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29、相対

残酷描写があります。

その場で踵を返し逃げようとしたアンジェニアだが、エドウィンに腕を掴まれた。

二人の周りは既に護衛騎士によって、取り囲まれている。


「これじゃあ逃げられませんよ。ありのままにお話しましょう?」と耳元で囁かれて、そのままディナンドに向かい合わせられる。


虚を衝かれ怯んでいた様子のアンジェニアだったが、スカートを握りしめると意を決したように顔を上げ、リオノーラを指差した。

「……その、これは……そう、この女が全て仕組んだことなのです!」

エドウィンの言葉を、予定通りに話せ、とアンジェニアは解釈したらしい。


「ほう?」

「この女は仲間と一緒に、ディナンド様に嫁ぐ為に馬車に乗った私を襲って、拉致致しました。そして、私に成り代わったのです」

「……それにしては、彼女は随分と教育されていたようだが?それに、ゴッドウー公爵家の内情にも詳しかった」

「我が家に内通者がいたのです。私とディナンド様との婚約話が持ち上がったころから、計画的に着々と準備を進めていたのです」


ディナンドがきちんと話を聞く姿勢を見せたことに気を良くしたアンジェニアは、流暢に話し出した。


「どうやって、拉致された場所から逃げ出したんだ?」

「私の護衛騎士のエドウィンが助け出してくれました」

怖かった……と、アンジェニアは女優さながら、自分の身体を抱き締めて震える。

「拉致されたにしては、待遇が良かったようだな。身綺麗だし、きちんと隅々まで手入れが行き届いているようだ」

「それは……私にも、人質として価値があると考えていたようです」

「成る程」

「その女の仲間が、そろそろディナンド様を毒殺してドバイリー公爵家の財産を好きにしようと話しているのを耳にしたので……その、亡くなったものだと……ご無事で良かったです」

「そうか。まぁ、本物のアンジェニアがどちらかは公爵夫人に聞けばわかることだ。……死体にして、送り付けてやろう」

そう言ってディナンドはリオノーラを一度下ろすと、スラリと剣を抜いた。



リオノーラは俯き、衝撃に備えてぎゅっと目を瞑る。



公爵家の後継者であるディナンドに対し、身分を偽って妻として居座った罪と、毒殺しようとした罪はどんな謝罪をしても、許されることのない重罪だ。

自分が死刑になったとしても、ディナンドであれば家族の命まではとらない気がして、その直感に救われる。


しかし「に、偽物はそちらですわ!ディナンド様!!」と焦った声が聞こえ、いつまでも訪れない衝撃に、そろ、とリオノーラが薄目を開けると、目の前でディナンドが剣の切っ先を向けているのはアンジェニアの喉元だった。


「ディナンド様、その方は本物のアンジェニア様です!」

ゴッドウー公爵家とドバイリー公爵家に衝突があってはならないと、リオノーラは慌てて止めようとしたが、ディナンドはニヤリと不敵な笑みを浮かべて言った。


「悪いが、本物か偽物かはどうでもいいんだ。私が長年探し求める程に愛しているのが君……リオノーラで、そうでない方にはご退場願うだけだ」

リオノーラは、再び名前を呼ばれてその場に固まる。


何故、いつから、どうして……?


そう言えば、ディナンドからは一度も「アンジェニア」と名前を呼ばれたことがないと、リオノーラはその時初めて気付いた。


「エ、エドウィン……!何とかしてぇっ!!」

アンジェニアの悲鳴に、やれやれ、という感じで肩を竦めたエドウィンは、ディナンドに剣を向けられそれどころではないというのに、アンジェニアに質問をした。


「わかりました。アンジェニア様が質問に答えて下さったら、何とか致します」

「今はそんな場合じゃないでしょおっ!?」

「ディナンド様、少しだけお時間頂けませんか?」

「いいだろう」


エドウィンに言われて、ディナンドは剣を一度鞘に納める。

リオノーラは、敵を前にした者らしくないその姿に、違和感を持つ。


「アンジェニア様、覚えていらっしゃいますか?もし、アンジェニア様を僕が裏切ったら、後悔させてやると言ったことを」

「そ、そんなこと言ったかしら?」

今裏切られると思ったのか、アンジェニアは視線を反らした。

一方リオノーラは、初めてエドウィンと会った時に公爵夫人に言われて同じ部屋で過ごした翌朝、怒り狂って突撃してきたアンジェニアが確かにそんなことを言っていたな、と思い出す。

ついでに、先程も他の女にうつつを抜かしたら、と言っていた。

アンジェニアは、独占欲や所有欲が随分と強い性格のようだ。



「あの時、アンジェニア様は"前なんて──"と言い掛けて、やめましたよね。以前、何があったのですか?」

アンジェニアは、一気につまらなそうな表情になった。喉元に突きつけられた剣が引っ込み、心に余裕が出来たようだ。

「ああ、つまらない平民の話よ」

「はい」

「エドウィンの前に、平民だけど顔が良いから、この私がわざわざ召し上げてやった騎士がいたのよ」

「はい」

アンジェニアの話に、エドウィンは頷きながら丁寧に相槌を打った。


「それなりに気にかけてやったのに……あいつ……私に可愛いって、言ったのに……!公爵令嬢の私より、あんな平民を取るなんて許せない……!!」

アンジェニアは、いつか見た、嫉妬に狂った憤怒の表情を浮かべてギリギリと歯を食い縛った。


「大丈夫ですか、アンジェニア様。……それで、以前貴方を裏切った者はどうなったのですか?」

エドウィンが聞くと、アンジェニアはほの暗く笑って言う。

「知りたいの?話したら、私が飽きるまで貴方が離れられなくなると思うけどぉ?」

「余計気になりますね」

エドウィンは笑顔で答えた。


「……貴方の前にお気に入りだったその護衛騎士はね、私から離れて平民の女と結婚したいなんて言ってきたのよ。私、許せなくてつい、その男の前で平民の女をゴロツキ達に乱暴させたの。それでもまだその女のところに行こうとしたから、その女を殺した後に、男のアレを切ってやったのよ。そうしたら、その場で勝手に自害しちゃった」

ふふ、と笑って言ったアンジェニアは、エドウィンを見て目を見開き、ビクッと肩を震わせる。


「エドウィン?」

アンジェニアがエドウィンに手を伸ばし、彼はその手首をグッと握った。

「痛いっ!離しなさい、エドウィン!!」

掴まれた力が強かったようで、アンジェニアが眉を潜める。

それにも関わらず、エドウィンはニコニコしてリオノーラに向き直った。

その、チグハグな行動がリオノーラには恐ろしく写る。


「ああ、君のおかげでやっと目的を達成出来たよ。本当にありがとう、リオノーラ……そして、ディナンド様。どうか、私の手で始末をつけさせて下さい」

「勿論だ」

「では、失礼致します。……ほら、ディナンド様の気分が変わる前に行きましょうか」

「ちょっと!痛いってば!!始末って何の話よ!?」


ディナンドが頷くと護衛騎士達が道を開け、二人に一筋の帰り道を示す。

賑やかに去っていく二人を呆気にとられたまま見送るリオノーラだったが、馬車が去っていく音でハッと我に返った。

ディナンドには、聞きたいことが山積みだ。

しかし、罪人の自分が声を掛けて良いものかと悩んでいると、ディナンドの方から口を開いた。


「あの女は気付いていないようだったが、先程あの女が話していた平民の護衛騎士というのは、エドウィンの兄のことだ」

「……え?」

ディナンドの言葉に、リオノーラは驚愕した。

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