22、一世代前の昔話
「私達……ドバイリーとゴッドウーは、完全に政略結婚だったのを君は知っているか?」
そう聞かれて、リオノーラは頷いた。
リオノーラはゴッドウー公爵夫人から、
「私はドバイリーとゴッドウーの両家から求婚され、その時自分がゴッドウー公爵を選択した為に、マーサルティがドバイリーに嫁ぐことになった」
と説明を受けていた。
そして、「あの時私がゴッドウーを選ばなければ、私がドバイリー公爵夫人となっていたわ」と続けていたのだが、リオノーラは前半の部分だけをドバイリー公爵に本当にそうだったのか確認してみた。
ドバイリー公爵の、マーサルティに対する愛情の深さを目の当たりにしたリオノーラにしてみれば、到底信じられなかったからだ。
ところが、ドバイリー公爵は「ああ、それは事実だ」と笑って言った。
聞けば、元々ドバイリー公爵は、王から指示されたどちらの女性と結婚しても構わなかったらしい。人付き合いが苦手な公爵はどちらの女性にせよ対面したことすらなく、そもそも公爵にとって結婚とは子孫を残す為に行う契約という位で、大した意味を持たなかったから。
その為、たまたま実家が近かったゴッドウー公爵夫人に求婚したという。
「私達ドバイリーは、国境の警備が一番の優先事項になっている。だから、私は皇太子の誕生日まで、社交界というものに出たことがなかった。迎えた妻が相性悪ければ、直ぐに実家に帰省する可能性もあるからな。……というより、直ぐに帰省するだろうと思っていたから」
それは、実家が近い方が直ぐに帰ることも出来るし、安心するだろうというドバイリー公爵の配慮だったようだ。
ただそれだけで、ゴッドウー公爵夫人やマーサルティがどんな人物かドバイリーは全く調べもせずに求婚した。
「だが、何かと私……ドバイリー家に張り合うのがゴッドウーだからな。私が求婚したと知ってか、直ぐにゴッドウーも同じ女性に求婚したのだよ」
結果として、ゴッドウー公爵夫人は、ゴッドウーとの結婚を選んだ。
理由は、「ドバイリーなんてあんな王都から遠い辺鄙な場所に行きたくないわ。お金もより持っている方が良いに決まってる」ということだ。
よって、ゴッドウー公爵はドバイリーとの求婚者をめぐる争いに勝利した形で当時その美貌で社交界のマドンナだったゴッドウー公爵夫人を手に入れた。
当然、ドバイリー公爵は売れ残り……ふっくらとしていて、ゴッドウー公爵夫人の腰巾着というレッテルを貼られ、愛嬌以外秀でたものはないと言われながらも派閥争いの激しい貴族達からそうそう嫌われることのなかったマーサルティと結婚することになったのだ。
「しかし、何故王家がそれを指示したのでしょうか?」
王家としては、公爵家がいがみ合っていた方が都合が良いと思われる。王家の血を引く公爵家同士が仲良いとあっては、懸念を抱かずにはいられないのではないか……そうリオノーラは感じた。
「長年積み重なった歴史から、私達が絶対に手を取り合うことはないとわかっているんだよ。それでも私達にそんな命令を下したのは、王家の命令に公爵家が従う、というところを他の貴族達に見せたかったのではないな」
「……成る程、そういう訳でしたか」
リオノーラは納得した。
王家の求心力は年々弱体化しており、日頃から頭を痛めていた王家はそのイメージを一新するために、必ず仲良くなり得ない家門を結ばせることで王の威信を強めたかったのだと。
「本当は私達の代で結婚させたかったらしいのだが、生憎と直系にはお互い男しかいないから無理だった。……だから、私達には仲の良い貴族令嬢を宛がわせて、その子供であるディナンドの代に飛び火したんだ」
ドバイリー公爵は口角をあげてディナンドに視線を送ったが、ディナンドは素知らぬ顔をしてお茶を口に含む。
「それで、私達の結婚が進められたのですね」
「そうだ。……だが、当初はそれを受け入れていた筈のディナンドが恋をしたらしく、最近になってこの政略結婚は嫌だと言い出してな」
ドバイリー公爵が楽しそうにそう続けると、ぶほ、とディナンドがお茶を吹く。
「だ、大丈夫ですか!?ディナンド様!」
「……問題ない」
リオノーラの差し出したハンカチで口元を押さえつつ、ディナンドは目をキョロキョロと落ち着かない様子で動かした。
リオノーラが嫁いでからディナンドのそんな姿を見るのは初めてで、決してディナンドは完璧なのではなく、そうあるべきだと振る舞っていることに親近感を覚える。
「それなのに、アンジェニア……私との結婚を進めて良かったのですか?」
そう聞きながら、リオノーラは気付いた。
(ああ、だからマーサルティ様はゴッドウー公爵夫人に破談をお願いしに行っていたのか……!!)
以前、ディナンドが「私の為にゴッドウー公爵夫人に会いに行った」と言っていたが、それが恋をした、という話の延長であれば、辻褄が合う。
マーサルティの人柄的に、自分が政略結婚の駒にされるのは受け入れられても、息子がそうなるのは耐えられなかったのだろう。
ディナンドも誰かに恋をする前は平然とその決められた結婚を当たり前と受け止めていたのかもしれないが、誰かを好きになって初めて、政略結婚に異議を申し立てるようになったのかもしれない。
そして、マーサルティはそれを応援したかった。
だから、親友であるゴッドウー公爵夫人に直談判しに行ったのだ。
「……ああ、問題なくなった」
ディナンドの素っ気ない返事に、ディナンドがその初恋相手に振られてしまったか、初恋相手がもしかしたら……亡くなってしまったのかもしれないと考えたリオノーラは、踏み込み過ぎたと反省する。
また同時に、リオノーラの胸にチクリと針が刺さったような痛みを感じて、思わず胸元を両手で押さえた。
(……待って。だとすると……)
マーサルティは、ドバイリー公爵家と婚姻を結びたがっていたゴッドウー公爵家に殺された、という線が極めて濃厚になる。
(けど、ゴッドウー公爵がそんなこと……する?)
一人娘が嫁に行く際、見送りにすら訪れなかった父親。
そんな父親が、婚約話がなくなりそう、というだけで動く訳がない。
(……ゴッドウー公爵じゃなくて……もしかして)
──始末しておいて。
平然とその命令を下した女性の顔が、脳裏に浮かぶ。
(……そんな、まさか。だって二人は、親友で……)
そもそも、マーサルティを殺しても、ゴッドウー公爵夫人には何の利益もない。ドバイリー公爵家とゴッドウー公爵家の確執が余計深まるだけだし、仲の良い親友を失うだけだ。
でも、もし。
もし、リオノーラの知らないところで、何かの利益があるならば。
ゴッドウー公爵夫人であれば、平然とそれを命じたであろうことは、簡単に想像がついてしまう。
(……ゴッドウー公爵夫人は、何が目的なのだろう?)
まず始めに、ドバイリー公爵の様子を探るように指示されたことと関係あるのだろうか?
(でも、ゴッドウー公爵家が犯人だと疑っているのに関わらず)
──今度はディナンド本人から、アンジェニア宛に求婚状が届いたのよ。
「……ディナンド様から、ア……私宛に求婚状を頂きましたね」
それは以前、ゴッドウー公爵家で過ごした二ヶ月の間に見せて貰っていた。丁寧だけれども、素っ気なく、必要最低限のことしか書かれていない手紙は、恋文とは程遠いものだった。
「ああ」
(……何故?何故、ドバイリー公爵様とディナンド様は……ゴッドウー公爵の娘を招き入れたの?)
──復讐。
その二文字が頭を過り、リオノーラの息が荒くなる。
今まで必要以上に優しくされたのも、地獄に落とす前の絶望感をより強くする為のスパイスだったのだろうか?
「……おい、大丈夫か?」
(私は、やっぱり……)
「おい!」
(この人に、殺されに来たのかしら……)
ぐにゃり、と視界が歪んで、黒くなっていく。
「……!……!!」
ゴッドウー公爵夫人か、ディナンドか。
どちらにしても、自分の死が常にちらつく。
けれども自分の死は、家族の破滅を意味するのだ。
(……心を許しては、いけなかったのに)
リオノーラはそのまま、意識を手放した。




