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23、夢の続き

少年に会った次の日。

リオノーラはいつも通りに父親のお昼ご飯が詰まったバスケットを知り合いのおじさんに託すと、来た道を街へと向かって歩いていた。


すると、向かいから昨日バスケットを分け合った少年がこちらに足早に駆けてくるのを見つける。


「あっ……」

リオノーラは声を掛けようと片手をあげて、自分が名前も聞かずに少年と別れたことに気付く。


けれども、その少年はリオノーラより先に彼女の存在に気付いていたらしく、真っ直ぐにリオノーラの方へと向かってきた。


「昨日は助かった。ありがとう」

「ううん。お役に立てたなら良かったよ」

最初に会った時よりずっと警戒の色を弱めた少年は、帽子を目深に被ることなく、ニコリと笑ってリオノーラに話し掛けてくる。

リオノーラも、久しぶりに出来た同年代の新しい友達に嬉しくなって笑顔を返す。

昨日はよく見えなかったが、少年の深い海のような藍色の瞳はとても綺麗で、整った容姿をしていた。


「それで、昨日の御礼がしたいんだけど。……今日時間あるか?」

少年がそう言って来たので、リオノーラは申し訳なく思い眉を下げた。

「ごめんね、今日は用事があって早く戻らないといけないの」

「そうか。じゃあ、途中まで送るよ」

「えっ?今街からここまで来たのに?」

「僕の用事は急ぎじゃないから」

「そう?なら……うん、ありがとう」


リオノーラが手を差し出すと、少年はまだ恥ずかしそうに、けれども当然のように手を繋いだ。


二人はそのまま色々話しながら……いや、リオノーラが少年にこの街の小さな観光地や美味しい店、自慢の場所なんかを比較的一方的に紹介しながら、やがて中央広場に到着する。


リオノーラは、中央広場の中心にぐるっと円を描くように配置された屋台のひとつを指差す。

「あの串焼きやさん、凄く美味しいんだよ!私は牛より豚のお肉の方が好きなんだけど、あそこは豚が置いてあって、絶品なの。ちょっとお値段が張るから、特別な時にしか食べられないんだけど」

「ふーん。じゃあ買ってくる」


少年の回答に、リオノーラは目をぱちくりとして答えた。

「今!?……うん!是非試してみて!!」

少年はせっかちというより、即断即決するタイプのようだった。

少年のお小遣いがいくらかはわからないけど、一本位買えたら良いな、口に合うと良いなと思いながらリオノーラはニコニコして少年を待った。


結局リオノーラは少年が串焼きを五本購入するのを待ち、戻ってきた少年に「ここまでで良いよ。付き合ってくれて、ありがとう」と伝える。


わかった、と言いながら少年は串焼きを一本だけ袋から取り出し、残りをリオノーラに向けて差し出した。

「……??」

「昨日のお昼ご飯の御礼。凄く美味しかったから」

リオノーラは驚愕する。


「えっ!!いや、良いよ」

こんなご馳走を貰ってしまっては申し訳ないと、リオノーラは慌てて両手を振る。

一人前を半分こにしたバスケットの御礼にしては、むしろ高くつきすぎだろう。



「じゃあ、昨日案内してくれた御礼」

「昨日も言ったけど、本当にそんなの良いって!私も楽しかったし」

「じゃあ、これからも僕がこの街にいる間、しばらく案内をお願いしたいからその事前の……報酬代わり?」

少年が首を傾げながら言うものだから、リオノーラは吹き出す。


昨日散々別れ際にも問答したが、彼を案内したリオノーラに少年がお金を渡そうとしてきたのでそれを断っていた。


労働に対する正当な報酬、という考え方を彼は気にしているみたいで、この串焼きを受け取らなければ今度はまた現金が出てきそうだ、と察したリオノーラは有り難くその厚意に甘えることにする。


この串焼きをこんなに頂いたことはないけれども、街の案内を頼まれたと言えば母親も心配しないだろう。


「……じゃあ、ありがとう。この串焼き、お母さんも好きだから本当に嬉しい」

お塩を振れば明日のお父さんのお弁当にも使えるかな、と考えながら、リオノーラは少年に満面の笑みを向ける。


「明日なら案内出来るから……時間は何時頃が良い?」

リオノーラが聞けば、

「そうだな、都合が良ければ今度は十時にここに集合でどう?」

と少年は返事をする。


「大丈夫だよ。……そう言えば、貴方を何と呼べば良い?」

「僕はディ……ト?」

「ディート?」

「そう」

「うんわかった、ディートね。私はプク、よろしくね!」

少年はディートと呼んでくれと名乗り、リオノーラはよく名前負けしていると同年代の男の子からかわれることの多い本名ではなく、鉱山で皆が呼ぶ愛称のプクで通すことにした。



──初めて少年に会った日から、二週間が経過していた。


「今日もお願いします」

「あいよ。プクちゃんこれ、昨日の分のバスケット」

「ありがとうございます!」


リオノーラは、父へのお昼ご飯を今日も運んでいた。

バスケットの中のハンカチを開いて見れば、「いつもありがとう、愛してる」という簡単な言葉が掘られた小さな石ころがひとつ、転がっている。


偶に、渡す人を間違えると父へのご飯が本人に届かないことがある。だから、こうして父は「確実に自分がこのバスケットを受け取った」という証がわりに、リオノーラと秘密のやり取りを交わしていた。


リオノーラが大事そうにその石ころを握り締めると、隣からディートがひょっこりとバスケットを覗き込む。


「渡すのは、お昼ご飯だけなのか?」

「うん。朝と夜は、賄いが出るんだって」

「賄い……それはサービスで?」

リオノーラは首を振る。


「ううん、きちんとお金は払うよ。お給料から引かれるんだって、お父さんが前に言ってた」

「いくらか知っているか?」

「ごめんね、わからない」

「そうか……」


ディートは、変わらず情報を収集しながらメモを取っていた。

「……昨夜運ばれていたのは、賄いだったのか……いやそれにしては、量が少な過ぎたような……」

「ディート?」

「……ん?」

「お父さんが戻ってきたら、いくらなのか聞いてみるね」

「ああ、ありがとう」

「今日はこれからどうする?」

「いや、今日は……」


二人で話していると、遠くから誰かを呼んでいる声が聞こえた。

そちらを見れば、丘の下から、屈強そうな恰幅の良い男が一人、こちらに向かって手を振っているのがわかる。

ディートと同じく平民の服を着ていたが、帯刀していたので街の自警団の人にも見えた。


その男を目にしたディートは、片手をあげてそのまま何かのサインを送ったらしく、相手はそこにピタリと止まったまま、それ以上はこちらに近寄ってこない。


「ごめん、今日はあの人と一緒に行動しなきゃならないんだ」

「そっか。じゃあまたね」

「ああ」

あっさりと手を振るリオノーラに、ディートは苦笑する。


「これ、よければ」

今日はリオノーラではなく、ディートがバスケットを差し出した。

「……ありがとう。じゃあ、これ」

初日にリオノーラと分け合って食べたバスケットのお弁当がディートはとても気に入ったらしく、串焼きをくれた翌日にはお返しと言って、自分もバスケットを持参していた。


だからこの二週間、二人はお互いのバスケットを持ち寄って分け合い、味の違いを楽しんでいたのだ。

ディートの家は金持ちなのか、リオノーラが普段食べられないような、ご馳走と言える具材が沢山使用されていることが多い。

その為初めは悪いから、とリオノーラは遠慮したのだが、ディートは「そっちも食べたいから」と、リオノーラが遠慮しないで済むような言葉を選んで交換してくれた。



そして、リオノーラとディートが別行動をしたその日の夜は、とんでもない大雨が降った。


「昨日の雨は凄かったね」

「ああ。雷も鳴ってたな」


二人は鉱山までの泥濘で、子供らしく長靴を泥だらけにしながら休憩所にやってきた。

「トッドおじさん、こんにちは!」

「よぉ、プクちゃん。お母さんの様子はどうだい?」

「お陰様で、順調だそうです」


ディートがリオノーラに「お母さん、どこか……具合悪いのか?」と小声で話し掛けた時だった。


何やら物凄い勢いで、人が大勢走っている音がしたかと思うと、にわかに休憩所が騒がしくなった。

「プクちゃん、大変だ!!事故が起きて、お父さんが生き埋めになったらしい。俺達は直ぐに助けに行くから、気を確かにな!!」

「き、気をつけて……!!ごめんなさいディート、わ、私、ここでお父さん待ってなきゃ……今日は、一人で回って貰って、良いかな?」

リオノーラは真っ青になりながら、それでも父親の無事を信じてディートにそう言った。


「……一緒にいようか?」

「ううん、大丈夫」

「そうか……なら、僕はちょっと情報を集めに行ってくるよ」

「うん」

ディートはリオノーラのふくふくとした手を一度ぎゅっと握り締めた。

「……なるべく早く、戻ってくるから」

「うん」


けれども、ディートが戻って来るより早く。

今度は母親が大量出血をしたと言われ、リオノーラはパニック状態で自宅に駆け戻ることとなっていた。

戻っている途中でディートへの伝言か手紙を残せば良かったと気付いたけれども、母親と生まれてくる赤ちゃんのことを考えると、引き返すことも出来ない。


(ディート、ごめんね……!!お父さんはきっと、きっと、大丈夫……っっ!お母さん、無事でいて……!!)

リオノーラはぐっと涙を堪え、何度も泥に足を取られながらも、懸命に走った。

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