その20「最弱機体とその身の丈」
転んだスベルキーを、ブリーメルのラセンホーンが踏みつけた。
ブリーメル
「ああよええ」
ブリーメル
「こんなんが訓練して、何になるってんだ?」
マゴコロ
「王子をはなして!」
マゴコロのマジェスティイヌが、スベルキーに駆け寄ろうとした。
だが……。
ルム
「おっと、お前の相手は俺たちだ」
シェンリューが、マジェスティイヌの前に立ち塞がった。
マゴコロ
「どいて……!」
マゴコロは、シェンリューに剣を向け、威嚇した。
連中は、人数で有利だ。
その程度で怯んだりはしない。
バッカス
「背中がァ! がら空きだぜッ!」
背後に回り込んだダイチランザルが、マジェスティイヌに斬りかかった。
マゴコロ
「あうっ……!」
攻撃を受け、マゴコロの機体がよろめいた。
ワインダ
「もう1発!」
別のダイチランザルが、追撃をくわえてきた。
剣が装甲を打った。
火花が散った。
マゴコロ
「っ……」
ヨーダイ
「マゴコロ……!」
ヨーダイ
「はなせ……! はなしてくれ……!」
マゴコロを助けたい。
そう思い、ヨーダイはスベルキーを暴れさせた。
だが、機体にパワー差がありすぎた。
スベルキーを踏みつけたラセンホーンの足は、びくりともしなかった。
ブリーメル
「お前、その程度のパワーで、よく大会に出ようと思ったな」
ヨーダイ
「くうっ……!」
ヨーダイは、スベルキーの掌から、魔弾を放った。
ブリーメル
「うおっ!?」
炎の魔弾が、ラセンホーンの脚を撃った。
ラセンホーンの体勢が崩れた。
だが、ブリーメルはすぐに、機体の体勢をもちなおした。
ブリーメル
「ザコが足掻いてんじゃねえっ!」
苛立ったブリーメルは、ラセンホーンの足を上げた。
ほんの一瞬、スベルキーは自由になった。
そして次の瞬間、スベルキーに、強い衝撃が走った。
ラセンホーンのカカトが、スベルキーに叩きつけられていた。
ヨーダイ
「ぐああっ……!」
踏みつけは、1度では終わらなかった。
ブリーメル
「このっ! このっ! このっ! ザコがぁ!」
ラセンホーンの足裏が、何度もスベルキーを打った。
スベルキーが、激しく揺さぶられた。
コックピットに居るヨーダイにも、その衝撃は伝わった。
執拗な攻撃が、ヨーダイを痛めつけた。
やがて、ヨーダイは意識を失った。
……。
ヨーダイ
「う……」
どれだけの時間が経ったのか。
スベルキーのコックピットで、ヨーダイは目を覚ました。
スベルキーのカメラは、空を映していた。
機体は倒れたままのようだ。
ヨーダイの全身に、鈍い痛みが有った。
彼はまず、回復呪文を唱えた。
ヨーダイ
「癒やし風」
ヨーダイの体が、癒やしの風に包まれた。
痛めつけられた体が、癒えていった。
ヨーダイが念じると、胸部のコックピットハッチが開いた。
機体の各機能は、正常のようだ。
仰向けの機体から、ヨーダイは這い出した。
そして、スベルキーの腹の上から、周囲を見回した。
ブリーメルたちの姿は無かった。
ヨーダイ
「あ……」
ヨーダイは呻いた。
マゴコロの機体が、ボロボロになっているのが見えた。
その損傷は、スベルキーよりも、遥かに酷い。
ヨーダイは、スベルキーから飛び降りた。
ヨーダイ
「マゴコロ……マゴコロ……!」
ヨーダイは、マゴコロ機に駆け寄り、よじ登った。
そして、コックピットハッチのそばまで走った。
どれほどの暴力が加えられたのか。
コックピットハッチは、ぐしゃぐしゃになっていた。
普通、コックピットハッチは、人力では開けられない。
だが、壊れたハッチならば、自分の力でも開けられるかもしれない。
そう思ったヨーダイは、強化呪文を唱えた。
ヨーダイ
「オニ剛力」
膂力を強める呪文だった。
ヨーダイの体が、赤い光に包まれた。
ヨーダイの手が、歪んだハッチを掴んだ。
ヨーダイ
「ぐうぅぅ……!」
歪んだハッチの一部が、ヨーダイの手に食い込んだ。
手から血が流れた。
ヨーダイは、力を緩めなかった。
歯を食いしばり、全力で、ハッチを持ち上げようとした。
ハッチは鈍い音を立てて、少しずつ、少しずつ、持ち上がっていった。
マゴコロ
「…………」
コックピットが開くと、傷だらけのマゴコロの姿が見えた。
頭から流れた血が、額から頬までを濡らしていた。
その目蓋は、閉じられていた。
意識を失っているようだった。
ヨーダイ
「マゴコロ……!」
ヨーダイは、コックピットに飛び込んだ。
そして、マゴコロの頬に触れた。
ヨーダイ
「癒やし風……! 癒やし風……!」
ヨーダイは、回復呪文を繰り返し唱えた。
唱え続けた。
そして……。
マゴコロ
「う……」
治療の成果も有って、マゴコロは目を開いた。
マゴコロ
「王子……?」
マゴコロは、ぼんやりとヨーダイを見た。
ヨーダイ
「マゴコロ……! だいじょうぶか……!?」
ヨーダイはそう問いかけて、自分の愚かさに気付いた。
ヨーダイ
「……だいじょうぶなわけ無いよな。ごめん……」
ヨーダイはがっくりと肩を落とした。
マゴコロ
「だいじょうぶ」
ヨーダイ
「けど……」
ヨーダイは、マゴコロの胸のあたりを見た。
マゴコロ
「…………?」
マゴコロは、釣られて視線を落とした。
マゴコロ
「あ……」
マゴコロが大事にしていた瓶が、砕けていた。
瓶の上部だけが、紐につながっていた。
その他の部分は、粉々になっていた。
マゴコロ
「…………」
マゴコロは、悲しみを隠せなかった。
ヨーダイ
「俺のせいだ……」
その瓶がどういう意味を持っていたのか、ヨーダイは知らない。
だが、大切なものだということは分かっていた。
それが失われてしまった。
自分と一緒に居なければ、マゴコロはこんな目には遭わなかった。
ヨーダイはそう思っていたし、おそらくそれは、事実だろう。
マゴコロ
「ううん。悪いのはあいつら」
マゴコロ
「それに、こんなのはただの空き瓶だから」
マゴコロ
「たいした物じゃ無いから」
マゴコロ
「私は気にしてないし、平気だから」
マゴコロ
「だから、ね?」
マゴコロ
「そんな顔しないで。王子」
ヨーダイ
「…………」
自分がどんな顔をしているのか、ヨーダイには分からなかった。
心の色がくすんでいることだけは、はっきりと分かった。
ヨーダイ
(ごめんマゴコロ……)
ヨーダイ
(マゴコロは俺のこと……無能じゃないって言ってくれたけど……)
ヨーダイ
(俺はやっぱり……無能王子だったみたいだ……)
……。
ヨーダイは、格納庫の魔導通信機を使い、病院に連絡した。
そして、マジェスティイヌのそばに戻った。
少しすると、遠くから、ねこサイレンが聞こえてきた。
ダガー猫
「みゃーみゃーみゃーみゃー!」
訓練場に、救急猫車がやってきた。
2頭のダガー猫が、猫車をひいていた。
猫車は、マジェスティイヌの近くで停車した。
車から、救命士たちがおりてきた。
救命士の1人が、ヨーダイに駆け寄って来た。
救命士
「ヨーダイ王子……?」
ヨーダイ
「そんなこと、どうでも良いでしょう? 今は」
救命士
「すいません。負傷者は?」
ヨーダイ
「コックピットの中です」
ヨーダイ
「どうかマゴコロを……よろしくお願いします」
救命士
「はい。お任せ下さい」
マゴコロは、コックピットから救助された。
そして担架に乗せられ、猫車に乗せられ、運ばれていった。
……。
ヨーダイ
「……………………」
迷宮都市から少し離れた平野。
そこでスベルキーが、手足を振り回していた。
ヨーダイが乱雑に、スベルキーを暴れさせているのだった。
訓練場の端には、迷宮都市の外壁が有る。
スベルキーは、壁を登るのが得意で、10メートルくらいの壁なら、軽々と越えてみせた。
都市から離れたのは、今のヨーダイが、自分の心を持て余していたからだ。
ヨーダイ
「何か無いのかよ!?」
スベルキーのコックピットに、ヨーダイの叫びが響いた。
彼の苛立ちは、機体へと向けられていた。
ヨーダイ
「俺たちが強かったら! マゴコロはあんな目に合わなくて済んだんだぞ!」
ヨーダイ
「王家の家宝だとか言って、量産型の機体に、何も出来ないのかよ!?」
ヨーダイ
「負け犬か!?」
ヨーダイ
「お前も俺と同じ、ただの負け犬なのか!?」
ヨーダイ
「家宝ってのは名前だけかよ!?」
ヨーダイ
「なんとか答えろよ! クソがッ!」
スベルキーの体勢が崩れた。
デタラメに暴れさせていれば、いつかはそうなる。
スベルキーは、地面に倒れた。
ヨーダイ
「…………」
ヨーダイ
「空が……青すぎる……」
真っ青な空を見て、ヨーダイの心が、少し冷えた。
ヨーダイ
(機械に八つ当たりか?)
ヨーダイ
(アホかよ。俺は)
ヨーダイは、のろのろとした動作で、スベルキーを起き上がらせた。
そして呟いた。
ヨーダイ
「クソッタレ……」
ヨーダイ
「クソッタレの負け犬が……」
そのとき……。
熊
「グオッ!」
外部の獣の声を、スベルキーのセンサーが拾い上げた。
ヨーダイ
(魔獣……!?)
ヨーダイは、声の方に機体を向けた。
スベルキーのカメラが、1体の熊を映し出した。
ヨーダイ
(……いや。野生の獣か)
熊の奥側には、森が広がっているのが見えた。
熊は、その森に住んでいるようだった。
ヨーダイ
(いつの間にか、森の近くまで来てたんだな)
熊
「グウウゥゥ!」
熊は、スベルキーを威嚇してきた。
ヨーダイ
(迷宮の熊より小さいな。当たり前か)
ヨーダイ
(とはいえ、危険な猛獣に代わりは無いがな)
ヨーダイは、スベルキーを前身させた。
そして姿勢を低くして、熊にデコピンをした。
熊
「ギャウッ!?」
熊
「グゥゥゥ……」
熊は逃げ去っていった。
木々の間に、熊の姿が消えた。
スベルキーの身長は、4メートル有る。
熊の身長は、2メートルほどだ。
かなう相手では無いと判断したのだろう。
実際、本気で戦ったとしても、スベルキーが勝ったはずだ。
ヨーダイ
(スベルキーでも、熊くらいなら楽勝なんだな)
ヨーダイ
(そりゃそうか)
ヨーダイ
(最弱って言っても、相手が悪いだけで、体格で負けてない相手なら、十分にやれるんだ)
ヨーダイ
(ひょっとしてこいつなら、迷宮の魔獣にも勝てるのか?)
ヨーダイ
(いや……)
ヨーダイ
(シャドウキャスターが、迷宮に入れるわけが無いよな)
ヨーダイ
(なんてったって、身長が……)
ヨーダイ
「身長が……?」
ヨーダイ
「……なあ、スベルキー」
ヨーダイ
「ドチビだな。お前は」
ヨーダイは、スベルキーを走らせた。
その足どりは、はっきりとしていた。
ヨーダイに、明確な目標が出来ていた。
ヨーダイ
(有った……。ダンジョンドームだ)
やがてスベルキーがたどり着いたのは、ダンジョンドームの前だった。
都市のドームでは無い。
草原に有るドームだった。
そのドームは、古ぼけていた。
ロクに整備もされていないらしく、ところどころ、壁が砕けていた。
ヨーダイ
(危険だからって、封鎖されたんだったな)
ヨーダイ
(俺にとっては都合が良い)
ヨーダイ
(町のダンジョンドームは、どうやったって目立つからな)
スベルキーは、ダンジョンドームに近付いていった。
その入り口は、スベルキーの体に比べ、少し狭かった。
ヨーダイ
「…………」
スベルキーの拳が、ドームの壁を破壊した。
入り口は、丁度良い広さになった。
スベルキーの姿が、ダンジョンドームへと消えた。
……その夜。
ヨーダイたちの家。
リンレイ
「遅い!」
リンレイ
「もう晩御飯の時間を過ぎてるわよ!」
帰宅したヨーダイを、リンレイは怒声で出迎えた。
ヨーダイ
「申し訳ありません」
ヨーダイ
「ちょっと、辛いことが有ったので」
リンレイ
「話は聞いているわ」
リンレイ
「けどね、にいさまも悪いのよ?」
リンレイ
「背伸びをしようとすると、ああいうことが起きるの」
リンレイ
「にいさまは、自分の身の丈に合ったことだけを、していれば良いのよ」
そう言ったリンレイは、薄く笑っていた。
ヨーダイ
「……そうか」
ヨーダイ
「お前か」
リンレイ
「にいさま?」
ヨーダイ
「いえ」
ヨーダイ
「これからは、身の丈に合ったことをしていこうと思いますよ」
ヨーダイ
「そう。身の丈にね」