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30、公爵夫人に迫る危機

リオノーラの脳裏に、エドウィンとの会話が甦る。

(確かに、お兄さんが一人、いるにはいると言っていた……五年前に離ればなれになったっきり、会えてないと言ってたから、てっきりエドウィンが屋敷を出たか、お兄さんが首都の貴族向けのアカデミーに学びに行ったのかと思っていたけど……)


そこで、リオノーラはアンジェニアの会話との齟齬に気付く。

「でも、アンジェニア様はその方を平民とおっしゃってましたよね?エドウィンは貴族だったのでは……」

確か、田舎の領土を持たない男爵家だと聞いた。


「ああ、あの身分は金で買ったんだ。エドウィンを引き受けた男爵はゴッドウー側の家門なんだが、過去にゴッドウー公爵夫人と色々あったらしくてな。アンジェニアは、エドウィンの兄のことがあってから、一切平民を傍に置かなくなったから」

「……エドウィンのお兄様は何故、アンジェニア様のところに……」

「ゴッドウーとドバイリーは、やり方は違うがお互いに内通者を潜ませて情報を吸い上げている。ゴッドウーは、脅迫することで人を寝返らせるんだ。だから、ドバイリーは脅迫する対象を持ちにくい孤児を受け入れることが多くなった。そして、成長した彼らの中には、自らゴッドウーに潜入して恩を返そうとしてくれる者が少なくはない」


成る程、とリオノーラは頷いた。

「では、エドウィンとエドウィンのお兄様は、元は孤児なのですね」

「そうだ。エドウィンは二年前まで、ドバイリーが所有する騎士団に所属していたんだ」

「お兄様が亡くなられたのが、五年前ですか?」

「ああ。ゴッドウーは、内通者同士で連絡を取る……つまり、誰がゴッドウー側の人間か知っているのだが、ドバイリーは内通者同士の繋がりで余計な危険にお互いを巻き込まないように単独で動くんだ。だから、五年前にエドウィンの兄が消えたことは、アンジェニアについていた者が他におらずに、直ぐに報告があがって来なかった。……横の繋がりを持たせないことが、裏目に出たんだ」

ディナンドは、辛そうに目を閉じた。


「一人の内通者がそれに気付いた時には、アンジェニアはエドウィンの兄がいた形跡を全て消していた。普通だったらそんなことはしないだろうから、何かしらあった筈なんだ。だから、エドウィンの希望でエドウィンが兄の捜索をすることになった。……私には、危険だと思っていても、止められなかった」

「そうだったんですね」


自分の兄のことを聞き出すまで、エドウィンは二年の間ずっと、アンジェニアの傍で機会を窺っていたのだ。さぞかしそれには想像もつかない苦痛を味わっていたに違いない。


「あれ、でも……それでしたら、もしかして……他にも内通者がいるということですよね」

「ああ。君も会ったことあるよ」

ディナンドは、リオノーラにそう言って微笑んだ。




***




「奥様っ……!!アンジェニア様がっっ!!」

「っ、何ですって……?」

ゴッドウー公爵夫人は、扇を握り締めた手を怒りに震わせた。


偽物を殺して本物のアンジェニアにそのポジションをすげ替える予定が、本物のアンジェニアが行方不明になったという報告を聞いたからだ。


娘に情などない。

生きていようが死んでいようが構わないが、気に食わないのは、自分がドバイリーに行く為の布石が一つ、減ったことだ。


「何故、邪魔するの……っっ!!」

ゴッドウー公爵夫人の顔が、醜く歪む。


マーサルティも、ディナンドも、アンジェニアも。

ただ自分は、自分が本来いるべき場所……ドバイリー公爵の横に、戻るだけなのだ。



──マーサルティは昔から、美しい自分の引き立て役だった。

使い勝手のよい駒だったとも言える。


それが、ドバイリー公爵に嫁いでから少し変わったな、とは思っていたのだ。

以前から平和ボケしているとは思っていたが、同じ幸せそう、という印象であっても明らかに身に纏う雰囲気が変化したのだ。


この、私を差し置いて。


ゴッドウーは、つまらない男だった。

金があるから結婚したのに、私が使う金に制限を設けるような、ちっちゃな男。

いつの間にか不細工な愛人達のところへ通うようになり、夫婦が顔を合わせる時間もなくなった。


そんな頃、皇太子の誕生祭で王城に行った時に、マーサルティの紹介で初めてドバイリー公爵と会ったのだ。

あの時の、雷に打たれたような感覚を忘れられない。

私の居場所は、この男の横だと思った。

私は、選択を間違えただけなのだと。


だから、遠慮なくマーサルティに言った。

ドバイリー公爵と別れて、と。特別にお金は弾むから、と言っても、マーサルティは困ったように笑うだけで、頷くことはなかった。


私の言うことに歯向かうなんてあり得ないし、そんなこと他に知られてはならない。


私の話を冗談だと思ったのかもしれない、と思って何度かその後もマーサルティに会って話をしようとしたが、何故かそれは叶わなかった。

内通者によると、どうやら私からの手紙は使用人が潰してマーサルティに届いていないかもしれない、とのことだった。



私にしては、辛坊強く待ったのだ。

何だかんだで、私に言い寄る男達と賭博をしながら遊んで、気分は紛れたから。

けれども許せなかったのは、私の前に久しぶりに現れたマーサルティが、あろうことか、私達の子供の婚約を破棄したい、と言ってきたこと。


アンジェニアがドバイリーに行くのに、私も付いていく予定だった。

それなのに、息子には恋愛結婚をさせてあげたいだなんて尤もらしい作り話をしてまで、私の邪魔をしたのだ。


きっと女の勘が働いて、ドバイリー公爵に私が近付くことを、許せなかったのだろう。

私とマーサルティであれば、全ての男が私を選ぶだろうから。



ドバイリー公爵は領土から出て来ないし、こちらから赴くしかない。

けれども、子供がドバイリーに嫁がなければ、ゴッドウーがドバイリー領に入ること自体許されないのだ。


マーサルティが、邪魔だった。

だから、彼女が可愛がっているメイドの恋人を人質にして、私の世界から消えて貰ったのだ。



「……元はと言えば、あの子が悪いのよ。いつも、私が言うことには逆らわなかったのに……!!ディオドル様を譲らなかった上に、息子は好きな子がいるみたいだから、その子と結婚させてあげたい、だなんてふざけたことを言い出して……!!」

「奥様、大丈夫ですか?」

ゴッドウー公爵夫人が我を取り戻した時、部屋はめちゃくちゃになっていた。

割れた花瓶やグラス、破かれたカーテンやシーツが見苦しい。


「……片付けておいて」

「畏まりました」

情報屋から、「死体コレクター」と呼ばれ気持ち悪がられ、恐れられている執事のブロワールが頭を下げる。


「……人質はどうしてる?まだ始末してないわよね?母親と双子がいる限りはあの娘が口を割ることは出来ない筈よね」

「それが、人質は居なくなったそうです」

「……何ですって!?」

「申し訳ございません」


各地に忍ばせている使い捨て駒の人質に関しては、何人かにその管理をさせていた。

リオノーラの人質の細かい情報は他の人間が管理しておりブロワールも知らない筈だが、怒りをぶつける相手が今ここにいないこともあって、ゴッドウー公爵夫人は手にした本を、ブロワールに投げつけた。


ゴッ、という鈍い音がしたが、ブロワールはそのまま深々と頭を下げ続ける。

ゴッドウー公爵夫人は、その姿に少しだけ溜飲を下げた。


「それと、もう一つ」

「何?まだあるの!?」

「奥様が以前足繁く通われていた賭博場の中で、非合法のところが先日検挙されまして。奥様にも事情を聞きたいと、もうすぐ役所の者が来るそうです」

「何ですって!?私は、公爵夫人なのよ!?」

「では、旦那様に……」

「それはもっと駄目。そんなこと、あの馬鹿な旦那は上手く切り抜けられないわ。ほとぼりが冷めるまで、何処か役人の手の届かない、良い場所に……」

「ドバイリー公爵を頼られますか?」

「え?」

ブロワールの提案に、ゴッドウー公爵夫人は怪訝そうな顔をした。

「けど、ディナンドが死んだかどうか、まだわかってないわ」

「奥様の今の立場を利用するのです。アンジェニア様の偽物が生きているならば、余計な口を開く前にその場で処刑すればよろしいでしょう。そのまま、子供の無事を確認するまで帰宅はしない方向で話を進めれば、広い屋敷ですし、流石に子が行方不明になった母親を追い出すことはしないのでは?」

ブロワールにそう言われ、ゴッドウー公爵夫人は焦りで回らない頭に思考を巡らせ、最終的に頷いた。

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