その2の1「産まれた命と失われた命」
ヨーヘイ
「ふやあ! ふやあ!」
声が聞こえる。
高くて、かなりうるさい。
そう感じたヨーヘイは、ぼんやりとしていた意識を、覚醒させた。
ヨーヘイ
(誰かが泣いてる……赤ん坊の声……?)
ヨーヘイ
(いや……)
ヨーヘイ
(泣いてるのは……俺……?)
ヨーヘイは、泣き声を上げているのが、自分自身だと気付いた。
ヨーヘイ
(俺、赤ん坊になったのか?)
ヨーヘイ
(赤ん坊スタート?)
ヨーヘイ
(まあ、オープニングイベントってだけで、すぐに時間飛ぶよな?)
ヨーヘイ
(要はドラ○エ5だな)
ヨーヘイ
(パパスとママスとオレスのエピソードというわけだ)
これは、主人公の出生を描くだけのシーンだ。
ちょっとした伏線などは有るかもしれないが、物語の本筋では無い。
すぐに大人編が始まるだろう。
ヨーヘイは、そう判断した。
ヨーヘイ
(しかし、俺のアバター、いったい何者なんだ?)
ヨーヘイはそう考え、目をきょろきょろと動かした。
眼球を動かすだけで見られる範囲は、それほど広くは無い。
だがそれでも、ある程度の情報は拾うことが出来た。
ヨーヘイ
(家はけっこう立派みたいだな)
ヨーヘイの目には、ベッドの天蓋が映っていた。
天蓋付きのベッドなど、庶民の使うものでは無いだろう。
それに、今居る部屋は、かなり広いようだ。
なかなかの豪邸のように思えた。
ヨーヘイ
(たぶん、貴族だと思うが……)
ヨーヘイ
(なーんて)
ヨーヘイ
(大体の予想はついてるんだよなぁ)
ヨーヘイ
(バカ王子の自爆で殺された、テルヒ=ヴァイスシバフ)
ヨーヘイ
(6人目の主人公って言えば、あいつしか居ないだろ)
ヨーヘイ
(今の俺は、テルヒ本人か、その側近ってところだろうな)
ヨーヘイ
(テルヒ生存ルートだ。間違い無い)
5英雄物語は、6伯爵家の少年少女の物語だ。
だが、その一角であるテルヒは、オープニングで早々に戦死してしまう。
隠しルートは、そのテルヒが生存し、活躍するストーリーだろう。
ヨーヘイは、そう当たりをつけた。
ヨーキ
「坊や」
女性の声が聞こえた。
茶髪の、線の細い女性が、ヨーヘイの顔を、覗き込んでいた。
ヨーヘイは、その女性に、抱きかかえられているようだった。
ヨーヘイ
(この人が、俺の母さんか)
ヨーヘイは、母親らしき人を、まじまじと観察した。
年は若い。
10代後半に見えた。
そのことは、特にヨーダイの興味を引きはしなかった。
見た目が若い母親など、ゲームの世界なら、よくあることだ。
ヨーヘイに違和感を抱かせたのは、彼女の頭頂部だった。
ヨーヘイ
(あれ……?)
ヨーヘイ
(この人、頭の上に馬の耳が無いな?)
ヨーヘイ
(白馬族の特徴の、白い耳が……)
テルヒの両親は、どちらも白馬族だったはずだ。
ならば、髪は銀髪で、頭には馬の耳が無いとおかしい。
だが、眼前の女性は茶髪で、獣の特徴は見当たらなかった。
ヨーヘイ
(茶猿族……?)
ヨーヘイ
(ああ。この人は乳母さんかな)
ヨーヘイが、自分なりの答えを見出した、そのとき……。
ヨーキ
「あなたの名前は、ヨーダイよ」
その女性は、愛しき我が子の名を口にした。
ヨーダイと。
ヨーヘイ/ヨーダイ
「…………」
ヨーダイ
「えっ?」
ヨーキ
「えっ?」
メイド
「ヨーキ様。どうされましたか?」
ヨーキ
「この子、今、『えっ?』って」
メイド
「赤ん坊ですからね。変わった声を出すことも有るでしょう」
ヨーキ
「そういうものなのね」
メイド
「そういうものなのです」
ヨーダイ
「……………………」
ヨーダイ
(バカ王子の方かよ。ウルトラハードモードじゃねえか)
優等生であるテルヒを主人公にした、華々しいストーリーが始まる。
そう予感していたヨーヘイ……ヨーダイは、出鼻を挫かれた気分になった。
だが、すぐに気を取り直した。
ヨーダイ
(いや……)
ヨーダイ
(隠しシナリオなんだから、それくらいの歯ごたえはないとな)
そのとき、部屋に男が入ってきた。
ヨーキと同様に、茶色の髪を持つ男だった。
口周りに、立派なヒゲをたくわえている。
男は、まっすぐにヨーキのベッドに向かい、彼女に話しかけた。
グノン
「産まれたか」
ヨーキ
「はい。立派な男の子ですよ」
グノン
「良くやった」
ヨーダイ
(父親かな。流れ的に)
ヨーダイ
(つまり、グノン=ビストスズ。国王か)
ヨーダイ
(ゲームだと影薄いんだよな。死んでるし)
ヨーキ
「抱いてあげてください」
グノン
「……こうか?」
国王グノンは、ヨーキからヨーダイを受け取った。
ヨーダイ
(丁重に扱ってくれよ。パパン)
ヨーダイを抱きかかえたまま、グノンはヨーキと話をした。
それから少しして、国王は部屋から去った。
ヨーダイ
(オープニング長いな……)
両親の会話は、ヨーダイにとって、それほど面白くも無いものだった。
退屈した彼は、1度現実に戻り、息抜きをしたいと考えた。
ヨーダイ
(ちょっと疲れたな。いったんゲームをスリープして……)
ヨーダイ
(あれ……?)
ヨーダイ
(メニューが出ない……!? スリープが出来ない……!?)
最近のVRゲームは、念じるだけで操作が出来るようになっている。
いわゆるフルダイブ式のゲームは、意識が仮想世界に没入する。
よって、ゲームパッドでの操作が不可能になる。
必然的に、全ての操作を、脳波で行うことになる。
その範囲は、ゲームの操作だけに留まらない。
OSメニューの呼び出しも、それを意識するだけで可能だった。
その当然の操作が、出来なくなっていた。
不測の事態に、ヨーダイは混乱した。
ヨーダイはその原因を、ゲームの不具合だと考えた。
ヨーダイ
(隠しシナリオ限定のバグか……!? まともにテストプレイしてないのか……!?)
ヨーダイ
(緊急停止……!)
ヨーダイ
(出来ない……!? ゲームの世界から出られない……!?)
フルダイブ式のVRゲームでは、ゲームを終了しなくては、肉体を動かすことはできない。
肉体が動かないので、強引にゴーグルを外すことも出来ない。
ヨーダイ
(誰かが見つけてくれるまで、待つしか無いか……?)
ヨーダイ
(会社に出勤しなかったら、職場の誰かが……)
ヨーダイ
(って、ガッツリ有給取ったばっかだろうが)
ヨーダイ
(嫁が死んでから、ロクに近所付き合いもしてないわ)
妻を失ってからのヨーヘイは、人付き合いを好まない、孤独な人間だった。
心配して様子を見に来てくれるような友人は、居ない。
田舎のような、密な近所付き合いも無い。
ヨーヘイは1人だった。
ヨーダイ
(オイオイオイ、死んだわコイツ)
ヨーダイ
(……しょうがない)
ヨーダイ
(開き直って、ゲームを楽しむか)
……。
第2王妃をねぎらったグノンは、自身の執務室へと戻った。
そして、書類仕事をこなしていった。
手馴れた様子で書類をさばきながら、頭の片隅では、妻と子のことを考えていた。
グノン
(この私が、父親か)
グノン
(まるで夢のようだな)
グノンは微笑んで、ティーカップを手に取った。
カップには、赤いお茶が注がれていた。
グノンは、カップに口をつけた。
そして、お茶を啜った。
すると……。
グノン
「ぐ……!?」
グノンの胸を、灼熱の苦しみが襲った。
グノンは右手で胸をおさえ、倒れた。
ジム
「陛下!?」
側仕えのジムが、グノンに駆け寄った。
この日がグノンの命日となった。




