その21「赦免と開戦」
暴行事件から、2日が経過した。
マゴコロ
「…………」
学校のダンジョンドーム。
転移陣の前に、マゴコロが立っていた。
そこへ、テルヒたちのパーティがやって来た。
テルヒ、イド、セイラの3人だ。
マゴコロが抜けた穴は、いまだ埋まってはいない。
それでも彼らの攻略深度は、学年でトップだ。
今のままでも不足は無い。
そう考えているのかもしれなかった。
セイラ
「マゴコロ?」
セイラがマゴコロに気付いた。
マゴコロ
「セイラ」
マゴコロも、セイラに気付いたようだ。
2人のうち、セイラの方から、マゴコロに歩み寄った。
マゴコロは、転移陣の近くに、じっと立っていた。
セイラ
「王子を待ってるの?」
マゴコロ
「うん」
セイラ
「……あいつは来ないと思うわよ」
セイラ
「ドームとは別の方向に、歩いてくのを見たもの」
セイラ
「きっとサボりでしょうね。サボり」
マゴコロ
「…………」
セイラ
「ねえ、もし良かったら、私たちのパーティに戻ってこない?」
マゴコロ
「ううん」
マゴコロ
「ここで王子を待つ」
セイラ
「待ってても来ないと思うわよ」
マゴコロ
「それでも待ってる」
セイラ
「……そう」
セイラ
「今日のところは好きにしなさい」
マゴコロ
「そうする」
セイラ
「行きましょう」
イド
「うむ」
テルヒ
「いつでも戻ってきて良いからな」
マゴコロ
「ありがとう」
テルヒたちは、転移陣に入っていった。
ダンジョンに転移され、彼らの姿は消えた。
マゴコロ
「…………」
マゴコロは再び、ダンジョンドームで1人になった。
一方、学校の格納庫。
スベルキーのコックピットに、ヨーダイの姿が有った。
ヨーダイは、魔導レバーに手を伸ばした。
指と手のひらが、レバーに触れた。
ヨーダイの魔力が、スベルキーに流れていった。
ヨーダイ
「さあ、行くぞ。ウスノロ」
スベルキーが起動した。
身長4メートルのシャドウキャスターが、格納庫から駆け出していった。
……。
その日の放課後。
アプリコ
「王子。ちょっと話が有る」
ホームルームの直後。
担任教師のアプリコが、ヨーダイに声をかけた。
ヨーダイ
「分かりました」
ヨーダイ
「リンレイさま。少々お待ちいただけますか?」
リンレイ
「仕方ないわね」
リンレイ
「あまり待たせてはダメよ?」
ヨーダイ
「はい」
ヨーダイは、アプリコと共に、教室を出た。
そして、彼女のアトについて、廊下を歩いた。
アプリコは、応接室の扉を開いた。
2人は応接室に入っていった。
アプリコ
「座れ」
部屋の奥側のソファに座り、アプリコはそう言った。
ヨーダイは、手前側のソファに座った。
そしてアプリコと向き合った。
アプリコ
「先日の事件だが、シャドウキャスターの修理費用が、アオプラネットの家に支払われることになった」
アプリコ
「以上だ」
ヨーダイ
「それだけですか? あいつは大怪我をしたんですよ?」
この世界でも、人に怪我をさせれば、罪に問われる。
マゴコロは、大怪我をしていた。
一歩間違えれば、命を落としていたかもしれない。
それがお咎め無しというのは、認めがたかった。
ヨーダイ
「マゴコロは、俺みたいな国家の癌じゃない。立派な伯爵家の子だ」
ヨーダイ
「それを襲っておいて、お咎めなしで済むんですか?」
アプリコ
「容疑者たちを赦免せよ」
アプリコ
「国王代理陛下のお達しだ」
国には法律が有る。
だが、封建社会においては、君主こそが第一の法だ。
立法、司法、行政。
その全ての権利を、国王が持っている。
他の権力者は、国王の意に背かない範囲で、その権利を保障される。
王が許すと言えば、許される。
そういう風になっていた。
ヨーダイ
「あのババア……」
アプリコ
「不敬はヨソでやれ。私を巻き込むな」
ヨーダイ
「すいませんね」
ヨーダイ
「けど、初めてですね」
ヨーダイ
「ババ……国王代理が、学校の揉め事にまで、口を出してきたのは」
アプリコ
「2文字ならセーフとかいうルール無いからな?」
ヨーダイ
「そもそも、あいつが生徒の揉め事なんか、いちいち気にしてるはずが無い」
ヨーダイ
「けど、あのバは、娘にだけは甘い」
ヨーダイ
「やっぱり、リンレイがあいつらを……」
アプリコ
「私に言うな」
アプリコ
「私は何も知らんし、関係も無い」
アプリコ
「きょうだい喧嘩は、私が見てない所でやってくれ」
ヨーダイ
「そう出来れば良かったんですけどね」
アプリコ
「おい、何するつもりだ?」
ヨーダイ
「話は以上ですか? それじゃ、失礼します」
ヨーダイは、素早く立ち上がり、出口を開いた。
アプリコ
「おい! 質問に……!」
アプリコを無視して、ヨーダイは応接室を出た。
そして足早に、教室に戻った。
教室に戻ると、リンレイの姿が有った。
素直にヨーダイを待っていたらしい。
教室に、他の生徒は居なかった。
みんな帰ったか、部活にでも行ったのだろう。
ヨーダイ
「お待たせしました」
ヨーダイは、リンレイに近付き、声をかけた。
リンレイ
「ねえ、今日は甘いおやつが食べたいわ」
リンレイ
「途中でどこかに寄っていきましょう」
ヨーダイ
「分かりました」
2人は、途中でカフェに寄り、自宅へと帰った。
リンレイは靴を脱ぎ、廊下へと上がった。
ヨーダイは、たたきに立ったまま、リンレイをじっと見ていた。
リンレイ
「あのお菓子、おいしかったわね。また行きましょう」
ヨーダイ
「……リンレイさま」
ヨーダイ
「俺と勝負をしませんか?」
リンレイ
「……にいさま?」
リンレイ
「いきなりどうしたの?」
ヨーダイ
「いきなりだと思うのですか?」
ヨーダイ
「まさか、自分がマゴコロに何をしたのか、覚えてないというのでは無いでしょうね?」
リンレイ
「……! どうして……」
自分が裏で糸を引いていることを、まさか気付かれているとは。
リンレイには、それが心底意外なようだった。
阿呆が。
ヨーダイは、内心で毒づいた。
彼の心の中で、炎がチリチリと燃えていた。
それは小さな炎だった。
だが、確かな熱を持っていた。
ヨーダイ
「分かるに決まっているでしょう」
ヨーダイ
「あの規模の暴力事件。揉み消せる連中が、王族以外に居るものですか」
リンレイ
「にいさま、怒ってるの?」
ヨーダイ
「そう見えますか?」
リンレイ
「あれは、にいさまだって悪いのよ?」
リンレイ
「私よりも、あの女をかまってばっかりで」
ヨーダイ
「パーティメンバーと交流するのは、当たり前でしょう」
リンレイ
「楽しそうだった!」
リンレイ
「にいさまは、あの女と話してて、楽しそうだった!」
ヨーダイ
「楽しかったら悪いのかよ!?」
ヨーダイは、慇懃な口調を捨てた。
ヨーダイはずっと、リンレイには穏やかに接してきた。
彼がリンレイのしもべだからだ。
そうしなくてはならなかった。
これまでは。
今、ヨーダイの気持ちは、解き放たれていた。
魔導契約は、もはや彼を縛らなかった。
リンレイ
「っ……」
ヨーダイ
「荷物持ちから開放されて、無能じゃないって言ってもらえて……」
ヨーダイ
「それを嬉しいって思ったら、いけないのかよ……!」
無能のフリをして、周囲に蔑まれる。
嫌われる。
それが、ヨーダイの仕事だった。
役割なのだから、仕方が無い。
ヨーダイはそう思い、自身の立場を受けいれた。
そのはずだった。
マゴコロと出会って、気付いてしまった。
自分は本当は、ずっと傷ついていたのではないのか。
仕事だと割り切っていたら、何も傷つくことは無い。
そんなのは、ただの強がりだったのではないか。
マゴコロは、無能王子を嫌わなかった。
マゴコロの存在は、ヨーダイにとっての救いになっていた。
そんな彼女のことを、リンレイは踏みにじった。
リンレイ
「にいさまが無能なのは、事実でしょうが!」
リンレイ
「それを違うって言っても、ただおべっかを使ってるだけよ!」
ヨーダイ
「無能王子にお世辞を言っても、何の得も無いだろうがよ」
リンレイ
「有るに決まってるでしょ!」
ヨーダイ
「は……?」
リンレイ
「にいさまは、世界一綺麗だもの。あの雌犬は、にいさまに発情してたのよ」
ヨーダイ
「ふざけるな」
リンレイ
「ふざけてなんかいないわ」
リンレイ
「それに、にいさまが無能ってことにも変わりは無い」
ヨーダイ
「それじゃあ、白黒はっきりしようか」
ヨーダイは、賭けに出ることにした。
リンレイが黒幕だと気付いた時から、そう決めていた。
それは危険な賭けだった。
ヨーダイ
(もうしわけありません。母上)
ヨーダイは内心で、母に詫びた。
ヨーキと穏やかに生きていくだけなら、こんなことはする意味が無い。
それどころか、母を危険に晒す行為だった。
リンカに屈服したあの日から、ヨーダイは、母と2人で生きてきた。
2人以外は、敵か部外者だ。
そんな風に思いながら、生きてきた。
だが、いつの間にか……。
ヨーダイの世界は、2人だけのものでは無くなっていた。
リンレイ
「……どういうこと?」
ヨーダイ
「次の武術会で、どっちが上の順位になるか、勝負をしよう」
ヨーダイ
「それで負けた方が、勝った方の言うことを聞く。どうだ?」
リンレイ
「そんなの……」
リンレイ
「にいさまが、私に勝てるわけが無いでしょう?」
ヨーダイ
「だったら受けてくれるな?」
ヨーダイ
「絶対に勝つと思ってるんだろう?」
ヨーダイ
「弱い兄の願いを、聞いてくれても良いよな?」
リンレイ
「それは……」
リンレイ
「万が一、私が負けたら、にいさまはどうしてほしいの?」
ヨーダイ
「俺が欲しいのは、自由だ」
ヨーダイ
「これからの学校生活を、自由に暮らす権利が欲しい」
ヨーダイ
「そして、お前の母親には、俺が言い出したことではなく、お前の意思だと伝えて欲しい」
ヨーダイ
「妹が、兄離れしたくなったんだってな」
リンレイ
「自由って、それはつまり……」
ヨーダイ
「住居は別で、お互いの生活には干渉しない」
ヨーダイ
「ただのクラスメイトとして扱ってくれ」
リンレイ
「そんなのダメよ!」
リンレイ
「にいさまが居なくなったら、いったい誰が私のご飯を作るの?」
ヨーダイ
「メイドでも雇えよ」
リンレイ
「誰が私を洗ってくれるの?」
ヨーダイ
「それもメイドにやらせろ」
リンレイ
「抱き枕は!?」
ヨーダイ
「娼夫でも雇え」
リンレイ
「嫌よ汚らわしい!」




