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13、破かれたドレス

「アンジェニア様、申し訳ありません……!!」

三人のメイドはリオノーラを気を遣ってか、破かれたドレスを直接見せないように立ち塞がった。

「……よく見せて」

「アンジェニア様……」

リオノーラは三人に退くよう指示し、ドレスの近くまで寄って、じっとその破れを観察する。


(……こんなに素晴らしいドレスを……)

ガラスが散りばめられ銀糸で細やかな刺繍の施された、夜空を横切る雲状の光の帯を思わせる藍色の美しいドレスは、縦方向に真っ直ぐ、前にも横にも後ろにも、柔らかな素材のスカート部分にナイフでスパッと切れ目が入っていた。

破かれたことそのものより、職人の力作であろう仕上がりのドレスを大切に扱うことの出来ない人間がドバイリー公爵家にいることに、リオノーラは悲しくなる。


「申し訳ありません、私達の管理不足で」

「歓迎会は、いつからの予定なの?」

リオノーラが時計を見ると、時計は既に八時を回っていた。マーリネッラが答える。

「十四時開始を予定しておりました」

「そう」

「アンジェニア様、お食事の後に、別のドレスをお選び頂けますか?」

「食事は後にするわ。他のドレスは無事?」

「はい、確認致しましたところ、直ぐに着られるようにと室内に置いていたこのドレスと、後何着かが被害にあいました」

「……そう」


(おかしい……何故犯人は、他のドレスも同じように破かなかったのだろう?)

リオノーラは、考えた。

ウォークインクローゼットの扉には鍵はついておらず、リオノーラの部屋から自由に入れた。リオノーラの部屋には今日着る予定だったドレスだけが直ぐに着られるように飾られていたから、歓迎会を台無しにしたい人間であればまずこのドレスを破くのは理解出来るのだが、替えのドレスをそのままにすれば犯人の望むような台無し(・・・)にはならないだろう。


(……何故、このドレスだけ……)

「……そう言えば、ちょっと聞こえたのだけど、ディナンド様もこのドレスに合わせて衣装を既に準備されたのよね?」

「はい」

「そして、このドレスに合わせて会場もセッティング中ってことかしら?」

「はい。昨日ドレスを選ばれてから手配したものが、もうそろそろこの屋敷に到着致します。新しいものを準備するには時間が足りないので……」


つまりは、アンジェニアだけがドレスを選び直せ、という話だ。

最初は、アンジェニアを歓迎したくないドバイリー側の人間の仕業かと思った。けれども、歓迎会自体を中止にさせるつもりはないらしい。


「アンジェニア様の部屋に入ることが出来たのは、」

「犯人探しはあとよ。至急、裁縫の出来るメイドを全員かき集めてくれる?」

「はいっ……ええ?」

フラミルダはアンジェニアの発言にキョトンとし、

「失礼ですがアンジェニア様。新しいドレスをお選びになった方が、早いかと……」

マーリネッラが眉をひそめた。


「手間を取らせて悪いけど、これを手直しして着るわ。こんなにも素晴らしい作りのドレスなんですもの。破かれて終えるなんて、このドレスも可哀想だと思わない?」

「……しかし、アンジェニア様はこうした暗いお色見よりも、もっと淡く明るいお色がお好きだと伺っていて……」

マーリネッラがリオノーラを説得している途中で、フラミルダは頷いた。

「畏まりました、アンジェニア様。直ぐに集めます。確かに、このドレスを直して歓迎会で着ることが出来るならそれが一番スムーズですよね」

「ええ、お願い。後、駄目にされた他のドレスも一度見せてくれる?」

「畏まりました」


(……成る程ね)

リオノーラは着られなくなった全てのドレスを並べて見比べながら、犯人はアンジェニアがドバイリー公爵家から"浮いている"状況を御披露目したかったのだ、と理解した。

とは言っても、ドバイリー公爵家の財産であるアンジェニアのドレスを全て駄目にすることが出来ないような、ドバイリー公爵家に忠誠を誓っている人物なのだろう。


駄目にされたドレスは皆、きらびやか過ぎないシックで深い色味のものばかりで、恐らく手配された花花とマッチしやすい色味のドレスなのだと推測出来た。


「トラウラ、今日手配された花の一部を、少し分けてきて貰えない?大きめのものが良いわ」

「花ですか?畏まりました」

トラウラが直ぐに踵を返して部屋から出ていくと、

「……アンジェニア様、私も多少なりとも裁縫の心得がございます。微力ながら、お手伝いさせて頂いてもよろしいでしょうか?」

私共の管理不足で申し訳ないとマーリネッラが頭を下げ、「ええ、是非お願いするわ」リオノーラはそう言って微笑んだ。




***




結局、八人のメイドが集まったが、一度に同じドレスを八人も縫うことは出来ず、四人ずつ交代で一~二ヶ所を手直ししていくという形になった。

公爵家のメイドだからか、皆プロ顔負けの手際の良さで、なんやかんや和気藹々とリオノーラに相談しながら一時間半程の時間で、ほぼほぼ直る目処がついたところで、本来の仕事もある為に元の持ち場に下がらせた。


十時にお茶を頂き一息ついていると、「何かトラブルがあったと聞いたが」 とディナンドがアンジェニアの部屋まで顔を見せに来てくれた。

「ディナンド様」

アンジェニアが席を立って挨拶をしようとするのを、ディナンドは片手でわざわざ立たないで良いと制しつつ、「今日は君が朝食をまだ取ってないと給仕係が言っていたぞ」と言いながらテーブルにバスケットを置く。


朝のドタバタですっかり食堂に行くことを忘れてしまっていたリオノーラは、ディナンドに言われて漸くそう言えばお腹が空いたかも、と腹の虫に意識を向ける。

「料理長に申し訳ないことをしました……」

「責めているんじゃない、心配しているんだ」

ディナンドはそう言って、バスケットの中身をテーブルの上に広げていく。

部屋の中を、食欲をそそる美味しそうな香りが満たしていく。


「ディナンド様、これは……?」

「ディナンド様、失礼致します」

「ああ」

マーリネッラがディナンドの分のお茶をテーブルの上に置くと、

「良かったら一緒に食べようと思って」

と笑って答えた。


バスケットの中に入っていたのは軽食で、昼食はドレスを着る都合でお腹いっぱいには食べられないだろうと思っていたリオノーラにとっては有難い申し出だった。


「私もよく、仕事が忙しい時や山に偵察に行く時なんかは料理長にこうした簡易食を作って貰うんだ。量は少な目に見えるかもしれないが、栄養も偏らないように計算してくれてるし、これが結構旨い」

「ありがとうございます、頂きます」

ゴッドウー公爵家では、三食きっちり食堂で頂いていた為、こんな気軽に食事を取ることはなかった。


一年前まではパンを齧りながら母親の食事介助をしていた日々が蘇る。

父親が生きていた頃は、リオノーラもよく母親が作った料理を詰めたバスケットを片手に、鉱山まで届けに行ったものだったなと思い出す。


「どうだ?」

「とても美味しいです」

「だろう?」

テーブルマナーなんて何処へやら、アンジェニアの部屋でディナンドと食事を始めたリオノーラは、「しばらくこれを頂いているから、貴女達も休んで」と三人に言ってから「ディナンド様、昨日は……申し訳ありませんでした」とディナンドに謝った。


「では、隣で待機させて頂きますので食事が終わりましたらベルでお呼び下さい」とトラウラとフラミルダは出て行ったが、マーリネッラは責任を感じているのか、「このまま部屋の隅で構いませんから、ドレスを仕上げてしまいたいのですが」と申し出る。


リオノーラは構わなかったが、ディナンドはどう感じるのだろうかと思い顔を見れば、無表情で「今やらないと終わらないのか?」と聞いた。

「いえ、そういう訳では……」

と答えるマーリネッラに、

「私達は食事中だ。直ぐに終わるだろうから、後にしてくれ」

と言って退席を命じる。


「話が途中だったな。昨日は何も、謝られることなんてなかった筈だが」

そしてリオノーラに視線を移す時には、ディナンドは笑顔を浮かべていた。

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