その19「マゴコロと特訓」
その後も2人は、どんどんとダンジョンを攻略していった。
そして……。
マゴコロ
「今日はここまで」
マゴコロが、冒険者の腕輪の機能で、時計を表示させて言った。
ヨーダイ
「もう時間か……」
マゴコロ
「名残惜しい?」
ヨーダイ
「……かもな」
マゴコロ
「ふふふ。私も」
マゴコロ
「明日も頑張ろう」
マゴコロはそう言って、拳を突き出してきた。
ヨーダイ
「ああ」
ヨーダイは自分の拳を、彼女の拳に軽く当てた。
ヨーダイ
(楽しいな)
ヨーダイ
(ダンジョンに潜るのが、楽しくなってる)
2人は談笑しながら、地上を目指した。
転移陣を経て、学校のドームに戻った。
そのとき……。
リンレイ
「にいさま」
ドームには、リンレイの姿が有った。
転移陣から少し離れた位置で、ヨーダイの方を見ていた。
ヨーダイ
「リンレイさま」
ヨーダイの笑顔が引っ込んだ。
ヨーダイは姿勢を正し、リンレイと向き合った。
リンレイ
「にいさま……」
リンレイは、何かを言いたそうにしている。
ヨーダイには、そのように見えた。
ヨーダイ
「はい。なんでしょうか?」
ヨーダイは、リンレイから言葉を引き出そうとした。
だが……。
リンレイ
「……なんでもないわ」
リンレイは何も言わず、ヨーダイに背を向けた。
そしてダンジョンドームから退出していった。
……。
翌朝。
ホームルームの時間。
担任教師のアプリコが、生徒たちにプリントを配っていった。
アプリコは、赤竜族の女性だ。
ショートヘアで、身長は高め。
フレームの細い、スマートなメガネをかけていた。
服装は、この世界のスーツだ。
プリントを配り終えると、アプリコが口を開いた。
アプリコ
「今配ったのは、来月の『機械兵武術祭』のプリントだ」
アプリコ
「原則、全員参加だ。サボるなよ~」
機械兵武術祭とは、シャドウキャスターによる武術大会だ。
生徒たちが、小規模な集団戦を行う。
実戦さながらにシャドウキャスターを操り、勝敗を競う。
名家の父兄も見学に来る、ちょっとしたお祭りだった。
腕に自身が有る者にとっては、数少ない活躍の場でもあった。
ヨーダイ
「あの」
ヨーダイが口を開いた。
アプリコ
「どうした?」
ヨーダイ
「俺も出ないといけませんか?」
スベルキーで参加しても、負けは目に見えている。
参加するだけ時間の無駄だ。
ヨーダイには、そう思えてならなかった。
アプリコ
「休んでも良いぞ」
ヨーダイ
「……良いんですか?」
アプリコ
「スベルキーにまともな格闘能力が無いことは、学校側も把握してる」
アプリコ
「ただ、お前のパーティメンバーまで、参加免除されるわけじゃ無いからな」
アプリコ
「今のお前の仲間は、アオプラネットだったか」
アプリコ
「1人で出場してもらうことになる」
マゴコロ
「分かりました」
マゴコロは、平然と言った。
ヨーダイ
「おい……!」
マゴコロ
「だいじょうぶだから」
ヨーダイ
「…………」
ホームルームが終わり、休み時間になった。
ヨーダイ
「本当に1人で出る気か?」
マゴコロ
「うん」
ヨーダイ
「相手が4人パーティなら、4対1だぞ?」
マゴコロ
「うん」
ヨーダイ
「うんって……」
ヨーダイ
「勝ち目無いだろ? いっそ、サボっちまえよ」
マゴコロ
「戦う前から諦めたくない」
ヨーダイ
「……勝つ気なのかよ?」
マゴコロ
「難しいけど、できたら勝ちたい」
マゴコロ
「優勝したら、新聞に載る」
ヨーダイ
「目立ちたがりかよ」
マゴコロ
「実は」
ヨーダイ
「そういうの、興味無いかと思ってた」
マゴコロ
「意外な側面?」
ヨーダイ
「そうだな」
ヨーダイから見ると、マゴコロの外面は、ぼんやりとしているように見える。
少し、浮世離れした印象を受ける。
新聞に載って目立ちたいというのは、いかにも俗っぽい。
彼女にも、こんな一面が有るのかという気持ちが、確かに有った。
ヨーダイ
「……なぁ」
ヨーダイ
「俺も出る」
マゴコロ
「無理しなくても良いよ? 嫌なんでしょ?」
ヨーダイ
「……出るよ」
ヨーダイ
「マゴコロの役に立ちたいんだ」
マゴコロ
「そう?」
マゴコロ
「それじゃ、頑張ろう」
マゴコロ
「そうだ。次の休み、一緒に特訓しようか?」
ヨーダイ
「それは……無理かもな」
マゴコロ
「どうして?」
ヨーダイ
「……家庭の事情で」
ヨーダイの、リンレイのしもべとしての仕事は、多岐に渡る。
自由時間を長く確保するのは、難しかった。
マゴコロ
「そう。残念」
……。
昼休みの学生食堂。
ヨーダイは、リンレイ、ヤミヅキと食事をしていた。
ヨーダイ
「リンレイさま」
ヨーダイ
「次の休日に、お暇をいただいてもよろしいでしょうか?」
ヨーダイは、却下されるのを承知で、そう尋ねた。
リンレイ
「あの女と、シャドウキャスターの訓練?」
ヨーダイ
「……はい」
リンレイ
「必要無いでしょう?」
リンレイ
「いまさらにいさまが、多少の訓練をしたところで、たかが知れているわ」
リンレイ
「無駄なことに、時間を割く意味は無いでしょう」
やはり却下された。
ヨーダイの予想通りだった。
普段なら、それで終わりのはずだった。
だがヨーダイは、さらに言葉を重ねた。
敗北者である彼にとっては、珍しいことだった。
ヨーダイ
「……そうかもしれません」
ヨーダイ
「けどあいつは……」
ヨーダイ
「あいつだけは、俺が無能じゃないって言ってくれた」
リンレイ
「あの女が……?」
ヨーダイ
「俺はあいつの気持ちに答えたい」
ヨーダイ
「お願いします。どうか、1日だけでも休ませてください」
ヨーダイは、深く頭を下げた。
リンレイ
「分かったわ」
リンレイは、つまらなさそうな表情で、そう言った。
ヨーダイ
「……良いのですか?」
リンレイ
「2度言わないと分からないのかしら? おバカさん」
ヨーダイ
「ありがとうございます!」
ヨーダイは笑顔になり、リンレイへの感謝を示した。
普段、リンレイには向けない笑顔だった。
……。
ヨーダイ
「マゴコロ」
教室に戻ると、ヨーダイはマゴコロに話しかけた。
ヨーダイ
「次の休み、時間が取れることになった」
ヨーダイ
「だから、俺と一緒に……」
マゴコロ
「良かった」
マゴコロは、微笑んだ。
そして言った。
マゴコロ
「頑張ろう」
それだけのことなのに、ヨーダイはなぜか、口元が緩むのを止められなかった。
ヨーダイ
「……ああ!」
……。
そして、休日になった。
早朝のリビング。
リンレイの、朝食などの面倒を見てから、ヨーダイは言った。
ヨーダイ
「それでは、お暇を頂戴します」
リンレイ
「ええ。せいぜい頑張りなさい」
ヨーダイ
「はい」
ヨーダイ
「カゲトラ。行こう」
カゲトラ
「みゃ」
ヨーダイはカゲトラを連れ、ニコニコと家を出て行った。
リンレイは、リビングのソファの上から、ヨーダイが去った方角を見た。
彼女の顔に、冷笑が浮かんだ。
リンレイ
「女狐の戯言を、真に受けるなんて」
リンレイ
「おバカなにいさま」
リンレイ
「早く現実を、思い出すと良いわ」
ヨーダイは、カゲトラを小屋に預けると、学校の格納庫に向かった。
そこが待ち合わせの場所だった。
格納庫の入り口近くに、マゴコロが立っていた。
ヨーダイは、彼女に駆け寄っていった。
マゴコロの胸のところで、何かがきらりと光った。
彼女はいつものように、空き瓶を首にかけていた。
ヨーダイ
「お待たせ」
マゴコロ
「今来たとこ」
ヨーダイ
「デートみたいだな。そのセリフ」
マゴコロ
「ふふっ。そう?」
2人は、格納庫に入った。
そして、それぞれの機体に乗り込んだ。
ヨーダイは、スベルキーに。
マゴコロは、犬の頭部を持った機体、マジェスティイヌに。
2人は機体を操縦し、訓練場に移動した。
マゴコロ
「相変わらず、ちっちゃいね」
マゴコロが、スベルキーを見ながら言った。
ヨーダイ
「うぅ……プライドが傷つくぜ……」
マゴコロ
「うん?」
ヨーダイ
「いや。特訓って言うけど、何をしたら良いんだ?」
マゴコロ
「まずは、王子の機体のスペックを、把握したい」
マゴコロ
「1点モノのシャドウキャスターは、独自の武装を持っていることが多い」
マゴコロ
「その機体の武装は?」
ヨーダイ
「武装か……」
マゴコロ
「ひょっとして何も無い? ごめんなさい」
マゴコロは謝った。
声の調子が一定なので、気に病んでいるようには見えなかった。
ヨーダイ
「いやいやいや。有るには有るぞ?」
ヨーダイは、スベルキーの手のひらを上げた。
そして念じた。
手のひらには、大きな魔石が装備されていた。
魔石の前方に、魔法陣が出現した。
そして、魔法陣からは、火の球が出現した。
火の球は、それなりの速度で進み、200メートルほど進んで消滅した。
マゴコロ
「魔弾?」
ヨーダイ
「そんな感じだ」
ヨーダイ
「人間の魔術に毛が生えた感じで、18メートル級を倒すには、威力が足りない」
ヨーダイ
「タイミング良く当てれば、転ばせるくらいは出来るだろうけどな」
マゴコロ
「なるほど」
ブリーメル
「おいおいおい」
ブリーメル
「無能王子さまが、こんな所で何やってんだ?」
魔導通信の音声が、スベルキーのコックピットに響いた。
ヨーダイにとっては、聞きなれた声だった。
ヨーダイは、スキルを使い、『俯瞰マップ』を見た。
空中に表示されたマップに、4つの赤い点が見えた。
4機のシャドウキャスターが、2人に近付いてきていた。
ヨーダイはスベルキーを、シャドウキャスターの群れに向けた。
先頭の機体は、ラセンホーン。
見覚えの有る機体だった。
残り3機のうち、2機はダイチランザル。
1機はシェンリューという機体だった。
シェンリューは、竜の頭部を持ったシャドウキャスターで、ベースカラーは赤い。
背中からは、翼が生えている。
数少ない、飛行タイプの機体だ。
テンガイノワールほどの飛行速度は無いが、パワーもそれなりに有り、バランスの良い機体だった。
ヨーダイ
「ブリーメルか」
ヨーダイ
「俺が何をしているか、見て分からないのか?」
ブリーメル
「分からねえなあ」
ブリーメル
「無能王子さまが訓練なんかしても、何の意味もねえからなあ」
ブリーメル
「デートでもしてんのか?」
ヨーダイ
「かもな。羨ましいか?」
ブリーメル
「……邪魔くせえんだよ」
ブリーメル
「ふざけた無能が邪魔で、訓練ができねえだろうが」
ヨーダイ
「訓練場は広い」
ヨーダイ
「俺たち2人くらい、どうということは無いだろう」
この訓練場は、数十機のシャドウキャスターが、飛んだり跳ねたりする所だ。
6機程度なら、十分に使える広さが有った。
ブリーメルの言葉は、ただの難癖だった。
ブリーメル
「俺が邪魔だって言ったら邪魔なんだよ」
ブリーメル
「失せろ。無能王子」
マゴコロ
「王子。向こうに行こう」
楽しい時間を邪魔されたく無い。
マゴコロは、そう思ったのだろう。
この場から立ち去るよう、ヨーダイに促した。
ヨーダイ
「分かった」
ヨーダイは、マゴコロと共に、ブリーメルたちから離れようとした。
ブリーメル
「待ちやがれ」
ヨーダイたちを、ブリーメルが呼び止めた。
ブリーメル
「意味が分からなかったか? 訓練場から失せろって言ってんだよ」
マゴコロ
「そんな権利は無いはず」
ブリーメル
「知るかよ」
ブリーメルの機体が、抜刀した。
8メートルを超える刀身が、陽光の下で輝いた。
ブリーメル
「文句が有るなら、こいつで話つけようぜ」
マゴコロ
「……分かった」
マゴコロ
「私とあなたが1対1で決闘する」
マゴコロ
「負けた方が、訓練場を出て行く」
マゴコロ
「そういう決まりで良い?」
ブリーメル
「良くねえなあ」
マゴコロ
「…………?」
ブリーメルの言葉に、マゴコロは僅かな戸惑いを見せた。
ブリーメル機の後ろの3機が、同時に抜刀した。
ブリーメル
「わざわざどうして、お前らの数に合わせてやる必要が有る?」
ブリーメル
「大会ルールでボコボコにしてやるよ!」
ヨーダイ
「ふざけ……」
ヨーダイ
「ぐあっ!」
ラセンホーンに掴みかかろうとしたスベルキーが、あっけなく蹴飛ばされた。
マゴコロ
「王子っ!」