その26「量産機とカスタム機」
ヨーダイ
「それらしいことを言いやがって……!」
マゴコロ
「王子。どうしよう?」
ヨーダイ
「……俺はどうしたって、妹に勝たなきゃなんねー」
ヨーダイ
「だったら、選択肢は1つだ」
……。
テルヒたちのチームの休憩スペース。
兎の頭部を持つ機体、ウサピョンイクリプスのそばに、セイラの姿が有った。
セイラの近くには、彼女のパーティメンバーの姿が見えた。
セイラは仲間に語りかけるように、口を開いた。
セイラ
「フェアプレイの精神に欠ける……ですって」
セイラ
「本当にそう思う?」
セイラの言葉に、イドが答えた。
イド
「技の無い三下どもにとっては、そうであろうな」
イド
「だが、次が王女の試合でなかったら、運営は同じ判断をしたかな?」
セイラ
「同じ王族でも、ずいぶんと扱いに差が有るわね」
イド
「王女は国王代理の愛娘だ」
イド
「そうもなるであろう」
セイラ
「テルヒはどう思う?」
テルヒ
「あの機体に、俺の腕が通用するか、試してみたかったな」
セイラ
「そう」
進行委員
「1年生、2回戦、第1試合に参加する選手は、第3試合場に移動してください」
セイラ
「王子のチーム……棄権はしないみたいね」
試合場に向かう機体の中に、スベルキーの姿は無かった。
マゴコロのマジェスティイヌが、試合場へと歩いていった。
リンレイのチームが、先に試合場に到着した。
リンレイたちが、マジェスティイヌを、待ち構える形になった。
リンレイは、普通とは色の違う、ピンクのダイチランザルに乗っていた。
違いは色だけでは無かった。
リンレイ機の額には、ツンと尖ったツノが見えた。
ダイチランザルの後ろには、ヤミヅキやピカードの機体も見えた。
ヤミヅキは、普段と同様、テンガイノワールに搭乗していた。
ピカードは、アナグラタイラントという機体に乗っていた。
ネズミの頭部を持つ、金色の機体だ。
その背後には、サンクラウマが見えた。
ユミヌーンという、ピカードが勧誘してきた女子が、それに乗っている。
リンレイ
「逃げずに来たのね。マゴコロ=アオプラネット」
リンレイは、魔導通信を使い、マゴコロに話しかけた。
リンレイ
「たった1機のマジェスティイヌで、私たちに勝てるつもりかしら?」
リンレイ
「それとも、参加することに価値が有る……なんて思ってるのかしら?」
マゴコロ
「…………」
マゴコロは、言葉を返さなかった。
リンレイ
「無いわよ。価値なんて」
リンレイは、さらに言葉を重ねた。
リンレイ
「敗者の屈辱を、味わわせてあげる」
リンレイ
「にいさまなんかとチームを組んだことを、後悔するのね」
そのとき……。
ヨーダイ
「なんかとは、ご挨拶だな」
リンレイのコックピットに、ヨーダイの声が響いた。
リンレイ
「……っ! にいさま!?」
予想しない兄の声に、リンレイは驚いた。
通信を送ってきたのは、マジェスティイヌだ。
スベルキーでは無い。
リンレイ機の計器が、それを証明していた。
リンレイ
「そのマジェスティイヌには、アオプラネットじゃなくて、にいさまが乗っているの!?」
リンレイ
「シャドウキャスターは、魔力登録された機士しか、動かせないはずなのに……」
マゴコロ
「半分アタリ。半分ハズレ」
沈黙を保っていたマゴコロが、口を開いた。
その通信も、マジェスティイヌからのものだった。
リンレイ
「まさか……!」
リンレイ
「1機のシャドウキャスターに、2人で乗っているの……!?」
ヨーダイ
「そのとおりだ」
マジェスティイヌのコックピットで、ヨーダイが微笑んだ。
その膝の上には、マゴコロが座っていた。
ヨーダイ
「最初の魔力認証さえパスすれば、他の機士だって、他人のシャドウキャスターを動かせる」
ヨーダイ
「お前たちの相手は、この俺だ」
ヤミヅキ
「ええと……」
ヤミヅキ
「よろしくおねがいします」
ヤミヅキが、調子の外れた挨拶をした。
リンレイ
「黙ってなさい!」
ヤミヅキ
「……はい」
リンレイ
「今すぐに下りなさい」
ヨーダイ
「なんでだよ?」
リンレイ
「勝ち目が無いし、フシダラだわ」
リンレイ
「狭いコックピットに男女2人なんて、何を考えているの?」
ヨーダイ
「ケチケチすんなよ」
ヨーダイ
「それに、勝ち目なら有るさ」
リンレイ
「1対4だって、分からないのかしら?」
ヨーダイ
「分からねーな」
ヨーダイ
「なにせ、バカ王子だからな。俺は」
リンレイ
「バカなことを言って……!」
リンレイ
「その機体は、スベルキーとは違うのよ……!?」
マジェスティイヌは、普通の量産機だ。
良い機体では有るが、それだけだ。
1対4をこなすような、特別な機体では無い。
ヨーダイ
「ぶつくさ言ってんじゃねえ」
ヨーダイ
「試合で分からせてやるよ。お姫さま」
リンレイ
「っ……!」
リンレイ
「審判!」
リンレイが、審判を怒鳴りつけた。
コンジ
「えっ? はい」
この試合の審判機は、最初の試合と同じ、コンジのダイチランザルだった。
リンレイ
「試合開始の合図をしなさい!」
コンジ
「っ……! 第1学年、2回戦、第1試合、開始ッ!」
王女の気迫に押され、コンジは試合開始を告げた。
試合場が、バリアで包まれた。
試合が始まった。
リンレイ
「ヤミヅキ! ユミヌーン! やってしまいなさい!」
ユミヌーン
「えっ? 私?」
ヤミヅキ
「っ……! ごめんなさい……! ヨーダイさま……!」
2人の機体が、リンレイ機の前に出た。
テンガイノワールとサンクラウマが、抜刀した。
そして、ヨーダイの機体に襲いかかった。
ヨーダイ
「…………」
マジスティイヌの手が、剣の柄に触れた。
ユミヌーンの機体が、マジェスティイヌに近付いていた。
ユミヌーンがこのパーティに入ってから、日が浅い。
彼女が仲間と息を合わせるのは、難しかった。
だが、ヤミヅキの方が、ユミヌーンをしっかりと見ていた。
ヤミヅキは、ユミヌーンと息を合わせるようにして、マジェスティイヌに斬りかかった。
2本の剣が、ヨーダイの機体に迫った。
だが……。
ユミヌーン
「っ!?」
ヤミヅキ
「これは……!?」
2人の視界から、マジェスティイヌの姿が消えた。
ユミヌーン
「あっ……」
ヤミヅキ
「斬られて……」
2人の機体が、崩れ落ちた。
ヨーダイの機体は、いつの間にか、2人の機体の後ろ側に、移動していた。
テンガイノワールもサンクラウマも、片脚を切断されていた。
脚を失っても、テンガイノワールには、翼が有る。
だが、体のバランスを損なえば、飛行にも影響が出る。
浮かぶことはできても、戦闘飛行は難しい。
両機とも、もはや戦闘不能だと言えた。
ピカード
「これは……」
背後から見守っていたピカードが、思わず息をのんだ。
思わぬ展開に、リンレイは苛立ちを見せた。
リンレイ
「ちょっと……! なにをいきなりやられてるのよ……!?」
彼女の苛立ちには、焦りの色が混じっていた。
ユミヌーン
「うぅ……」
ヤミヅキ
「すいません……」
リンレイ
「相手が1機だからって、油断して……!」
2人が負けたのは、油断のせいだ。
リンレイは、そう思いこもうとした。
一方ピカードは、もっと冷静に、物事を見ていた。
ピカード
「王女。そうは言うけどね」
ピカード
「王子の動きは普通じゃ無かったよ」
ピカード
「ただ油断してたってだけじゃ、説明がつかない」
リンレイ
「それは……」
リンレイにも、マジェスティイヌが際立った動きをしたことは、把握できていた。
ただそれを、認めたくなかっただけだ。
リンレイ
「そうか……!」
リンレイはすぐに、自分なりの答えを導き出した。
リンレイ
「その機体、ただの量産機じゃないのね?」
リンレイ
「ハイエンドのカスタム機……!」
リンレイ
「量産機の見た目で騙すなんて、やってくれるじゃない……!」
その推測は間違っていた。
だが、リンレイの心を安定させるには、十分な答えだった。
マゴコロ
「???」
ヨーダイ
「いや。こいつは……」
リンレイ
「けど、そんな姑息な手では、私には勝てないわ!」
リンレイ
「ピカード。弓で援護しなさい」
ピカード
「了解」
自分たちなりに戦うしかない。
それを理解していたピカードは、リンレイの指示を受け入れた。
アナグラタイラントが、弓矢を構えた。
リンレイ
「さあ! 行くわよにいさま!」
ピンク色のダイチランザルが、マジェスティイヌに襲いかかった。
マジェスティイヌの剣が、ダイチランザルの剣を迎え撃った。
ピカード
「行くよ」
リンレイにだけ通信を送り、ピカードは矢を放った。
狙いは正確だ。
矢はまっすぐに、マジェスティイヌに向かった。
ヨーダイ
「…………」
マジェスティイヌの手が、アナグラタイラントの矢を掴み取った。
ピカード
「えぇ……? 何やってるの? ギャグ?」
矢というのは、手掴み出来るものでは無い。
それがピカードの認識だった。
それは、リンレイにとっても同様だった。
マジェスティイヌの動きは、リンレイの常識を超えていた。
リンレイ
「矢の自動迎撃機能……!?」
心を揺さぶられたリンレイは、ありもしない機能を、妄想してしまう。
ヨーダイ
「ねえよ。そんな便利なモン」
ヨーダイは、吐き捨てた。
そして、リンレイの機体と切り結んだ。
ヨーダイ
「なるほど。あの2人とは違うな」
リンレイ機の挙動は、ヤミヅキたちの機体よりも鋭かった。
なかなかやるものだと、ヨーダイは感心させられた。
リンレイ
「当然よ!」
リンレイ
「私のダイチランザルも、カスタマイズされてるんだから!」
ヨーダイ
「お前……!」
ヨーダイ
「自分がカスタム機に乗ってて……人を姑息呼ばわりしてんのか……!?」
リンレイ
「私は隠してないもの!」
ヨーダイ
「はぁ……!?」
リンレイ
「この額のツノが見えないのかしら!」
リンレイ
「ツノが有るから、カスタム機だって分かるでしょうに!」
ヨーダイ
「そうですかぁ!」
2人の機体は、攻防を続けた。
だが、機体スペックを除く全てにおいて、ヨーダイの側が上回っていた。
リンレイ機がおされはじめた。
ピカードも弓で援護するが、たいした効果は得られなかった。
ピカード
「ありゃ。もう矢が無いや」
やがて、アナグラタイラントの矢筒が、空っぽになってしまった。
ピカード機は、後方支援仕様だ。
斬り合いに参加するのは難しかった。
ピカード
「あとは頑張ってね。王女さま」
ピカードが、魔導通信で匙を投げた。
リンレイには、それに構っている余裕は無かった。
気を抜けば、ヨーダイの剣が自機に届く。
リンレイ
「っ……!? どうして……!?」
リンレイ
「同じカスタム機同士なのに……!」
リンレイ
「強化しすぎよ! にいさま!」
ヨーダイ
「そもそも、コイツはカスタム機じゃないが」
リンレイ
「嘘よ……!」
マゴコロ
「嘘じゃない」
マゴコロが、口を挟んだ。
マゴコロ
「このマジェスティイヌは、普通の量産型」