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20、その日見た夢

その日、リオノーラは懐かしい夢を見た。

恐らく、地元の賑わいと良く似た鉱山の街、バルテズを見学したからだろう。

まだ鉱山で痛ましい事故が起こる前は、お昼ご飯が入ったバスケットを片手に、リオノーラはしょっちゅう父の職場に顔を出しに行っていた。


そこには、父と同じような体格の良い男性達が何人もいて、そして皆同様に心が広く、優しかった。

「よう、プクちゃん!」

「こんにちは、トッドおじさん!お父さんは何処にいますか?」

「プクちゃんのおじさんの今日の持ち場は、上だよ」

「はい!ありがとうございます~」

「ほら前見て。石がゴロゴロしてるんだから、そんなんじゃ怪我するよ」

「は~い!」


馴染みのおじさんに教えて貰った場所に向かえば、そこには丁度休憩に入ったらしい父とその同僚達が、三、四人かたまって汗を拭いながら話していた。

「……でさ、あの三番の辺りでこの前天井からパラパラ小石が落ちてきてさぁ」

「随分と手前だな。崩落したら大事故になるぞ?担当者には言ったのか?」

「勿論言ったさ。でも、調べるって言ったっきりもう三週間──やぁ、プクちゃん」

「こんにちは、ルーベンさん。お父さん、お話中だった?」

「いや、もう大丈夫だよ。ルーベン、後でもう一度掛け合ってみよう。ほら、お父さんのお腹は、リオノーラのバスケットの中身の方が気になっているようだぞ?」

リオノーラの父がそう言えば、丁度タイミング良く、ぐぐぐぅと父の腹の虫が鳴く。その場にいた者達が一斉に笑う。


「リオノーラはどうする?一緒に食べていくか?」

「うん!」

お昼ご飯を終えた父が、片腕にリオノーラをぶら下げたままぐるぐる回ってくれる遊びが大好きで、リオノーラは仕事が再開する少し前まで、何度もそれをせがんでは繰り返し遊んで貰っていた。


「やや、また重たくなったんじゃないか?リオノーラ」

リオノーラの父はそう言ってリオノーラをからかう。

「ははは、そろそろおやっさんも限界だってさプクちゃん」

「ええっ!?私、またそんなに太った!?」

沢山食べる父親に触発されて、何でももりもり食べる子供だったリオノーラは、当時コロコロとした体格だった。そして、そんなリオノーラに父親の同僚達は親しみを込めて「プクちゃん」と呼んでいた。

プクプクした頬をツンツンとしては、プクっと膨らむほっぺを皆で愛でる。


「娘が沢山美味しい物を食べてる証拠だからなぁ、幸せなことだよ」

「そうだよ、そこがプクちゃんらしくて良いんだから」

逞しい父の腕は、鉱山で働く男達は、どんなものより強い。

事故が起こる直前まで、リオノーラはそう信じて疑わなかった。



そんなある日、父の職場に向かっていると、見たことのない同い年位の少年が街中でキョロキョロとしているのに遭遇した。

その男の子の格好を見る限り、同じ平民のようだ。

「どうしたの?」

リオノーラが声を掛けると、少年は帽子のつばを深めに下げて、「……鉱山に用があって」と言った。

この街にいて、鉱山の場所を知らない子供なんていない。どうやら、違う街から来たようだとリオノーラは理解する。


「私、これからそこに向かうの。良ければ一緒に行こうよ」

「……ああ、それなら頼む」

「うん」

随分堅苦しい話し方をする子だなぁ、と思いながらリオノーラは普通にその少年の手を繋いで引いて歩く。

「あの、手……!」

「え?」

少年は真っ赤になり、慌てて手を離そうとブンブンと振った。


「……手?」

友達と遊ぶのに、目的地まで手を繋ぐのは当たり前過ぎて、何を言われているのかリオノーラにはわからない。

「……いや、何でもない」

「??」

他の街には、他の街の普通がある、とも知らずに、リオノーラはその少年とそのまま鉱山に向かった。



「よう、プクちゃん!」

「こんにちは!」

「プクちゃんのお父さん今日から、また五十一番での仕事が回されちまってよぉ。だからそのバスケット、俺が渡しといてやるよ」

「え?そうなんですか?……じゃあ、よろしくお願いします……」

お昼に父親に会えないということは、大抵一番奥での作業の時だ。

仕事場は持ち回り制で、一番奥での作業は一番体力的にきつく一週間でメンバーの交代が行われるが、体力に自信のあるリオノーラの父やその仲間達は「一番稼げるから」と言って一ヶ月程寝泊まりしながらそこに引き篭ることもあった。


「必ず渡しとくから。そういやプクちゃん、珍しく男連れかい?」

顔見知りの男は、ニヤニヤとしながらリオノーラの連れて来た男の子をじろじろと見た。

「もう、おじさん!ここまで案内してきただけですー!」

その男にバスケットを預けたリオノーラは、そう言えば、と少年の方を見る。


「ねぇ、あなたもお父さんに会いに来たの?」

「いや、僕は……見学、に?」

「……見学?」

「うん。鉱山の雇用体制とか、作業着の支給とか、仕事の進め方とか、色々学びたくて」

リオノーラには、少ししか年齢が違わないと思われる少年の言うことがいまいち理解出来ない。

「ここに知り合いはいないの?」

「いる、にはいるけど……それだと実態はわからないから」

「ふーん??」

何番に知り合いがいるかわかれば案内するつもりだったが、どうやら少年はその知り合いには内緒で鉱山を自由に見て回りたいようだ、ということは理解出来た。


「じゃあ、私が案内しようか?……危ない場所には入っちゃいけないから、そこ以外になるけどいい?」

「……いいのか?」

「うん!」


リオノーラがしばらく少年を案内すると、少年は難しい顔をしてひたすら何かをメモする。

こんな場所にそんなメモすることなんてあるのかと不思議に思いながら、リオノーラは少年の質問に答えられる範囲で答えた。

しかし、労働中の怪我人の頻度や種類、それに対しての保障や支給される仕事着の改正案なんて聞かれても全くわからない。

「うーん、皆、怪我はよくするけど、報告なんてしないと思うよ」

「そうなのか?」

「うん。骨折とかしても、働けない人って見られると大変だから……」

「給与の支給体制はわかるか?」

「よくわからないや。ああ、お肉とか米とかで配られる時もあるよ」

「……え?お金じゃなくて、現物支給ってことか!?」

少年は酷く驚いた様子だったが、リオノーラには何故それが驚かれるのか全くわからない。


ただ、父が働いてる職場が悪く思われるのは嫌で、一生懸命フォローした。

「でも、配られるものは腐ってないし、どれも美味しいよ!」

「そんなの当たり前だ。……これは、しっかり調べる必要がありそうだな」

少年が目深にかぶった帽子の下で眉間にシワを寄せたところで、リオノーラの腹の虫が鳴った。普段のお昼の時間は、とうに過ぎている。

「散々付き合わせて悪かったな。けど、助かった。もういいから──」

少年がそう言ったところで、今度は少年の腹の虫が鳴いた。

二人は顔を見合せ、リオノーラは吹き出した。少年は苦笑している。

「えと、……そうだ、もし良ければ、一緒に食べる?」

リオノーラは自分の分のランチが入ったバスケットを、目の高さまで持ち上げる。

「……それは何だ?」

リオノーラは驚いた。まさか、バスケットを知らない子供がいるなんて……!!

けれども、誰しも知らないことなんて沢山ある。実際、先程少年のした質問にリオノーラはほぼ「知らない」「わからない」と答えたが、それでも少年は「そうか」と言うだけで驚いたりなんてしなかったのだ。


「これに、お昼ご飯が入っているの」

「……お前の分じゃないのか?」

リオノーラは笑って答えた。

「お母さんがね、いつも多めにいれてくれるの。お父さんが足りないって言った時の為にね!」

「だが、お前の為に折角」

「こういうのはね、二人で分けた方が美味しいんだよ!」

リオノーラは遠慮する少年の手を引いて、鉱山が見渡せる小高い丘の方へと駆けた。



朝目覚めると、リオノーラは涙を流していた。

幸いにも、既に部屋にはディナンドの姿は見当たらず、慌ててリオノーラは手の甲で目を擦る。


(……父の夢を見ていた気がするけど……)


どんな夢を見たのかは、覚えていない。

ただ言えるのは、とても幸せな夢だったということだけだ。

(夢の中でも、父と会えるだけ私は幸せだな……)

幼い双子は、父と対面したことがない。父の力強さも、優しさも、豪快さも、全部知らずに育ってきたのだ。


(フェリアン……ウィネット……早く帰れなくてごめんね……)

ディナンドの元で幸せを感じてしまう自分に罪悪感を感じながら、リオノーラは家族の為に今日も祈りを捧げた。

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