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14、歓迎会とドバイリー公爵

アンジェニアの呼び鈴がなかなか鳴らないのでマーリネッラが様子を見に行くと、そこには既にディナンドの姿もバスケットもなく、リオノーラが手直ししたドレスを眺めているところだった。

「お呼びになられましたか?」

「いいえ、呼んでないわ。ゆっくり休めた?」

「そんな気遣いなさらないで下さい、ドレスの方も後少し……」


そう言ったマーリネッラがドレスを見て固まった。

「もう手直しは終わったから、後は着た後に最終調整すれば良いわ」

「……そんな。誰が……」

ドレスはただ縫われただけではなく、ワンポイントとして先程トラウラがリオノーラに言われて取りに行った生花が縫い付けられていた。

「さぁ?全員の名前を聞いてないから、誰かはわからないわ。でも、これなら生花に視線がいくから、縫い目には気付きにくくなるでしょう?」

「……そう、ですね……」


「うわー!素敵な仕上がりじゃないですか、アンジェニア様!」

マーリネッラが呆けていると、他の二人も部屋にやって来た。ドレスを見るなり叫んだのはトラウラだ。

「マーリネッラは直ぐに戻って来ないし呼ばないし、また何かあったのかと思いましたが……また一層、この歓迎会に相応しいドレスになりましたね」

フラミルダは、手を頬にあててドレスを上から下まで眺め、ほぅと感嘆している。


「ありがとうトラウラ、フラミルダ」

「さ、ドレスはもう問題なくなりましたし、今度はそろそろアンジェニア様の準備に入らせて貰いましょう!」

「鏡台の前にお座り下さい、アンジェニア様」

「ええ。貴女も手伝ってくれてありがとう、マーリネッラ。……マーリネッラ?どうしたの?」

「い、いいえ」


リオノーラが鏡台に座ると、三人のメイドがまるで魔法をかけているかのように、人生の中で一番美しい姿へと変貌させたのだった。




***




「……」

「ディナンド様、お待たせ致しました。……ディナンド様?」

「あ、ああ。よく似合っている」

「ありがとうございます、ディナンド様も素敵です」


二階の回廊へ緊張しながら向かっていた筈のリオノーラは、一階へ続く階段の手前で黒のベースに藍と金を差し色に入れたディナンドの正装姿に、つい見惚れてしまいそうになっていた。そしてそれは、ディナンドも同じである。

そんな主人の様子に周りの使用人達は目配せしあったが、マーリネッラがこほんと咳払いをし、「ディナンド様、そろそろお時間です」と促した。


「ああ、妻の準備に尽力してくれて礼を言う。……おいで、皆に美しい君を紹介しよう」

ディナンドが差し出した手にそっと自分の手を乗せ、もう片手でドレスを軽く持ち上げながら、リオノーラは一度落とした瞼をゆっくりと持ち上げ、完璧なる貴婦人の仮面を被った。


二人がゆっくりと階段を降りれば、そこにはドバイリー公爵家の関係者が歓談をやめてこの場の主役に注目する。

リオノーラはその美しさで強烈な印象を残しつつも、身に纏うそのドレスはディナンドと、そして屋敷自体と調和されており、異質なゴッドウーが紛れたとは思えない程にしっくりと馴染んでいた。


シン、と静まり返った会場に、ディナンドの声が響く。

「皆に、我が妻を紹介しよう。妻もこれで、ドバイリーの一員となるのだから決して失礼のないように。これからは、彼女の言葉を私の言葉と思って仕えるように」

ディナンドの紹介を受けたリオノーラは、何度も何度も覚え込まされた貴族の礼だけをした。

何故か、「アンジェニアです」と言えなかった。

しかし、表向きリオノーラより身分が低い者達へ丁寧で完璧な礼を尽くすことで、何か挨拶の言葉を送るよりもよっぽどその真心は伝わり、また話さないことで触れてはいけない神秘的な印象を彼女に与えた。


そんなリオノーラを見て、隣にいるディナンドは満足そうに微笑む。

主人の微笑みを見て、その場にいた誰もが理解した。

冷遇されると思われていたアンジェニアが、ディナンドに受け入れられ、むしろ本当に"歓迎"されているのだと。


ただ──来場者の者達の視線は、主役の二人から、この場にいる誰よりも位の高い者へ……ドバイリー公爵に移った。

誰もがこの成り行きを固唾を飲んで見守っている。

階段を降りた二人は、そのままドバイリー公爵の前まで移動した。

「父上、私の妻です」

そこには、ディナンドがそのまま年を取ったような姿の男性がいた。

あえて言うなら、やや公爵の方が背が低く、ディナンドよりも瞳の色が明るい位しか違わない。そして目付きが更に鋭い。


年を重ねた分、更に洗練された雰囲気を纏う公爵にリオノーラは圧倒されながらも、背中にまわされたディナンドの掌に励まされるようにして、改めて礼を取った。

頭を深く下げたまま、声が震えないように挨拶をする。

「……改めてご挨拶させて頂きます……アンジェニアと申します」

公爵は、ふぅ、と鼻から一度息を抜いて鋭い視線はそのまま、口角だけあげて笑った。

「……こんなところまで、君も大変だったな。息子がこれからお世話になるよ。私はほとんど引退させて貰っているから、困ったことがあっても私のところには来ないでくれ。今は息子がこの公爵家を動かしているから、二人で話し合うといい」

それだけ言って、公爵はリオノーラにワインを渡した。


「はい、ありがとうございます、よろしくお願い致します」

まるで冗談を交えたような公爵の気さくな話ぶりに、リオノーラは半分混乱する。

(罵倒されるかと、思っていたのだけど……)

如何せん、アンジェニアはドバイリー公爵の妻を毒殺したゴッドウーの娘だ。だが、もしかしたら公爵は、親の罪をその子供とは切り離して考えられるような人格者だったのかもしれないなとリオノーラは考えた。


カチン、とグラスを鳴らして、公爵が「さぁ、我が家の新しい家族を歓迎してくれ」と来場者を見渡しながら言えば、わぁ、と歓声が上がって音楽家達が演奏を始めた。

静まり返っていた会場が一気に賑やかになり、公爵は持っていたグラスを隣に控えていた使用人に渡すと、

「今度、私の離れにも来るといい。……君が公爵家に来ることは、妻が最後に願っていたことなんだ。私の妻にも紹介しよう」

とリオノーラに言った。

「はい、是非」


リオノーラは、公爵の言葉に喜びと不安がじわじわと胸に広がっていくのを感じた。

公爵とのファーストコンタクトは成功したと言っていいだろう。口約束とは言え屋敷にまで招かれるとは上々だ。

ゴッドウー公爵夫人への最初の連絡もそれなりにこなせるかもしれない。

……ただ。


(ただ、上手くいき過ぎている気がする……)

公爵と離れたリオノーラは、ディナンドに導かれるまま、公爵家を支える忠臣達と挨拶を笑顔で交わす。

公爵とのやり取りを興味津々で見ていた家臣達は、公爵の怒りを買うことなく挨拶を済ませたリオノーラに対してそれなりの敬意を示してくれたが、リオノーラは胸中に不安が膨らんでいくのを止められなかった。



そして、その様子を見ていた人物が一人。

ギリ、と唇を噛み締め、握り拳を作り、身体を震わせていた。




***




歓迎会は、二時間程でお開きになる。

夕刻まで開催してしまえばその分使用人達の負担も増えるし、忙しい時間を割いて駆け付けた家臣達をそのまま早めに解放して、各自それぞれ家族サービスの時間に当てられるようにしたからだ。


「また夕食で」

ディナンドはまだ一階で家臣と話すことがあるらしく、リオノーラだけは先に自室へ向かうことになった。

「はい、今日は私の為に素敵な会を開いて頂き、ありがとうございました」

リオノーラが御礼を言うと、ディナンドは微笑みながら「ドバイリーは君を歓迎しているのが伝われば嬉しい」と言葉を返した。

リオノーラは、こんなに良くしてくれるディナンドに嘘をついている、という自責の念に苛まれながらも、それでも家族の為に自分の選択を変えることは出来ない、と一人痛む心を抱えながら二階へ向かう。


リオノーラより先に階段を上がりきったところで待機していた侍女の三人だったが、

「フラミルダ、お茶の準備を頼める?」

マーリネッラの指示にフラミルダは頷いてそのまま一階へワゴンを取りに向かった。

「トラウラ、先に行って湯を沸かしてきて」

「はい。では先に部屋に行っておりますね、アンジェニア様」

「ええ」

そして、トラウラが二階に到着したリオノーラの前を通り過ぎる時だ。


「危ない!!」

マーリネッラが叫び、

「え?」

リオノーラの身体が押されて、ぐら、と一階へ傾ぐ。

そしてそんなリオノーラのドレスを、手を伸ばしたマーリネッラがガシッ、と掴んだ。

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