドがやっとリオノーラに辿り着いた時、リオノーラは何かの事件に巻き込まれたらしく、誰かに攫われた後だった。

しかも、リオノーラの家族まで行方を晦まし、また捜査は振り出しに戻るかと思われた。


しかし、同じタイミングで、ゴッドウーの内通者から、アンジェニアの身代わりでリオノーラという女性が攫われ教育を受けている、と連絡を受けたのだ。


ほぼ間違いないだろうと、ディナンドはアンジェニアへ求婚状を送り付けた。

これでアンジェニアが来るのであればエドウィンの兄の件で拷問すれば良いし、リオノーラであれば妻として迎え入れようと思った。


花嫁を乗せた馬車が到着し、開いた扉の向こうにいたのは、間違いなく、美しく成長したディナンドが長年探し求めていたリオノーラに間違いなかった。


「……わかっていらっしゃったのなら、何故直ぐに仰って下さらなかったのですか?」

自分も事情があるとはいえ極限に追い込まれるまで話さなかったのに、話してくれなかったディナンドにはつい、非難めいた口調になってしまう。


「悪かった。君から本当のことを話して欲しかった気持ちがあったのは事実だ。私のことを信じて、頼って貰いたかった。……それと、」

「すまない。ディナンドに口止めしたのは私だ」

「ドバイリー公爵様」

そこに、ドバイリー公爵が二人の会話に参加した。


「こんな夜分に申し訳ありません」

「いや、君を呼んだのは私だ。謝るのはむしろこちらだ」

ドバイリー公爵の謝罪に、リオノーラは恐縮して首を振る。


そこに、一際大きく、高い子供の声が響いた。


「──ねぇちゃん!!」

「お姉ちゃん!!」

リオノーラは目を見開き、二階に視線を向ける。


どたどたどた、と元気に階段を駆け下りてくるのは、間違いなくリオノーラがずっと、その無事を祈っていた双子達だった。


「フェリアン!!ウィネット!!」

二人を目にしたリオノーラは、二人に向かって真っ直ぐに駆けた。

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